7 . 勿忘草色のダカムスクリプト
こんばんは、ハヤサマです。第七話です。
今朝ブックマーク件数が十件を突破しました。
これからも頑張っていきますので、楽しんで読んでいただけましたら、また、どこかで「こんな小説があるよ」と広めていただけましたら、こんなに嬉しいことは無いです。
ゆらゆら。
やっぱりここは気持ちがいいな。
憶えてないけど、生まれる前にお母さんの中で羊水に包まれてる感覚が、こんな感じだったのかな。
ゆらゆら。
この緩やかな流れが本当に好きなんだ。
一生こうしていたいな。もうここから出たくないや。
ん?前に見た光が少し大きくなってる?まあどうでもいいけど。
ゆらゆら。
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「うぅ.....くっ」
十二時間ぐらい眠り込んでしまった朝の起き抜けのような疼痛に襲われて呻き声を上げるのはタツトだ。ズキズキと自己主張を続ける頭痛に顔を顰めながらもゆっくりと仰向けになっていた体を起こす。
不機嫌そうな気怠い表情で、「今日は学校がある日だったっけ」「だとしたら、寝坊してしまったかも」などと考える。
(なんだかベッドが硬いな.....)
タツトの両親に少し奮発して購入してもらったいつもの羽毛のベッドの寝心地が非常に悪い。心なしか体の節も痛い。目を瞑って頭は寝たまま、身体だけを動かして節々の痛みの緩和を図る。肩をぐるぐる回したり、両手の指先を組んで背中の方に回し、大きくのびをしたりしていると、眠気が薄れてきた。
意識が覚醒するにつれて徐々に五感がはっきりとしてくる。そうなると必然的にこの、香水を数倍に濃縮したようなむせ返りそうになる匂いが鼻腔を刺激しているのに気が付く。
「.....ぐえっ!?げほっげほっ」
それに気付く前に大きく息を吸い込んでしまっていたため、鼻の奥がピリピリする。間抜けな声色で咳込み、涙目になったせいで視界がぼやけて前がよく見えない。
(このキツい匂いはなんだ?家で火事でも起きているのか?)
その馨しい香りの正体を探るため、ぐしぐしと袖の辺りで瞼を乱暴に擦ると辺りが徐々に鮮明になっていき、
「.....えっ?」
ーーーーーーどこまでも拡がる極彩色の【花畑】を見た。
タツトの脳に電流が走る。その圧巻の光景を目に入れた瞬間、ここに至った過程の記憶を思い出した。思い出してしまった。
それはつまり、あの人智を超えた化け物に捕食されて、耐え難い苦痛を受けた経験も幻肢痛のように蘇ることを意味しているわけで。直後、
「ひっ!?っぃあ゛ああああああぁぁ!?」
当然と言うべきか、タツトの脳内であの尋常ではなかった激痛が蘇る。どういった生物なのかすらも検討が付かない魔物の血肉にされる恐怖が、悪魔が地獄から顔を出すように現れ、頭にこびり付いて離れない。
ひと思いに、一撃で致命傷を負わせてくれたならまだこの絶望に打ち勝つことができたかもしれない。
ゆっくり食べるだなんてせずに、身体を真っ二つに袈裟斬りにでもして、楽に死なせてくれていたら、この逆境に抗う気力が残されていたかも知れない。
しかし、あの殺され方だけはダメだった。感情の起伏が一切感じられない容貌をした【メナシ】の口腔から伸びてきた筒状の器官の内側にある、ヒダがタツトに絡みついていたのを覚えている。
そして、“吸”われた。
「ぎいっっっ、ぁあ!!」
【花畑】でのたうち回りながら、タツトはほとんど声にならない声で慟哭する。
何か一つ、自分で想像できる中で最も苦痛を伴う事象を思い浮かべてほしい。
歯にフッ酸を塗りたくる、睾丸をペンチで挟み潰す、スプーンで眼球を抉り抜く。そんなところだろうか。アイアンメイデンやファラリスの牡牛と言った、中世ヨーロッパの拷問器具が頭を過ぎった人もいるかもしれない。
タツトが味わった苦痛というのは、そういった人間が体験しうる中で最大レベルの激痛を、数倍から数十倍のものにしたという風に理解してもらえると大体合っていると言えるだろう。
それが実に、時間にして約三十分。甚振り、弄び、嬲るように断続的に行われた。
通常の人間であれば、許容量を遥かに上回る痛みでショック死したりするのだが、あの化け物はタツトが死に至るダメージ量を的確に見極めて、死なないように細心の注意を払いながら、尚かつ最大限苦しむように、捕食を続けた。
推測の域を出ないが恐らく、生きたまま捕食する方が、単純に美味しいからではないだろうか。その方がより多くの快感を得られることを知っていて、器用にもタツトを生きたまま食べきったのではないだろうか。もっとも、被食側はたまったものではないが。
何にせよ一つ言えることは、そんな芸当、人間にだって不可能だということである。この環境の生物は本当に、人間の理解出来る範疇を超えている。そう思わせてくれるような習性だ。
そんな冗談のような酷痛が、ただ一人の少年のもとへと押し寄せたのだ。
ーーー心が折られるに決まっているじゃないか。
タツトは既に泣き叫ぶことを止め、花の茎だらけの地面にうつ伏せに転がっていた。見ればその頬には赤い鮮血が走っており、タツトの眼球の辺りを始点としていた。
またその眼は、これでもかと見開かれていて、唇はわなわなと震えている。不気味な笑みを浮かべているといわれれば、そう見えるかも知れない。あちこち転げまわった所為で乱れに乱れて逆立った髪の毛が、その重力でゆったりとしなるように降りていくのが見える。
タツトはそんなものは存在しないとでも言うように無視し、見開いたままの眼であらぬ方向を凝視している。乾燥した瞳に潤いを取り戻そうと涙腺から澄んだ透明の涙がどっ、と溢れ、血涙とぐちゃぐちゃに混ざって肌に複雑な模様を描いていく。
意識のあるまま、喰われていることを認識させられながら喰われた。それも完全に死ぬまで。既に四肢を喰われた状態でも、その恐怖は鋭敏に感じとっていたのだ。その恐怖の感情もまた、タツトの精神をズタズタに引き裂くのに一役買っていた。
“最大の自己の喪失は、他の生物に捕食されることだ”
そんな言い回しを、耳朶にしたことがある。
知りたくもないのにそのヒダの蠢き方で、あの化け物が悦んでいたのが分かってしまう。自分の命を使って、気味の悪い化け物が快楽を得ているのが分かってしまうのだ。
どうしようもない屈辱がタツトの中を荒れ狂い、遣り場の無い怒りを感じると悲しくなるように、その気持ちを悲哀のそれで彩る。
ーーーーーーダメだ。ダメ過ぎる。
耐えるだとか、克服するだとか、そんな生温い考えを思いつく余地すらない。絶対的な死との対峙による恐怖と、猟奇的な惨殺による苦痛。そして趣味の悪すぎる捕食の仕方による屈辱。
「ぅ.....ぁ」
ドサリ、と音がした。
それらを瞬きの内に思い出してしまったタツトが、ついさっき起き上がったばかりだというのに、【花畑】に再度倒れ伏してしまった音だ。ついに思考がオーバーヒートを起こしたのだ。怒濤の衝撃を受け取った神経の部分が灼き切れそうになり、脳が慌てて強制的に意識の電源を落とした。
一瞬、意識をシャットダウンしようとする脊髄と、見知らぬ土地で気を失ってはいけないという抵抗感がタツトの中でせめぎ合ったのだが、前者の破壊力が強すぎたためにその拮抗が瓦解するまでには一秒も経たなかった。
ピコン。
◁◁二度目の【強化蘇生】を行いました。各ステータスの強化と、【復活報酬】がドロップされます。▷▷
眠るように倒れているタツトの周囲から、赤とオレンジの、ちょうどドライアイスに熱湯を勢いよく注いだような煙状の光がどこからともなく集まってきて、まるでタツトの胸元が目的地だというように、その一点めがけて飛んで行き、やがて収束していった。
そして、
ーーーガコン。
これからタツトの運命を大きく変えることになるであろう宝箱が、タツトの前方に出現したのだった。
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