みんな、誰かの『大切』
会話で成り立つ回。
ターシャは大事な身内です。
マリウスも大事な息子です。
子どもが大事なお母さんです。
「んふふふふ…どう?ターシャ?朝より綺麗になったわよね?」
マリエルは父との約束通り、キーランの所から真っ直ぐに帰宅し、出来映えを部屋の鏡で確認しながらウキウキとターシャに報告する。
「………………いえ、いつもと同じにお綺麗でらっしゃいますよ?」
「…最初の長い間は何故よ?」
「失礼いたしました。少しばかり吟味してみましたが………特に、お変わりなく…」
「もうっ…有り難みがない!美顔施術って大変なのよ?それなのに、ターシャったら、ちっとも感心してくれないんですもの!」
「はぁ…ですから、いつもお美しいので、今朝も申し上げました通り、施術をする意味が分からないのでございますよ」
ターシャは冷静に、てきぱきと着替えを手伝うと、浮かれた主をいなしながらお茶を淹れる。
「ターシャは、もう少しわたくしに興味を持ってくれてもいい気がするのよ?」
「まぁ、お嬢様。それは心外ですわ。もちろん、お嬢様を気に掛けているからこそ、何故施術を受けるか分かりかねるのです!…それで、新しい婚約者様はどなたにお決まりになったのでしょうか?」
「トール・ヨルゲン子爵令息よ」
「…あぁ、お隣の領地を購入された」
「…それ、有名な話なの?皆が知ってるのね」
「ええ、まぁ。自分の仕える方のお家の事ですし…」
本当は、あの領地に曰くがあることを知っているからなのだが、それはマリエルに伝える必要はないか…とターシャは判断した。
「そう。まぁ、わたくしが家の事なのに知らなさ過ぎたのね…」
「まだ最近のことでしたし、お嬢様がご存知なくとも大丈夫な土地ですので。…それで、どんなお方なんですか?」
「さぁ?まだお会いしてないから分からないの。でも、とっても字の綺麗な方でしたわ」
「なるほど…それは悪い方ではないかもしれませんね…さてと。お嬢様、お支度が整いましたので、お夕食まで、少しお休みになられませ。旦那様より、今日は倒れられたと伺いました。婚約話のせいか、いつもより興奮されておいでのようですし、少し体を休められた方がよろしいようにお見受けいたします」
気楽に横になれるようにか、ターシャはマリエルと話をしながらも、寝椅子で休むことができるように整えていた。
「…そう?…でもそうね、少し横になるわ」
ターシャの淹れてくれた、心安らぐ香草茶を飲み干すと、マリエルは寝椅子へ移動した。
「そっか…倒れた、なんて聞かされていたから、ターシャに余計な心配をかけていたのね…」
「え?」
「…ターシャ、帰ってきた時から動き通しで…わたくしの周りを…くるくる動いてるから…ふぁっふっ…落ち着かなかったのね……ごめ…んなさい…」
上がり下がりの激しい1日を過ごしたマリエルは、大きなあくびをしながら横になると、あっという間に寝入ってしまった。
「…お嬢様…そういう敏感さは変わらないんですね…」
自分でも意識していなかった自分の行動を言い当てられたターシャは、軽く微笑むと片付けを始めた。
☆☆☆☆☆
「…という訳で、マリエルが起きないそうなんです。だから今日はこのまま寝かせておこう、と言うことになりました」
思ったよりも疲れがあったのか、熟睡してしまったマリエルは昼寝から目が覚めなかった。
ターシャがその事をマリウスに伝え、マリウスから両親に伝わり、珍しく夕食は親子三人で始めることとなった。
「それがいい。昼にはあの馬鹿のせいで倒れて、キーランに魔術を掛けてもらって…では体力というよりは気持ちが保たなかったんだろう」
「ええ、そう思います。新しい婚約者を決めた事もありましたし…」
「そうねぇ、じゃあ、今夜は親子3人の夕食ね」
「たまには息子だけで、我慢してください」
「あら、その方が良いこともあるものよ?…始めてちょうだい」
リンデルの一言を合図に、食事の給仕が始まった。
ウィルフォード公爵家では、余程のことがない限り、豪華な晩餐より簡易な(それでも一式一揃いとなったメニューだが)夕食で済ませることが多かった。
手際よく給仕されるお皿を受け取りながらリンデルが夫に尋ねた。
「殿下にお会いしてしまったのは、ずいぶん久しぶりでしょう?何年ぶりかしら?」
「直接、顔を合わせてしまったのは…2年ぶりか?せっかく馬鹿が学舎を卒舎して見かける機会が減っていたのに、マリエルの卒舎式に参列していたからな」
「あぁ、そうでした。王子がおめでとう、と言おうとしてマリエルの前に立ったと同時に、マリエルが倒れましたからね」
その時のユースタスの様子を思い出して、くくくっとマリウスが笑う。
その姿を見てグイドが眉をしかめる。
「妹が倒れたのを笑うのか?」
「いいえ、笑ったのは王子の方ですよ。それまでも学舎内で、頻繁に影からマリエルの様子を伺う彼の姿は有名でしたが、それに気づかないマリエルが王子から逃げているのも知れ渡っていましたからね。ついに王子が動いた!と周囲がざわめいた途端、当のマリエルが真っ青になって倒れたんですよ?過去を知らない周りからしたら、次期国王でありながら倒れられるほど臣下に嫌われる王太子、と揶揄されてました」
「ふんっ、自業自得だ」
「まぁねぇ、本当にそうなのだけれど…でも、相変わらず貴方たちは殿下に厳しいのねぇ」
「当然だ!」
「当たり前です!」
似た者親子は声を重ねて同意する。
「わたくしも、殿下を良いと思ってはいないのですけど…でも、何とか謝りたいと思ってらっしゃるのでしょう?それは受け入れてもよろしいのではなくて?このままでいるのは、あの子のためにもならないと思いますのよ?」
リンデルの冷静な言葉に男二人は色めき立った。
「母上だって、あの時のマリエルの苦しみをご覧になったではありませんか!しかも、マリエルが学舎で王子と重なった二年間、まだ子どものあの子の後ろをつけ回してる姿は、一国の王子ではなく犯罪者のようだったんですよ?それを僕とキーランが追い払うのが、どれだけ大変だったか…」
「ん…王城でも私の所にマリエルが来ると、何処からともなく、こっそりと見に来る。あの嗅覚は執念だな」
「ですから、あなた方のその行き過ぎた保護が殿下の執着とマリエルの斜め上驀進を生み出してしまったのではないですか?と言ってるんです」
「っ…!」
「んぐっ」
多少なりとも心当たりがあるのか、二人は言葉に詰まる。
「で、でも…殿下の執着はさておいても、マリエルのおかしな趣味は大叔母様の影響ですよ?」
「確かにマリエラ叔母様は、わたくしの叔母ですけど、あの趣味は叔母様や、ましてやわたくしの責任ではなくってよ?マリエラ叔母様の言葉を曲解したあの子の問題よ」
「あれはなぁ、なんであぁなったんだろうな」
「一度伺いたかったんですが、大叔母様は何をおっしゃったんですか?」
「はぁ…分かりませんわ…私が聞いたのは、落ち込んでいたマリエルに『自分は見た目が良くないから結婚出来なかったけど、それでも楽しいことはたくさんある。自分より美人なマリエルが心配することはない』と叔母様が励ましただけなんだそうだけど…」
「励まし…それがどうして『婚約破棄』になったんですか?」
「本当に、わたくしにも分からないの。マリエルに聞いても『大叔母様に知恵を授かった』と『ひどい顔でも楽しみはあるのね』と返されるだけなのよ」
「…分からん。大体、マリエラ様は不美人で結婚できなかったわけではなかろう?」
「ええ、叔母様は、隣国ルーデシアの第二王子様と結婚することが決まっていたの。だけどルーデシアと国境を接している小国アントニアとの小競り合いが起きて、それでお相手が命を落とされてしまったのよ。…叔母様と第二王子様は政略ではなく本当に想いあってらした仲でしたので、その後はどこにも嫁ぎたくないとおっしゃって、最後までお一人で過ごされたの。だからあちらの国では、叔母様の名前は『貞女』として、女の子に付ける名前の定番として有名らしいわ」
「確かに…分かりませんね…」
「まぁ、あの子の思考順路は跳び跳ねてるからな。飛び上がった所と、着地した所が掛け離れていても今さら驚かんよ。それより、ヨルゲン子爵への感触はどうだったんだ?」
「ええ、悪くはなさそうでしたよ。いつもながら、新しい出会いにワクワク…といったところでしょうか」
「そうか…あの子の新しい出会いに怯えない強さはどこからくるんだろうな?我が娘ながら驚くよ」
「あら?そこは分かりましてよ?」
「え?分かるのか?」
「ええ、簡単なことですわ。…ずっと一緒にいようと思ってないから、ですわ。長い関係を望んでいないから、ただの楽しみで終わらせることができますのよ。本当に…臆病な子にしてしまったわ…」
「人と向き合うことから逃げてるというのか?…では、あの子のよく言う『前を向いてる』発言は…」
「ええ、自分でもどこかで分かっているのでしょう。逃げている、と。だから物事にちゃんと対応してると思いたいのよ」
「…母上は、マリエルのことを、よくお分かりになるんですね…僕にはさっぱりです」
「あら、そんなことないわ。もう分からないことの方が多くってよ?それでも、わたくし、あなた達から目を逸らさない事にしてますの。…だからね、マリウス。あなたもそろそろ、あの日の事を悔やむのはおやめなさい。あなたには何一つ責任はなくってよ?」
「っ!…母上…」
「あの子に付いていたから、あんなことが起きて責任を感じているのでしょうけど、そもそも、あの事件に悪い人など誰もいないのよ。誰にも悪意はなく、過失もない。そう…殿下でさえもね。ましてやあなたには、負わなければならないものなど何一つないのよ。お分かり?」
「で、でもっ…」
「でも、ではありませんよ?あぁ、やっと話せたわ。ねぇ、あなたもそう思われるでしょう?」
「もちろんだ。…お前は、まだ気にしてたのか…。あれは予測不可能な事柄だ。誰にも責任はない。だが…私はリンデルほど寛容ではないのでな、あの馬鹿に責任はあると思っているがな。マリウス、お前に責はない」
「…くははっ…あぁ、なんというか…………あ、ありがとうございます。父上、母上」
(なるほど、罪悪感…改めて考えたことはなかったが、ずっと気にしていたのかもしれない。いい歳して思うことか、と我ながら思うが…親とは偉大なものだな…)
マリウスは胸の内から、くすぐったいような、痛いような、でも暖かい何かが広がるのを感じた。
「でも、僕も王子に責任はたっぷりあると思いますけどね!許す気はないですから」
そう。大切な家族の問題として、彼には責任以上のものがある!
きっぱり言いきった妹馬鹿なマリウスに、激しく首肯く娘馬鹿な父親がいた。
ユースタス…哀れなストーカー王子だったんだ…
お兄ちゃんもたまには可愛がってあげたい親心。
リンデルママ、マリエルのことほぼ正解。でもちょっと違う。
何が違うかは次回かな。
ト書きにならないように…と思っても、難しいですね。
チャレンジ失敗かも。
あの…今さらですが、読んでくださってる皆様、
本当にありがとうございます!
今日わかったんですが(システムがよく分かっていなくて…)
登録?ブクマ?してくださった貴重な、奇特な方がいらっしゃって…私め驚愕!
すごい感謝です。本当にありがとうございます!




