決戦前夜の奇襲 ≪1≫
ごめんなさい!二つに分かれました。
「お嬢様、私がすることは必ずお嬢様にためにすることだと信じていただけますか?」
突然、ターシャが真面目な顔でマリエルに話しかけた。
「なに?急に…うぅん…あれよね、ターシャは情報とかいろいろ持ってる。で、わたくしが悩んだり困ったりしてても、わたくしに必要なら黙ってそのままにしておく、って言ってたわよね?」
「ええ、まぁ…」
ターシャの顔が引きつったのが分かる。
「つまり、ターシャが何かしたとして、それがわたくしの成長のために必要なら、困ろうが傷つこうがさせますよ!ってことでしょ?……多分、それこそ、わたくしが泣き叫んでもターシャのテストを合格するまで放置される」
「いえ、さすがに放置までは…」
「でも、命の危険があることはしない、とも言ったわ。だから、ターシャはわたくしが傷ついても、わたくしの為にならないことはしない。ということと、命に関わることはしない。ということにおいては信用してるわよ?」
「………お嬢様も言うようになりましたね…正直、複雑な心境です」
「あら?…ふふ…ターシャにしては感の鈍い…今のは全部ターシャがわたくしに言ったことを返しただけよ?…つまりね貴女の言葉を信じてます!と言うことよ」
「お嬢様…」
「それで?…どうしたの?ターシャがそんなことを言ってくるなんて、何かあったのでしょ?」
「はい。お嬢様!お見せしたいものがございます。少しお時間をいただけますでしょうか?」
「もちろん、かまわないけど…夕食前のこんな時間に、どこか出掛けるの?」
「いえ、邸内でございます。場合によっては旦那様よりお叱りを受ける覚悟もございます」
公爵から叱られることを覚悟するとは、首を覚悟ということだ。
公爵家で重宝されていることを、充分理解しているターシャがそこまで言うのは並みではない。
「…それは…穏やかではないわね…分かりました。行きましょう」
マリエルは長椅子から立ち上がると、ターシャの後について出た。
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「こちらの中にございます」
「…温室?」
連れてこられたのは邸内の奥にある温室だった。
父グイドが、母のリンデルに結婚祝いとして作らせたものだ。
あれでなかなか、愛妻家なのだ。
しかし、マリエルとしてはますます分からなくなった。ターシャの見せなければならないものとは何なのか、皆目検討がつかない。
「中のベンチで少々お待ちいただけますか?準備をしてまいりますので…」
「?いいわよ?」
準備が必要なものとは一体何なのか…マリエルは、温室の扉を開けたターシャに促され中に入ると、奥まった所に置かれたベンチに腰を下ろす。
秋になって涼しく感じる夕方でも、温室の効果で温かく、幾つか置かれたランタンで浮かび上がる植物の影は幽玄な姿に見えた。
(久しぶりに来たわね…子どもの頃はお兄様と、良く遊んでたのに…)
辺りをぼんやり見るともなく眺めているときに後ろから声がした。
「マリエル…」
「っ!」
突然の声に驚いただけではなく、その声の持ち主が頭に浮かんで驚愕した。
まさか…と思いつつ、後ろを振り向こうとしたとき、
「いい!こちらを向くな!」
と怒鳴られる。
しかし、すぐに怒鳴った事を後悔したように、穏やかな声で謝ってきた。
「怒鳴ってすまない。つい、慌ててしまって…改めて言おう。こちらは向かなくていい。ただ…話だけ聞いてくれないか?それだけだから…」
マリエルは怯えた。いつもの恐怖が、ぞわぞわと湧いてくるのが分かる。
しかし、明らかな相手の懇願には、拒絶の言葉を逡巡させる何かがあった。
「な、何をしてらっしゃるんですか?こんな、こんなところで……」
喉がひくついて、震える。
本当に我が家で何をしてるの?この人は…
「…ユースタス…殿下?」
☆☆☆☆☆
「…家にまで押し掛けて、驚かせてしまって、本当にすまない。しかし、今日しか言う機会がないと聞いたのでな…」
「…?誰にですか?」
「誰か…は言えぬが、ある人からな。…しかし、お前の侍女は…あれは、恐ろしいな。…お前に俺の顔を見せないようにしろ、話をするならお前の許可を取れ、話すなら全てを話せ、と言われたぞ。しかも最後は、これ以上傷つけたら殺す、とさ。一応、これでも次期国王なのだがな…普通なら反逆罪だぞ?」
(あぁ、ターシャ…)
「も、申し訳ございません…不敬とは存じま…」
「あぁ、いいんだ。どうしても、と言った俺が悪いんだから」
(あら?『悪い』なんて自分の非を認めるようなことを言う人だったかしら?)
ユースタスへ持つ印象が、あの日の強烈な記憶を基に重ねられた、幼少の頃と学舎での僅かなすれ違いからのものしかないマリエルにとって、彼の素直な言葉は意外に思えた。
さらに、声だけで顔が見えないというのは、その人の言葉だけに集中するらしく、最初の恐怖心は薄らいできていた。
「という訳なのだが…少しでいい、話を聞いてもらえるだろうか?」
「………わ、分かりました。伺います」
本人が言うように、次期国王となる人が、例え臣下とはいえ、他家の庭に入り込んでまで話したいと言うからには、余程のことなのだろう、とマリエルは判断した。
「ありがとう」
(ありがとう?…ありがとう、なんて言えるのね…)
「………………」
話を聞けと言っておきながらの沈黙。一体ユースタスが何をしたいのか不思議に思いながら、マリエルは落ち着かなくなってきた。
「殿下?…どうなさったのですか?」
「あ、あぁ、すまない。なんというか…いざとなったら、何から話せばいいのか分からなくて…」
「?そんなに大変なことなのですか?」
「ん?まぁ、俺にとってはそうだな…」
「殿下にとって…?」
「ん、いや、こうしていても時間がもったいないな。俺は話が上手くない。分かりにくかったら、聞き返してくれ」
「…はい…」
「…まずは、やっぱりあの日のことだよな」
「あの日…ですか?」
マリエル嫌な予感がした。
「そうだ、あの日、お前と初めて会って、お前が倒れた日だ。あの日のことを、俺はずっと悔いていた。そして、それを子どもの頃から何度も謝りたかった。何度も近づいては、お前が倒れるので、ついに側に行くことも許されなくなった」
「え?誰にですか?」
「公爵一家…かな?」
「あぁ…それは重ねがさ…」
「いい、謝るな。それも、当然のことだったからな。だからもう、このまま、嫌われたままでいい、と思い始めていた時に、ある人に言われたんだよ。『それではマリエル様が解放されない』と。何故そうなったか、何が原因か話して、お前を解放しろ、と。許して欲しいからとかじゃなく、本気で謝る気があるなら、話した上で嫌われろ、とな」
音だけで聞く、ポツポツと丁寧に話すユースタスの言葉は、マリエルにも彼の本音のように届いた。
「王族は言い訳をしない。実際、そう育てられる。自分の過失を言い訳しては、民に顔向けできんからな。…ただ、あの日のことは…」
「…言い訳したい、と?」
「いや、…そうだな。あぁ、言い訳させて欲しい」
それからユースタスは、自分がどういう子ども時代を送ったか、どんな事があったか、あの日何を感じて、何故あんな発言になってしまったか、を丁寧に丁寧に話してきた。
ユースタスの飾らない、事実と感想のみで語る彼自身の話を聞くうちに、マリエルは次第に物語を聞くような気持ちになっていった。
自分も関わる話であっても、実感はないまま聞き続けた。
不思議と、怒りも恐怖の念も湧いてこなかった。というより、何も湧いてこなかった。
自分も歳を重ねて、あの日の彼はまだ小さな子どもだったこと、王族なんて特殊な環境で育った特殊な子どもだったこと、などを今なら理解できる。
可哀想に…とすら思えるのに、その『事実』が、あの日の自分の痛みに届かない。
「…言うべき言葉でなかったのは後から分かった。でもあの時、お前も毒を食べさせられた、と本当に思ったんだ。また、俺のせいで死んでしまうんじゃないかと怖かった。だから言ったんだ『バケモノ』と…酷い言葉だったよ…」
「…ひゅっ……」
それまで何もなく静かに聞いていたマリエルが、その言葉を聞いた途端、喉が締まり、呼吸ができなくなった。
血の気が引いて、体が冷えだす。
「…かっ…はっ…」
ドレスの胸を握りしめて、呼吸をしようとあえぐ。喉の奥がどんどん締まっていく。
「マリエル?…マリエル!」
ユースタスが慌ててマリエルに手を伸ばしてくるのが分かる。
(このままでは、意識がなくなる…また、倒れてしまうわ…)
目の前がチカチカと火花を散らし始め、いよいよ意識が飛びそうになった瞬間、横から手が差し出され、気づくと後ろから飛び出してきた、マリエルよりはるかに大きな体に抱き締められていた。
(え?何?殿下が私を抱き締めてる!?―――)
王子、うっかりさんだから、情報元バレてますよね(苦笑)
このくだり、いろんな意味で大事になるのかな…と思って、無理やり長目で詰め込むよりも、ちょっと丁寧にしたくなりました。
そんな訳で、二話に分かれてます。ごめんなさい。
それと、王子の話した過去は『男三人、一人を想う≪1≫』の内容です。




