魔道士キーラン
最初から名前ばかりで、本人がなかなか登場してきませんでしたが、魔道士キーラン!ようやく登場です。
魔道省は王城の北側でも一番奥に建てられた独立した建物にある。
北側の建物は冬の寒さが厳しく、日照時間が短いため、室内も暗くなりやすいので普通は嫌われるのだが、一年中安定した採光で仕事に望めるのが魔術にはいい、と言う理由で北側に建てられた。
その建物の王都での僻地っぷりは、王城内にあっても馬車で移動するくらいの距離がある。
この十年、月に3・4回は訪れている魔道省の入り口横に馬車を留め、マークに声を掛けてからもう一つの籠を持つと、マリエルは慣れた足取りで中に入る。
魔道省の建物は東塔と西塔が本棟に併設されており、西塔は一般魔道士達の研究塔となっているが、東塔は「魔道士長」を賜った者だけが使える個室塔となっている。
マリエルはその中でもキーランの個室がある東塔で一番高い五階を目指す。
キーラン・ナイトリッジはナイトリッジ伯爵家の次男で、カルロ・ナイトリッジ魔道省長官の甥でもある。
父とカルロが学舎時代からの親しい友人だった事で、二人とキーランの年も近いから、とよく公爵家にカルロに連れられて来ていた。
そのため、小さい時から三人は一緒によく遊んでいて、気づけば長い付き合いの仲になっていた。
今の彼は才能ある魔道士として、マリウスと同い年という若さにありながら、第五魔道士長の役に就いていた。
二十歳そこそこで魔道士長になったのは異例の出世スピードで、国からも今後どこまで登り詰めることができるのか楽しみにされている。
しかし、キーランも苦労なしにその地位に就いた訳ではなかった。
叔父を遥かに上回る魔力を有したキーランは、魔力の発現が始まった3歳の時に将来が決まってしまったと言える。
13の時には、マリエルたちも共に通っていた学舎にも通いながら、その類い稀な魔力量のコントロールを学ぶために、少しでも早いうちに、と魔道省に入省させられた。
能力はあっても中身は子どものキーランが、大人ばかりで、才能のぶつかり合いを主とした魔道省に入れられたことは、苦痛に感じることの方が多かったと、想像するに難くない。
マリエルに個人的に魔術を施してくれるようになったのもその頃だ。
本来、魔術の術式は国家機密であって、例え編み出した本人であっても、私的に利用してはいけないものとされている。
もし理由があって利用する場合には、王城へ申請書を提出し、然るべき部署の審査を経て、王の承認がなければ許されない程に厳格なルールがある。
マリエルのことは、もちろん秘密の案件だった。
公には魔力コントロールのために協力している、とだけ伝えて王城への申請もそう出してあった。
始めた当初は二人とも子どもで、キーランもまだ複雑な術式は構築できておらず、かけられるマリエルの方も魔術を利用して悪用できるほどのものを、何も持っていないことが周知の上だったから許されたことだ。
学舎を卒業してから、完全に魔道省にこもってしまったキーランに、定期的に会う数少ない人のうちの一人となったマリエルは、放っておくと我が身を省みない彼の体を心配して、助けてくれる感謝の印、とばかりに東塔を訪れる時には簡単に食べられる物をいくつか用意していくことにしていた。
今回は、マリウスにも持っていったケーキと、軽食用のサンドイッチ、保存のきくミニクッキーで、それらをぎっしり積めた籠は、そこそこの重さがあり、塔の五階まで上がるのは中々に辛いものがあった。
(この階段、幅が狭いから上がりにくいのよね。だから、ランクが上がるごとに使用する個室階が下がるようになってるんだわ!)
軽い息切れを起こしながら、マリエルが最後の階段を登りきると、小さく深呼吸をして、階に一つしかない扉をノックする。
「入れ」
扉の中から素っ気ない声が返ってくる。マリエルは何も言わず、手慣れた手つきで少し癖のある扉を開ける。
「キーラン、今お邪魔してもよろしくて?」
「マリエルか、そろそろ来る頃かと思ってましたよ。どうぞ」
魔道省に勤める魔道士達が見たら驚くような笑顔を見せて、キーランが迎え入れる。
黒い瞳に漆黒の髪、魔道士になるために産まれてきたような美丈夫のキーランを、子どもの頃から見慣れているマリエルからすると、その笑顔さえも普通のことなのだが、仕事場ではいつも無表情に考え事をしている姿しか目撃されていない男の笑顔は、確かに衝撃的かもしれない。
「前回お邪魔してから十日近く経ってますものね……お見通しですわよね。はい、差し入れよ。ケーキは早めに食べてね。サンドイッチは今日中に!ミニクッキーは一ヶ月は保つからお茶の時にでもどうぞ。…さて、早速だけどお顔直してくださる?」
「マリエル…君には余韻と言うものは育っていないのですか?……いきなり来て、話もせずに、やれ差し入れだ、さぁ直せ、とは…」
「あら?いけませんでした?…キーランがお忙しいだろうから、と急いだつもりだったのですが……あぁ、お父様に早く帰ると言ったことも、どこかに残っていたのかもしれませんわね…」
「…?何かあったの?」
眉根を寄せて問う姿は、子どもの頃から見知った相手のはずだが、しっかりと大人に見える。
「あったような…なかったような…」
「何ですか、それは?…とにかく、何かはあったわけですね?」
あった、と言ってしまうと昼間の一件を話すことになり、話せばキーランはユースタスに怒りまくり面倒なことになる。とはいえ、何も話さないでいれば、父とカルロを経由して耳に入った時に、また煩くなる。
(どちらも避けたいわね…うん、当たり障り無いことだけ話しておきましょう)
「えっと…前回直して頂いた後にね、無事に婚約破棄してきましたの」
「あぁ、おめでとうございます?」
「ふふっ、何で疑問型なんですの?もちろん、おめでとう、ですわ。それは素晴らしい破棄でしたのよ。それでね、今日新たな婚約者が決まりましたの」
「あっ…っ!?もう?」
キーランは二度小さく息を詰まらせ、口をはくはくさせる。
「それで新しい婚約者は、トール・ヨルゲン子爵令息ですの。だから急ぎお直しをして頂こうと思いましたのよ」
「トール・ヨルゲン子爵………どこかで…」
キーランはまたも眉根を寄せて考え込んだ。
「?…キーラン?施術、お願いできまして?」
「思い出した!ヨルゲン子爵!ウィルフォード公爵領の隣の領地を買った家ですね?」
「…驚いたっ…キーラン、あなた領地に詳しくてらっしゃるのねぇ。えぇ、そうらしいわ。お父様が気付いた時には、もうお買いになった後だったらしいわ」
「………僕もだよ…」
小さく呟いたキーランは、とても不服そうだった。
「えっ?キーランも領地経営に興味がおありでしたの?」
「うん?いや、まぁ…少しですけどね…」
「そうでしたの…ではお兄様にお話しておきますわね。あぁ見えて、領地管理の腕はお父様より高いんですのよ。いい売り物があればきっと教えてくださいましてよ?」
「あぁ、ありがとうございます。マリウスは薄々知っていると思いますが…今度話しておきましょう」
(キーランが魔術以外に興味をもつなんて、意外でしたわ…お兄様が言う通り、人は変わるものなのね)
幼なじみの意外な成長に驚きながら、今日の本題に戻さねば!と、話を元に戻す。
「それで、施術はお願いできますの?」
それまでボウッと下を向いていたキーランは、ハッとしたように顔を上げ、マリエルを見つめてきた。
しばらくじっと見つめた後、黒い瞳を艶やかに煌めかせてから、美しく笑うと
「もちろん。少し待ってください。今準備しますから」といって、椅子から立ち上がった。
(うわっ!まさに魔に魅いられたような美しさだわねぇ。本当、キーランは成長とともに美しくなるわ。女性としては複雑だけど、わたくしとでは元が違いすぎて嫉妬の気持ちも沸いてこないですわね)
「お手数ですが、お願いいたしますわ。ありがとうございます」
マリエルは、またも妙な感心をしながらお礼を言った。
施術に関してのお話は、次に分けることにしました。
やっぱり、ほのぼのから離れてきたよなぁ(涙)




