26 . 臨界律動のジークフリート
――目覚めると、見たことのない場所にいた。
不思議な場所だった。神話級34種、伝説級672種、最高級135種類を見てきたタツトですら全く覚えのない物質で構築された、祠のような建物の内部らしかった。
何かを奉る祭壇へと続く道の上に寝転がっていたようで、両側には壁画のような彫刻がなされた壁が広がっている。
「............え」
タツトは半放心的な面持ちで、反射的に構えてしまう。クロも面食らった表情で、警戒を露わにしている。それほど衝撃的な出来事だった。約一年間、花畑と岩場の光景しか目にしていなかった二人にとって、『起きたら知らない場所にいる』は、あまりにも唐突で、あまりにも不可解だった。
「なんだ? ここは」
「っ我にも分からぬ。 やはり自殺したのが関係しているようじゃが......」
二人は驚きのせいで未だに出しにくい声を荒げながら、周囲を睥睨する。その眼光に宿っていたのは、不安や恐怖の色というよりも、敵意、或いは警戒と表現した方が的確だ。タツトは【空虚と否定の短剣】を逆手に構え、アイテムポーチを光らせて、空いている手に新たな道具を取り出す。
――伝説級:【不文戒律】。 頭上に放り投げるだけで独りでに空中で静止し、四方に不可視の結界を展開する、サイコロ型の魔道具である。作り出される結界は、メナシの攻撃ですら一撃までなら耐えうる破格の性能を誇り、何度か助けられた経験がある。
タツトはそれを四、五個いっぺんに投げると同時に、【空虚と否定の短剣】を身体ごと、何度も回転させながら宙を辻斬りにし、リング状の剣閃を幾重にも作り出す。
――刹那の間に行われたこれらの一連の動作は、タツトが咄嗟のときのために編み出した防衛技である。
【不文戒律】から不可視の防壁が降り注ぎ、クロとタツトを包み込んでいく。
タツトはいつでも斬撃を飛ばせるように身構えつつ、索敵を開始する。クロも【福音と肯定の短剣】をタツトに手渡しながら、彼がアイテムポーチから出した【帝王の錫杖】を受け取り、天焔魔法と天夜魔法の同時詠唱を開始する。
――神話級武具:【帝王の錫杖】。
紫、紺、黒色のみで形成され、細長い胴部の先端に禍々しい帝王の眼を象った究極の杖。装備状態で発動した魔法に圧倒的な上方修正を与えるだけでなく、詠唱時間の最短化、MP効率の最適化を行う。
さらに、太古に存在した闇の帝王が得意としていたと云われる天焔魔法、天夜魔法とは非常に相性が良く、今のところクロのメイン武器となっている。
クロが完成させた魔法は、神話級天焔魔法“竜灯”と、神話級天夜魔法“闇鬼”。どちらも王宮直轄魔導師達が裸足で逃げ出す最上位魔法である。
光と勘違いするほど青白く燦めく炎と、万物を呑み込むような混沌とした暗闇が、クロを中心として左右対象に浮かび上がる。それぞれが気色の異なる波動を所構わずぶち撒け合い、丁度その二つの波動がぶつかる、クロの縦直線上には暴風が巻き起こっていた。
水に濡れたような、艶やかな黒髪が為すがままにぱたぱた吹き上がる。
不思議ながらも神秘的な祠の中で、片方はひどく鋭敏に揺らめく剣閃を身体に纏い、もう片方は両サイドに幻想的な球体を浮かべた、超美男女。傍目には一枚の傑作絵画のように映る光景だが、その殺傷能力は絶大だ。
タツトとクロの持ちうる力を最大限に活用した、最終布陣。攻撃と防御をこれ以上ないほどに備え、これといった死角すら持たない。
―――まあ、何度となく破られてきた訳なのだが。
脳裏に焼き付くほど、【花畑】と【岩場】の情景のみを見てきた二人にとっては余りにも性急な事態に、辺りへの警戒、緊張、そして戦意は、最高潮まで登り詰めていた。
“その存在”に気付くのは、
「「―――ッ何か、来るッ―――!」」
――同時。
『―――ヤーヤーヤーヤー。素晴らしい、実に素晴らしいよ。まさか本当にここまでたどり着く人間が現れるなんて、思いもしていなかった。』
気付くと、その声は真後ろから。
「っっなッ!?」
――なんだと、タツトがそう言い終わる前に、更なる衝撃が訪れる。
「―――“千鬼夜行”」
タツトが驚き戦いているほんの刹那、クロは先に判断を下したのだ。
アレは、絶対に関わってはいけない存在だ、と。
―――“千鬼夜行”。
神話級高位魔法の“竜灯”、“闇鬼”を重ね合わせ、文字通り塵一つ残さない漆黒の劫火を作り出す、クロのオリジナル魔法だ。
恐らくこの魔法にランクを付けるとしたら、下位のものにはなるが、夢幻級。
神話級魔法の異種系統同時行使でさえ、人類がどう頑張ろうと、千年修行しようと到底不可能な行為なのに、更にそれらを掛け合わせ、紡ぎ、新たな一つの魔法にする。
そんな神業を可能にさせたのがこの、クロが装備している【帝王の錫杖】だ。
詠唱時間“短縮”ではなく、“最短化”。MP“効率化”ではなく“最適化”。この言葉の意味の違いは、扱う魔法が高尚になればなるほど違ってくる。
ましてや神話級魔法の行使となれば、普通なら十数分は掛かる詠唱時間をほとんど0にし、一発ですっからかんになるはずのMPを更に十余発の詠唱を可能にするこの武具は、クロに持たせることで最大限の効果を発揮できるのだ。
ただ、夢幻級魔法なんてものは、もはや魔法の域に収まらず、ただの超常現象と化している。そのため消費魔力も他の魔法とは一線を画し、【帝王の錫杖】装備のクロでも二発が限度。そんな大技を初撃に選ぶとは、平常時なら浅慮、或いは早計といった言葉が脳裏に浮かぶが、クロのその行動は、言外にそれほど状況が差し迫っていることを顕していた。
みるみる内に膨れ上がった、紅蓮と漆黒の斑状の魔力の塊が、“その存在”へと恐るべきスピードで肉迫する。
タツトもそれに呼応するかのように魔力を身体能力に換え、増幅させ、“千鬼夜行”の余波が収まり次第、追撃を放てるように構える。更に、万が一の反撃にも対策済みだ。何せ、ただでさえ不可視のバリア―――【不文戒律】が発動されているのだ。それも複数。メナシの馬鹿力でさえ食い止める防壁が、そう簡単に破られるはずがない。
そしてついにクロの、お伽話にも出てこないような“現象魔法”が“その存在”と邂逅する。
邂逅、する。
邂逅、
「――――――え?」
――しない。 ぴたりとまる。 寸前で。
声が出せない。まさか、そんなわけがない。だって―――
―――“ソイツ”は魔力を、一度も発していないじゃないか。
『ヤーヤーヤーヤー。うん、なかなかいい魔法だ。これなら確かに夢幻級魔法に相当するだろう。でも、本当の魔法ってのはこんなに下品じゃ、いかんよなぁ』
一呼吸おいて、クロの放った“千鬼夜行”が、シャボン玉が割れるかのように、音もなく崩れ去った。
神の御業と云うほか無かった。魔力の核を見もせずに一撃で、それも二つの神話級魔法が絡んだ魔法なんて、不規則に、そして縦横無尽に内部を動き回るために認識しようもないのに、貫いた。
(―――これは、多分ムリだろ......)
無意識に、目の前の存在に屈服してしまっている自分がいた。生物としての格が違った。初見のゲズィヒトよりも大きな、遠さ。
『ヤーヤーヤーヤー|。キミたちがここに来るまでに培った全部、僕にもっと見せてくれ――』
続けて。
『――おい、なんだい、その絶望しきったような顔は。いや、まさか、こんなもんじゃないだろう?キミたちの力ってのは。もし本当に、今のが全力だと言うなら、――――足りなさすぎる。普通に。』
“その存在”は心底失望したような顔で、一息で二人にそう言い切った。
タツトもクロも、目の前の存在が言っている言葉を呑み込めない。何度か噛み砕き、反芻してみるも、理解し得ない。一体何が足りないというのか。力か?いやそれはないだろう。だってここまでくるのにどれだけ頑張ったと思ってるんだ。じゃあ、何だ?何を求めている?まったく度し難い。
“存在”は、当惑したような二人の顔をのぞき込み、関心は失せたとばかりに面倒くさそうにしながら、どこか言い聞かせるように言った。
『何が何だか分からない-、みたいな顔をするね。僕はこれでも親切で温厚な方だから教えてあげるけど、キミたちは今|、異常地のゴールにいるのさ。八つあるエリアのすべての主を殺して、ソイツらの概念を全て手に入れないと辿り着けない筈なんだけど、キミたちの本当にアイツらやっつけたの?蟲王なんか、今みたいな魔法じゃ到底倒せそうにないんだけどさ。』
「―――ちょ、ちょっと待ってくれ。情報が多すぎて頭が着いていかない。少し整理させてくれないか?」
眼前の存在から発される、謎めいた圧力にタツトは苦しそうにしながらも、そんな疑問を絞り出した。抵抗はしない。恐らく、いや絶対に勝てないから。
『んー、いいよ。僕は優しいしね。何か分かんないことがあったら訊いてよ。初の来客だから、ちょっとだけテンション上がってるんだよ。』
「っあぁ、助かる。――まず、お前は何なんだ?どういう存在で、何でここにいるんだ? あとこの場所についても教えてくれ」
―――“どういう存在”、そうタツトが問いかけた理由は、これまで“その存在”をそのまま、“その存在”と形容していたこととも繋がる。
答えは至極単純、ソレを形容できる言葉、若しくは明確に表現しうる言葉を持っていないからだ。
見えているのに、見えていない感じがする。近くにいるのに、ここではないずっと遠くにいる気がする。ヒト型である気もするし、案外動物のような、四足歩行かもしれない。
もしかしたら決まった形を持たない生物なのかもしれない。 だがもしそうであるなら、常に“変化”しているはずだ。
透明になったり、顕れたり、ヒト型になったり、獣になったり、と姿形を変えたりしているはずで、つまりその瞬間瞬間を切り取ってみれば、一つの形に特定できる筈なのだ。
―――だが、目の前の“存在”は、今この瞬間も、人であり、獣であり、可視であり、不可視であり、そこにいて、そこにいないのだ。 決して相容れない、同時には存在できないはずの別次元の概念が重複し、共存しているのだ。
まったく、理解しがたい。“生き物は決まった形を持つ”とか、“ここはここで、そこはそこ”とか、そういう至極当たり前の概念がすっぽりと抜け落ち、どこにも本質がないような、得体の知れない感覚。
“その存在”は「それも当然か」とでもいいたげな所作を行い、(正確には分からないが、そんな感じがした。)
『うーん、そうだね。キミたちの次元では、僕という存在を特定することが出来ないんだよ。「縦横」という概念を持った二次元の存在が「高さ」を認識出来ないようにね。だから、僕の在り方を理解できないキミたちの脳が、無理やり三次元に当てはめて僕を見ようとしてるから、きっと今のキミたちの目には、僕は色んなものが同時に存在してるように映ってるんじゃないかな。』
「....うむ、その通りじゃ......」
苦しそうな顔をしながら、クロが答える。この圧迫感は、クロにとっても堪えるものがあるのだろう。
『それでなんだけどね、僕の役割は、ここまできた人間を、新たなステージに送ることなんだ。さっきも言ったけどここは異常地の終点で、八つのエリアの主を倒した、すごい力を持った生き物が来るんだよ。様々な概念を扱えるようになってるだろうから、きっと本当の僕もみることができるんじゃないかな。けどさ、そこで終わりだとつまんないじゃない?だから更なる高みに届けるために、僕の力を分けてあげて、更に高次元の存在にしてあげてるんだよ。ちょうど、僕のような存在にね。』
「っま、待ってくれ、そこが理解できないんだ、――その言い方だとまるで【異常地】のゲズィヒトやメナシが、ここに来るための試練として存在しているように聞こえるんだが......」
「......我も理解に苦しむな。マゴス様すら敵わなかった化け物を、尖兵のように扱える生物など、想像もつかぬ」
『――もし、それが僕だったら?』
「......っ」
「できる......かもしれない......」
その言葉、存在、威圧感には、信じてしまうだけの説得力がある。俄には信じがたいことだが。
『あはっ、そうでしょ〜ぉ? 現にアイツらの管理は、僕に一任されてるからね。』
(ーーー「一任」?いま一任と言わなかったか?)
『んん?あぁ、これはまだ言っちゃダメだった。 ――それはそうと、次は僕の質問の番だね〜』
「え、いや待ってくれ、まだまだ他にも知りたいことが『僕の番だ。』
“その存在”はタツトの更なる質問を、有無を言わせない態度で遮った。
「......タツトよ、ここは退くのじゃ」
「......すまない。尚早だった」
「―――のう、“存在”さんよ。 すまんかったのじゃ。我らの知ることなら何でも訊いておくれ」
クロの言葉に“存在”は、ひどく嬉しげな態度をつくり、こう問いかけた。
『あはっ、僕はキミみたいな、理解が早い生き物が大好きなんだ。 それじゃあ訊くね――――――何故ここにいる? どうやってここまで辿り着いた? その弱さ、お前らは試練を乗り越えていないだろう? ねえ、どうやった?どうやって、試練を越えた者以外に到達が許されない筈の、高次の魔法が掛かっているこの地に辿り着いた? 答えようによっては――――今すぐ殺す』
読んでいただきありがとうございます!
いいね、ブックマーク、コメントをいただけたら励みになります!!




