4 . 青天霹靂のヴァリアント
そろそろ物語が動き始めます。
気持ちの良い表現ではないので、苦手な方はご遠慮ください。
言っとくけどこれ、ホラー小説じゃないよ!
「ここは......どこだ?」
そんな、死ぬまでに一度は言ってみたいような中二チックな台詞を堂々とかましつつ、自らの状況を確認しているのはタツトだ。
心拍、正常。呼吸の乱れ、無し。四肢の活動、異常ナシ。
突然の出来事に困惑の色を強めながらも、一応自分の体が思い通りに動くことに多少の安心感を得る。
事の経緯は明確に憶えている。何せ、教室でいつも通り過ごしていると突然、あり得ないほどの輝きを持った虹色の光玉が現れてどんどんでかくなり、更に爆発したかと思うと意識を失っており、気付いたら全く知らない場所にいたのだ。これほど唐突で衝撃的な体験はそう簡単に忘れられまい。
そして、この見知らぬ地に飛ばされて意識が覚醒し始めたころから、いや、むしろ教室で極光を見た瞬間から頭の片隅を過った考えを改めて口にしてみる。
「これはもしかしてもしかすると例のアレ、“異世界転生”っていうやつじゃないか!?」
タツトは動揺の裏で密かに興奮していたのである。
幸い、ファンタジー小説やラノベは多少かじっており、この手の知識は少なくないので、この一連の出来事はタツトの脳内にある異世界転生モノのそれと重なる部分があった。
遂にこのときが来たか、といった面持ちで辺りを見渡す。退屈な元の世界には未練はないので、この新天地で新たな生活を築いていけるなら悔いはない。
もう二度と家族に会えなくなるかも知れない、という事実に若干の寂しさは覚えるものの、そのことと異世界での新たな生活を天秤に掛けた場合、断然後者に傾くというだけだ。
テンプレ通りなら、きっと飛び切り美人なお姫様がいて、魔王討伐やらなんやらを頼まれちゃったりするのかもしれない。そして頼れる仲間達を見つけて、紆余曲折を経て最終的には世界を救ったりしちゃって、お姫様と余生を楽しく過ごせたりするのかもしれない。
「......でもこの様子だと、どう考えてもそんな感じはしないんだけどなぁ」
タツトの言葉通り、彼の眼前に広がるのは一面の花畑だけだった。
赤、白、オレンジ、ピンクがメインの花が360度どの方角を見ても無限と言えるほどに広がっていて、よく見たらかなり遠くの方に緑色の木々が生い茂っているのが見えなくもない。
この夢のような情景、美しいことには美しいのだが、地球では見たこともない花ばかりで尚且つ、不自然なほど広大な範囲に渡って咲き誇っていたので、底知れぬ不気味さの方が勝っていた。首を後ろに逸らして上空を見上げると、蒼天に雲が点在していて田舎の青空のように綺麗だったが、なんというか、空気に色があるような気がする。
淡いピンク色の、むせ返るような花の匂いを纏った大気が辺りに充満していて、視界良好とは言えない。
さっきまで気付いていなかったが、ピンク色の花は実は白色の花弁を持っており、それをこの大気を通して見たためピンク色と視認してしまっていたらしい。
「さてと、どうしたもんかね......みんなはどこにいったんだろう?あの状況で僕だけ転送されたとは思えないしなぁ」
思わぬ境遇に身を置いてしまい、しばし路頭に迷ったように立ち尽くす。転移の際、スマホ等の持ち物は運ばれなかったようで、じっと今後の方針を考えるぐらいしか出来ることがなかった。
流石にすることがなさすぎて、ふと思い立って、手慰みにオレンジ色をした見たことのない不思議な花の一本を摘んでみようかと思い、プチッ、と根本から千切ったそのときだった。
ーーー淡いピンク色だった大気が、どす黒い血のような真紅に変わった。
「どぅうぇ!?」
視界の急激な変化に咄嗟に変な声を上げてしまった。
どう見ても警告のサインのような色をしていて、ここに咲いている花を摘んだ瞬間に起きたので、もしかしたらではあるが、“自分は大変なことをしでかしてしまったのかも知れない”と思い慌てて摘んでしまった花をぽいと捨てるが、この異常事態は一向に静まる気配がない。
どうすることも出来ずにわたわたと戸惑っているとタツトの周りの空を突如として夜のような暗黒が包み込んだ。
「どわっ! ぐ、ぐるぐる色が変わるな、この世界は。でもこんなに一瞬で夜になることなんてあるのか?」
またしても色が変わり、もはやなんと言って良いかわからない。とりあえずこの現象を「急激に夜になった」と推測したのだが、見当外れもいいところであった。
否、その正体は巨大な影だ。もはや東京ドーム何個分、などというチンケな比喩では到底表しきれないサイズの影が、一瞬にしてタツトの周りを覆い隠したのである。あまりに急激な変化であったため、いきなり夜になったかのように錯覚したのだ。確かに遥か遠く彼方の森には太陽の光が地面に行き届いている。
「ってことは、僕の真上に影の張本人がいるわけで......」
かようにも巨大な影を作り上げたその存在を確認するために、脳裏で”見てはいけない”と警鐘がなっているのを必死に抑えこんで、頭上を見上げた。
ーーーーーーカオ。
ーーーーーーヒトの、カオ。
「.....はぇ?」
遥か上空にあるにも関わらず、タツトの可視域のその凡そ半分を占めるほど、巨大なニンゲンのカオ。それがそこにあった。
また、遥か上空にあるにも関わらず、その双眼は確実にタツトを捉えていた。粘りつくような視線にどうしようもないほどの怖気が背筋を走り、ついこの世の終わりを連想してしまう。
異常なほど発達している大きな瞳が、顔全体のバランスを大きく破壊しており、白目の部分も血走っていてなかなかにグロテスクだ。見ているだけで不安を煽るのっぺりした表情をしている。その唇は僅かに口角を上げており、見ているだけで背中に昆虫が走ったような寒気がする。
顔より下にあるはずの首はなく、首のつけねにあたる部分からは全長1kmを優に越える、数えるのが馬鹿らしくなるぐらいの膨大な量の肌色の触手が生えていたその触手一つ一つが、海から無理やり陸に引き揚げられた鮮魚のようにピチピチと大変不快な動きをしている。
「ぅあ......ぇ」
声が出ない。先ほどまで快調だった身体の方も、まるで動かせる気がしない。
全てが不自然で、理に適っていない存在。これを目の当たりにしたときの心情は、禍々しいだとか、恐ろしい、とか、そんな表現は優に通り越してしまう。無理解が故に感じる不条理さ。不自然さ。不合理さ。異常さ。脳が情報の整合性を取ろうとするが、あまりに巨大な異物感のせいで一向に無理解が収まらない。
自然の摂理に堂々と背を向ける存在から、圧倒的な、絶望的な、覆すという概念すら芽生えないほどの生物としての力の差。それが一目見ただけで鋭敏に感じ取られる。というか、もはや向こうが生物なのかどうかすらも確認のしようがないので分からない。
人は、あまりにショッキングな事態に出会すと、脳が障害を起こさないように、無理やり意識をシャットダウンするそうだ。
意識がブラックアウトしそうになりながら、それでも気力を振り絞って気を保っていたタツトの記憶は、その“カオ”の口ががぱっ、と開いて、中から特大質量の吐瀉物が超高速で落ちてきた光景を最後に途切れていた。
一瞬何が起きたのか分からなかった。不気味なカオの化け物が大きく口を開けたと思ったら、空が、形容しがたい焦げ茶色の泥っとした物体に埋め尽くされていた。
それが地上の花畑と衝突した瞬間、まるで隕石が降ってきたような超轟音が鳴り響き、鮮やかな花々を一つの例外もなく容赦なしに汚染しながら津波のように極彩色の世界を浸食した。あとに残ったのは汚物のような、粘性の死海だけだった。
この日タツトは、生まれて初めて、死んだ。
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