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長い時間を、男は食物や水分を口にせず砂漠を歩き続けた。
男は道中において空腹や疲労を感じることはなかった。なぜそれらを感じずに済むのか。それは彼自身にも分からなかったが、この旅を続けていけるのであればそんなことなどどうでもよかった。男は在るがままを受け入れていたのだ。
ただ、男は絶え間なく燃焼するこの心臓が、歩き続けることを許していることを理解していた。
さて、幾月かの時間が過ぎ、男の燃え尽きた髪や眉が再び整うくらいの時間が経った(それほどまでに、男が歩いている砂漠地帯は広大なものであった)。男の髪は、その両眼と同じように太陽に燃えて輝いた。その長さは首元まで届かないくらいであり、砂を運ぶ風がそよぐ時にその黄金は美しさを増したのだった。
対照的に、男の肉体は厳しい気候によってさらに哀れさを増した。太陽が昇る日中は燃えるような暑さが、陽が沈めば凍えるような寒さが肉体を傷つけ、皮膚はひび割れてその隙間から男の発する熱と光が漏れ出ていた。
時には砂漠の砂に混じって塩の嵐(それは世界において塩の災厄と呼ばれていた)が吹き荒れることもあった。飛び狂う塩の結晶は、男の皮膚を骨から剥がそうと害を為す。そのような時、男は仕方なく呼吸を止めて砂の丘陵の中へと潜り、嵐が過ぎ去るのを待った。
男は砂の中で嵐が過ぎるのを待つ間、自己の中へと意識を向けた。それは、なぜ自分が歩き続けているのか、どこに向かっているのかを思い起こすためであった。男の脳の大部分は電脳化されており、彼の自我意識は、何度も仮想領域に渦巻く思考と記憶のループへと侵入を試みた。
しかし何度投身してみても、『error』という紅い表示が明滅し、その度に記憶の表層へと男の意識は打ち揚げられるのであった。
嵐が過ぎ去るのを待つ間、男は何度投身しただろうか。
一度だけ、仮想領域において記憶の再構築がなされた瞬間があった。記憶が再構築されて形を保った時間は、本当に僅かなもの(それは時間の概念では表せないほどの、原子が溜息をつくかのようなほんの一時)であったが、その刹那に、男は投身を成功してのけた。
――崩れ落ちる記憶の中、男は愛しい存在を視たような気がした。その人は、美しい花園で髪を揺らしながら静かに空を仰いでいた。