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本当の私


※ 少しばかりエグい表現があります。

苦手な方は数段ですので、すっ飛ばしてくださいませ。

「お待たせいたしました。準備ができましたよ。こちらへどうぞ」


 キーランに呼ばれたマリエルは、裏に術式が書きこまれたいつもの鏡の前に座る。


「では、まずは一度術を解きますよ?そのままじっとしていてください」


 キーランが術式に反応する文言を呟くと、鏡の中から強い白い光が発光して、それが鎮まると鏡の中には『本当の』マリエルが写し出されていた。


 目鼻立ちの位置は同じでも、目は厚ぼったく腫れ上がり、腫れた肉で押し潰された目は見えない程に細くなっている。

 皮膚は爛れたように赤黒くなり、目の端や頬骨の上などに膨らんで盛り上がった肉芽がいくつもできていて、そこの皮膚が切れて分泌液が滲み出していた。


 ヒュッ、とマリエルは鋭く息を吸い込んだ。


(あぁ、相変わらず酷いわ…『裏庭』で倒れた日に初めて見た『本当の』わたくしのままだわ…何て醜い…ユースタス殿下でなくとも『バケモノ』と言いたくなりますわ…)


「マリエル…息をしてください。すぐ新しい術をかけますからね、大丈夫です。安心してください。お願いです。呼吸を止めないで」


「ええ…」


 毎回キーランに施術をしてもらう時、一番辛いのがこれだった。


 魔術を掛けてもらうこと自体には痛みも何もない。

終わってしまえば何事もなく、いつもの綺麗に整った顔になるのだから恐れることもない。 


 でも、毎回これで思い知らされるのだ。


 自分の顔の『バケモノ』度を。


 それを魔術で誤魔化して、婚約者たちや学舎で出会った人たちを騙してきたことを。

騙しておきながら、求愛される自分に酔いしれては、罪悪感に苛まれることを。

 そして、求め(すが)る人を振り払う快感に、自分の苦しみをほんの一時だけ忘れる。

自分の辛さから逃げるために、誰かを苦しめる。

その自らの心の醜悪さが、顔に表れてしまったのではないか…と思うと、果てしない絶望すら感じてしまう。


 ある意味で、この施術は、その自らの醜悪さを再確認する行為のようでもあった。


 マリエルの後ろに立ったキーランが、新たな文言を呟くと今度は鏡から青い光が発光する。

鏡に写る自分の姿が一瞬だけ歪み、次に像を結ぶと、そこにはいつもの綺麗な傷一つないマリエルが写っていた。


「はい。もう動いて、大丈夫ですよ」


 キーランにそう声を掛けられると、マリエルは肩から力が抜けて涙が溢れ出した。


「っ…ふっうっ…」


 声を押さえようとして、息が詰り、喉の奥が鳴る。そこに申し訳なさそうに、辛そうな声でキーランが声を掛けてきた。


「マリエル…なにも毎回辛い思いをしなくても…今の私の技術なら、元の姿を見えないように施術することもできるのですよ?術の後で身を絞るように涙する姿を、私だって見るのは辛いのです」


「…っ、ごめんなさい…。…っ…さ、最初の頃は見たくないだけ…だったのですが、いろんな人を…っ…騙している今となっては、我が身の醜さを忘れないようなにしなければいけない…と言う戒めでもありますの。わたくしの見た目は『バケモノ』かもしれませんが、心は人である、と…」


少しずつ息を整えて、涙を落ち着かせて鏡越しにキーランの辛そうな顔を見る。


「…マリエル…君に辛い思いをさせたくなどないのに…上手くできなくて申し訳ない…」


 施術をするときにキーランは、必ずこうして申し訳なさそうに謝罪してくる。

彼に醜い姿を見せ、辛い思いを共有させているのは自分の方なのに、謝らなくてはいけないのも自分なのに…とマリエルこそ申し訳なく思っていた。


「謝らなくてはいけないのはわたくしの方よ。…毎回、こんなことに付き合わせてごめんなさい…貴方には、わたくしを助ける義理などないのに…助けてくださって、ありがとうございます」


「いや…私にとって君は、幼い頃からの大事な友人で大切な女性です。私にできることはなんでもするのは当然でしょう?」


「キーラン…ありがとう…」


 鏡越しに二人の目が合うと、キーランは軽くマリエルの頭を撫でて自分に引き寄せ、マリエルはそのままキーランの体に頭を預けて目を伏せた。

 それから、思い出したように話し出した。


「…ねぇ、この術は定期的に掛け続けなければいけないのよね…わたくし、貴方に迷惑をかけているのが分かってますの。でも…それでも…キーラン、貴方、わたくしに一生施術を続ける気はおあり?」


「?急ですね…もちろん、君が必要とするのなら一生でも続けますよ?」


 キーランは不意の言葉に驚いて目を開く。


「そう…分かりましたわ。では、それも頭に入れて考えてみますわね」


「?それは、どういう…」


「…わたくしね、ついにお兄様とお父様から最後通告を出されてしまいましたの…婚約は、今度のヨルゲン子爵で最後にするように、と」


「なっ…!そんなっ、それでは…」


「お兄様は、どうしても嫌だったら婚姻など結ばなくてもいい、と言ってくださったの…でも領地に引っ込んでも、お兄様にご迷惑をかけるだけになってしまいますでしょう?それにその場合、月に何回も王城まで通えるかも分かりませんし…残るは修道院に入るか、大人しく婚姻を結ぶか…ですわ」


「…修道院!?」


「ええ、でも修道院に入ってしまったら確実に施術はお願いできませんわね…あぁ、でもその方が貴方には迷惑をかけないで済むのね…うん、もう少し考えてみないと…」


「いやっ、マリエル!私はいいんですよ?一生掛け続けると言いましたでしょう?何も君が修道院に入ることはないですよ?」


「…でもそうなると、ヨルゲン子爵に嫁いでも貴方に頼り続けることになりますわ…それはちょっと…度が過ぎてますわよね…」


「…私は…それでも、構わないですよ。…でも、慌てないでください。まだ他にも道はあるかもしれないでしょう?」


「他の道?」


「ええ、施術だって少しずつ進化してるんです。もっと素晴らしくできるかもしれないでしょう?」


「それは掛けたままでも大丈夫とか?…な…治せる…ようになる、とか…?」


 最後に聞こえるか聞こえないかの、次第に小さく微かになっていく声で(こぼ)した願いが、マリエルの心からの願いだとキーランにも分かっていた。


「ええ、魔術はどんな道も排除しません。人々の願いを叶えるため、国の安定のため、そのための道を魔術で構築して切り開くのが魔道士の仕事です。私は君の道も守ります」


「キーラン…無理はしなくてもいいのよ?…幼かったあの時から、わたくしは家族の優しさとカルロ様の癒し、その後を継いでくれた貴方の力がなければ、とっくに生きることを放棄していたでしょう…だから、覚悟はできてますの。どの道を選んでも容易くないのは分かっていますもの」


「マリエル、私は君を一人にしません。幼い頃からそうだったように、どんな時も君を支えますし、君のための道を諦めたりしません。だから、いいですね?一人で慌てて答えを出してしまわないでください。いいですか?」


「…ええ…そうね…トール様ともこれからお会いするのだし、まだどうなるかも分からないのに、心配し過ぎたのかもしれませんわ…」


「では、約束してくれますね?急な答えは出さないと」


「ええ!わたくしはわたくしの道を探すために考えてみますわ。ありがとうございます!キーラン」


「いえ、くれぐれも無茶はしないでくださいね。君はすぐ思わぬ方に走っていってしまうから…」


「それ、お兄様にも言われましたわ!心外でしてよ?」


 苦笑するキーランに、軽く拗ねてみせるマリエルからは、少し前に鏡の中で溢れさせた涙はもう見えなかった。






マリエル素直過ぎやしないか?


言葉は人を自由にもするけど、

簡単に心を縛りもします。

傷つける言葉だけが毒ではない。


これ十分、洗脳じゃない?

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