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老婆は男の顔を見て、見慣れない人種の特徴をしていることに気がついた。男の顔は、造りこそ整っていたものの、大小様々な傷痕が刻まれていた。並大抵の経験をしていなければ、このように傷だらけになることはない。
老婆は、この男が戦士であったことを悟った。戦の知らせは最近聞かないが、きっとどこかでこの男も死にもの狂いで戦っていたのだろう。そして、身を覆うものを失ってまで命からがら逃げてきた。老婆はこの男の身の上を想像して憐れんだ。
「わたしの息子達も、偉そうにしている高官共に連れて行かれてねぇ」
そう、老婆は独り言ちる。
「その服は、息子達が帰ってきた時に着せようと、息子の嫁達と繕った物の一つだよ」
老婆の話を、男は身動きすることなく静かに聞いている。本来、老婆の息子が着るための服、今は男が着ているが、それは老婆の属する部族の男たちが、鷹を使って狩りをするための服であった。鷹が止まれるよう、利き手側の肩から手首までが丈夫な革で覆う造りとなっている……この服の本来の主は、左利きだったらしい。
「息子たちがどうなったかだって?」
老婆は、火をおこして茶を沸かす用意をしながらも、男に聞かせるというよりも、独言を続けるかのように話を続ける。もっとも、男が返事をしないため、老婆が一人で話しているように見えても仕方のない事だ。
「……みんな地面の下さ」
老婆は、5人いた息子全てを戦で失った。未亡人となった嫁達は、そのままにしていては哀れに思い、それぞれの家族のもとへと帰らせた。もともと老婆は、夫を早くに病で失っており、直接の世話となれる間柄の人間は、貧しい部族の中にいなかった。それに老い先短いこの我が身、今更誰かの世話になりたいとも思えない。老婆は、誰も近づくことのないこの荒野を、静かに横たわる場所と決めていた。
「あんたはちゃんと生きている。それだけの事だが、それはとても大切なことさね」
男は、引き続き黙して老婆を見ていた。男の本来の肉体は、既に脳の一部だけとなっていたのだが、老婆の話を聞きながら、男は自分自身もきちんと呼吸して生きていた人間であった事実を思い出した。そして男は、生物とは言えない現在の肉体を感じながら、人間ではなくなってしまった我が存在が果たして何なのだろうかと、竈で揺れる火に視線を移して考えた。