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男三人、一人を想う ≪1≫

三人の話を一話であげようとしたら、皆さん本当の自分はこうなんだー!と自己主張が激しくて…急遽三分割になりました…

(9.13 細々と直しました。少し説明が増えてます。ごめんなさい…)


これから三日間、彼らに付き合ってやっていただけると幸いです。


※ 少し残酷なシーンがあります。苦手な方はすっ飛ばしてくださいませ。



男1:『生まれて初めて』は全部、君。




 子供の頃から一人だった。

彼の周りに人はたくさん居たのだが、彼と目の合う人は誰もいなかった。


 例えて言うなら彼の周りには、彼の行く先に沿って移動可能な(おり)が、常に張り巡らされているような感じだろう。


 その檻越しに手を伸ばす人達もいるが、それは年に数回あるかないかで、それも年々少なくなっていった。

 両親や乳母だけが檻の中で、たまに触れてくれた。そこにあったのは、確かに愛情だったと思う。

 しかし残念なことに、彼の飢えを満たすほどではなかった。


 この頃、彼はまだ知らない言葉だったが、人はこれを『孤独』と呼ぶ―――。

 そんな5年間を、彼は生きてきたのだ。


 彼には、一人でいることを当たり前とする、責任のある将来が約束されていた。

 その将来のために、剣技も会得する必要があった。

とはいえまだ幼い彼が、楽しんで体を動かせる程度にできれば充分、と近衛騎士のもとで剣の指導を受けることが決められた。

 ある時から、それは日々の勉強の合間に、日課として組み入れられた。


 確かに剣の稽古は想像以上に楽しかった。

一つずつ技術を習得し磨いていくことの面白さと、何より戦う相手がいると言う楽しさに、まだ5歳の彼はのめり込んでいった。

 その頃の彼にとって、相手をしてくれる大事な人というのは、全て自分と戦ってくれる人だ、と思いこんでしまうほどに、それは飢えを満たしてくれた。


 しかし、しばらくすると剣の腕をもっと鍛えたくなった。近衛では物足りなくなったのだ。


 後に理解する。


 近衛というのは王族を守るのが目的で、第一線で戦うことが目的ではない。

 所属する騎士達も、見目麗しい貴族令息が中心となって構成されていて、小さな社交界を形成している。彼に求められたのも、ほどほどの剣技と人脈作りだったのだろう。

 その中において、自分に本気で稽古をつける勇気を持つ者などいなかったのだ。

いや、力量も無かったのかもしれない。


 彼は幼いながらも、自分の立場と責任を理解し始めていた。

自分の人生において、本気の相手など諦めるしかない、とすら思い始めていた。


 そんな時、小さな猫を庭で見つけた。

どこかから迷いこんだのであろう、その猫は産まれて間もない子猫だった。

 お付きの誰かに知られたら、どこかに捨てられるとわかっていた彼は、ひっそりと庭の道具小屋で飼うことにした。


 後から思えば、使用人や彼のお付きの誰かが気づかないはずはなかったのだ。

 ただ、ひっそり飼っている場所が()()()を、まだ突き止めていなかっただけのことだったのだ。

 それに、お付きが気付くのが遅れたのはわけがある。

彼が、上手く逃げていたからだ。

 その頃、早くもいろいろな事を諦め始めていた彼は、どうせ独りなのだから…と、周りの檻を上手く撒くことに慣れてきていたのだ。


 彼は毎日調理室に行き、親しくなった料理人に、剣の練習でお腹がすいた、と言っては食べ物をもらって小屋に運んでいた。

 育ち盛りの彼が、食欲あることは健康なこと、と料理人たちは喜んでいた。


 ところが、そうして彼が一人で動いていた事が裏目に出てしまった。


 ある日、いつものように料理人のもとへ食べ物をもらいにいくと、見慣れない使用人がいた。

 当然、彼は警戒してその男には何も言わず、後でまた来るから、と調理場を後にした。


 しかし、その間に事は成されていた。


 彼が再び調理場を訪れると、いつもの料理人が軽食を用意してくれた。

 そのことに安堵して中身も気にせず、それを持って小屋に行くと、子猫に少しずつ与えた。


 一日に一度しかあげられない食事を、不憫に思いながら頭をそっと優しく撫でる。

 子猫は嬉しそうに、尻尾をピンと立て、喉をゴロゴロ鳴らしながら、自分から彼の手のひらに頭を擦り寄せてきた。


『また、明日持ってくるからな』


 彼は子猫を大事にしたい、と心から思っていた。

何も出来ない自分に唯一守れる生き物かもしれない、とさえ思っていた。


 後から食べたくなったとき用に、食べ物を少し小屋に残して出ていこうとした時に、子猫に異変が起きた。


 キュゥッ、と小さく鳴いて、苦しみだし、ゲフッと食べたものを吐き出した。

 小さな前足をジタバタと暴れさせ、空を掻いてもがきだす。


 彼は苦しむ子猫に何もしてやることができなかった。

 自分が守れるのは子猫だけだ、と思った端から、その思いがこぼれ落ちていくのを、止められずにいた。


(助けて!誰か、お願いだから!)


 でも、彼には分かっていた。誰にも助けは頼めない。もし、助けを求めたとしてもだれも助けてはくれないのだ。

 なぜなら、それが自分の立場だと、彼は理解してしまっていた。


 もし、助けを呼んでも守られるのは子猫ではなく自分の身になるだろう。

そして、真っ先に害をなそうとした人間の割り出しにあたりだすだけだ。

 彼とて、その大事さは認識しているが、苦しむ子猫を前にして、そんなことは後でいいと思う。今さらだ。

しかし、自分の立場はそれを許さない。


 目の前の子猫は泡を吐き、小さな体を突っ張って、精一杯の力で命を繋ぐ努力をしていた。

必死の姿、それは美しくもあった。

 彼は、それをただ見つめながら、心の中は荒れ狂った波に曝されていた。


(ごめん。ごめんなさい…僕のせいだ…僕がもっと用心しなければいけなかったのに…)


 やがて、子猫はグッと全身に力を入れると、バタッと倒れて、二度と起き上がることはなかった。

 彼は、子猫が最後に自分の方を見た気がした。


 彼は泣くことすらできず、子猫を両手に捧げ持ち『裏庭』を歩いた。

せめて、苦しんで頑張った子猫の体を大事に扱って、この庭に埋めてあげたい、と場所を探して歩いた。

 そこに彼を見つけた近衛騎士が、驚いて駆け寄ってきた。


『どこかに埋めてあげるんだ』


 彼は子猫を抱えたまま、騎士の腕の中に倒れこみ、五日間高熱を出して寝込んでしまった。


 結局、彼は子猫の始末さえ自分で取ることができなかったのだ。


 後日、両親から仔猫に与えた食事の中から毒が検出された、と言われたが、それはすでに彼も分かっていたことだったので、黙って頷いた。

 本当の衝撃を受けたのは、その毒を検出するために子猫を解体したと聞いたときだった。

苦しみに耐えた体すら、大事にしてやることができなかった、と歯を食い縛った。


 両親は、彼の軽率さを叱った。

もちろん、彼の身を案じての叱責と分かっていたが、子猫一匹守れなかった自分の腑甲斐無さを責められているように思えて、おし黙って聞き続けた。


 数日後、彼を抱き止めてくれた近衛騎士に、たかだか子猫一匹で済んで良かった、と言われた。

その時、稽古を付けてもらうのはここではない、と見極めがついた。

 いずれ、多くの命を預かる責任を背負う自分が、子猫一匹、と言えてしまう者から学ぶことなど何もないと思ったからだ。


 そこで、もっと本格的に習いたいと両親に伝え、第一騎士隊に(くだ)った。


 第一騎士隊は第一線で戦う隊だ、と聞いての選択だった。

 実際、この選択は間違っておらず、今までとは段違いの戦闘力を叩き込まれた。

 相手も命のやり取りに参加してきた故に、本気の相手をしてくれた。


『気を緩めるは、命の終わり』

『剣を交えるは、言葉を交わすと同義なり』とは、一番自分を鍛えてくれた第一騎士隊副隊長の言だ。


 その副隊長に、何故、第一騎士隊に来たのか、と問われ、彼は正直になろうと決めて、子猫の話をした。その時副隊長が言った言葉は『それはバケモノをご覧になったな』だった。


 彼が真意を問うと、子猫も人も生き物は皆必死に生きようとするところに意味がある。それを無為に何者かが奪おうとする理不尽は、簡単に許せることではない。しかし、その時奪われんと抗う姿は、見た目はどんなにバケモノのようでも、闘う心は尊い。バケモノのような(おもて)は闘う姿の表れだ、と言われた。


 まだ6年しか生きていない彼には、難しい言葉もあったのだが、これは心に留め置かなければならない言葉だと瞬時に思った。

 生き物の命を安易に奪わず、危険に曝さず。

これを守れる人間になろうと思ったのだ。


 そんな彼の剣の腕前は、第一騎士隊での訓練により格段と上達した。

 しかし一方で、人への対応力が壊滅的となっていった。


 元々、沈思黙考型の彼は、子猫の件以来より慎重になってしまったからだった。

 本人はおろか、誰もそれに気づいていなかったが、それで何ら困ることもなかったことが、助長してしまった。


 彼の生活は、相変わらず檻の中にしかなかった。だからそんな問題があるなど、誰も思わなかったし、言わなかった。

 両親ですら圧倒的に言葉数の少ない我が子に、男子に有りがちな照れ屋なのだ、とぐらいにしか思っていなかった。


 周りは彼のことを、ただ剣に夢中な男の子らしい男の子、としか見ていなかった。



―――――そして、彼は、出会ってしまった。



 彼女は初めて見る生き物のようだった。


 表情がくるくる変わり、彼より背の低い彼女の顔からは、その変化がよく見えて楽しい。


『マリエルは『これ』じゃないわ』


 なんと、彼女は彼に向かってきた!彼は心から喜んだ。

 これは相手だ!

戦って会話をする、本気の相手だ!

 しかも、彼女は初めて目が合う相手だった。近い目の高さで、睨み付けてすらきた!


 彼は生まれて初めて感じる喜びに、いつも以上に言葉は浮かばず、ただ胸が熱くなった。


 そこへ、何度か顔を合わせたことのある少年が彼女を『妹』と言った。


(そうか、この男は家に帰れば、いつも『これ』がいるのか…)


とふと気づく。


「…賑やかでいいな…」


他に何を言ったか覚えていない。ただ、この一言だけが彼の本心だった。


(いいな…。あの生き物をいつでも見られるのか)


彼が初めて感じた憧憬だった。


『では行くか』


 彼は、彼女に手を伸ばして掴む。

その小さくて柔らかな手は、気を抜いたら無くしてしまいそうで、何度もしっかりと握り直した。


(いいな…。あの男は、いつでもこうして『これ』を掴めるのか。どうしたら、自分もそうできるのだろうか…)


 彼の頭に浮かんでいたのは、これだけだった。


 その後も、誰にもこの手は渡さなかった。

いつか帰ってしまうとしても、今だけは彼の本気の相手だったから。


『…、バケモノっ!』


 その時、彼は彼女を(けな)したかったわけではない。

悲しいほど、言葉を知らなかっただけだった。瞬時に浮かんだのは、あの日の副隊長の言葉だっただけなのだ。


 確かに彼女の突然変化した顔には心底驚いたが、それより呼吸の荒さが心配だった。

 最後に見た子猫の小さな姿が、彼女と重なった。


 それに気が動転して、何かペラペラと口にしていた気がするが、覚えていない。

 悔しいが今の自分にできることが何もない、と判断するのが早かったのは騎士隊での訓練と子猫のおかげと言える。


 今、自分ができる最善の正しい判断は、最善の対処ができる両親の元へ戻ることだ。

 そのためなら、ためらわず彼女を護衛にも任せた。

心から悔しかったが、それが正しい道だと理解していた。

 もう、あの子猫は繰り返さない。そして『これ』も手放さない。


次は絶対、任せない!


―――――ユースタス・ミルコ・エリアーデ、7歳の決意だった。


ユースタスは、驚くほど繊細な真面目さんです。

感も良くて、両親より頭がキレて敏感です。

ただ、間が悪いんです。

…この人王様になったら発狂しそう…


マリエルに出会う前と後では、彼の人生は全く違います。

少しは可哀想に思ってもらえるといいねぇ、ストーカー王子(笑)

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