17 . 天顔咫尺のストラグル
こんばんは、ハヤサマです。第十七話です。
よろしくお願いします。
こちらをまじまじと舐めるように見下ろすゲズィヒトと、タツト、クロの睨み合いがしばしの間続き、辺りに不気味な静寂が広がる。
「ーーーーーー、ーーーーー。」
「ーーーーーーー。」
その際も二人は二言三言、言葉を交わしていた。何らかの作戦を擦り合わせているようだ。
「わかった、その手はずで行くぞ..........、クロ。」
「あぁ、分かっておる......動くぞ」
その言葉通り、これまで静止を保ってきたゲズィヒトが動き出す。
先ずは例の如く、超質量の吐瀉物がゲズィヒトの口腔から止めどなく溢れ出し、がぱっ、と大口を開けたためにその行き場を無くして空中に放り出される。一体その顔のどこにそんな量が入っているんだとツッコミたくなるような、可視域の空のほとんどを埋め尽くすほどの尋常ならざる特大質量の塊が、自由落下により彗星の如くタツトとクロの前に降りかかった。絶望的な威力の初撃により、両者の眼には死への恐怖や為す術のない諦観が浮かび上がるかと思われたが、相対しているのは、チートスキルにより超強化を受けた異世界人であるタツトと、実体化した“概念の実”であるクロである。むしろその飛来してくる形容しがたい汚物感を否応なしに感じさせるような吐瀉物を見て、予想が当たってよかったとでも言いたげな笑みを浮かべている
「馬鹿の一つ覚えみたいにゲロばっか吐きやがって、生憎一回経験済みなもんでな、こちとら傾向と対策はカンペキなんだよっ!!」
「噂には聞いておったが、それを遥かに上回る醜悪さじゃな。吐瀉物で先制攻撃とはなるほど、異形の神と呼ぶに相応しいではないカッ!」
両者の慟哭は、死闘の開戦の合図となった。
タツトは吠えながら、上空に向けて、【空虚と否定の短剣】を膂力に任せてありえないスピードで滅茶苦茶に振るい、無数の剣撃を作り出した。一撃一撃が地盤をめくり上げるほどの冗談のような火力を持つ斬撃がタツトが腕を振り抜く度に増殖していき、その総数は数百、数千と膨れ上がっていく。数えるのが馬鹿らしくなった頃、空中にピタリと静止していた剣閃が、弾かれたように一斉に飛翔し、吐瀉物に殺到する。
ーーーーーードゴォォオオオオオン!!
それらが衝突した瞬間、“爆音”という表現すら生温い、近くにいるだけであまりの轟音に防衛本能がはたらき、意識がフラフラと遠のいてしまうほどの衝撃音が響き渡った。
何もかも等しく切り裂き無に帰す神話級の斬撃と、大瀑布のような勢いで降り注ぐ大質量の吐瀉物との想像を絶する衝突で、地上から軽く30mは離れたところで起こったことだというのに、その衝撃波がタツト達のところまで届き、無条件に肌がプツプツと粟立つような感覚に襲われる。
ぶっ壊れた切れ味と威力を持つ数千の剣閃と言えど、上空から超高速で飛来し、圧倒的な質量と体積を誇る、“速さ・大きさ・重さ”の全てを極限状態まで兼ね備えたゲズィヒトの攻撃に最初は押し返されてしまう。だがその間もタツトは踊るように【空虚と否定の短剣】を降って剣閃の数を増やし続け、新たに生み出された斬撃が次々に押し寄せる。いつしかその競り合いは拮抗状態へと変わり、更には斬撃側が優勢になってくる。
ついに持ち堪えきれなかったゲズィヒトの嘔吐物がドパァンッ!と弾けるように粉砕され、生じた隙間からゲズィヒトの顔面を見ることができた。といっても全ての吐瀉物の処理に成功したわけではなく、あくまでも正面の部分のそれを削いだだけだ。未だに目が合っていることに得体の知れない不安感を抱きつつも、タツトは再度乱舞するように短剣を振り回し、剣閃を浴びせようとしていた。そのとき、
「ーーー“劫火灼天”」
小さく呟くような声音だったにも関わらずその可憐な声は、人外の速度で暴れ回っている最中のタツトにもしっかりと聞こえた。
タツトが奮戦している間、クロもまた、攻撃の準備段階にあった。凛とした立ち姿のまま両腕を上空の吐瀉物に向けて突き出し、目を閉じて何やら呪詛のようにぶつぶつと呟いていた。最初はひたすらぶつぶつと言っていただけであったが、次第にその手のひらから凄まじい熱量を持った炎が生み出され、更にその熾烈さを増していき、気が付いたときには既に紅蓮の業火が出現していた。ゲズィヒトの嘔吐物と二人の間に挟まれるようにして顕現した灼熱の炎は、その吐瀉物を呑み込み、燃やし尽くさんとする勢いで上空へ向かっていく。
クロが放った魔法は、炎系神話級魔法である“劫火灼天”だ。近くに大気を焦がすほどの炎の塊を生み出し、それを自在に操って同時に多数の標的を火炎で包み込むという、鬼のような難度の魔法制御と莫大な魔力、更には長大な詠唱を要するクロの奥の手である。ちなみに余談ではあるが、この魔法を二分やそこらといった短時間で発動できるのはクロを除いては、人間や魔族はおろか、神領の神々の中でもほんの一部だけだ。それは単にクロの並外れた魔術の才能が為せる業というわけではなく、彼女の恩人であるマゴスが使っていた魔法なので、少しでも彼に近づくために必死に努力した結果にあるのだ。
その莫大な規模の業火は、クロの精密な魔法制御によって命を吹き込まれたかのように四方に飛び回り、タツトの打ち漏らした残りの吐瀉物を一つ残らず燃やし尽くした。
「......小学生が考えたような無茶苦茶な魔法だな。炎が分かれて、それぞれ別の対象にピンポイントで飛ばせるとか、もう何でもアリじゃないか」
「いや、流石の我もこれほどの魔法はそう何度も連発できんよ。もってあと一回じゃな。それも、その一回を使ったら間違いなく魔力切れで昏倒してしまうの」
「ならそうなる前に、アイツの首をとればいいってことだな、首無いけど。」
「あまりうまくないぞい、ーーおや、第二波が来るようじゃな。まあ、一度目と違ってタイミングさえ判っていれば馬鹿正直に受け止めてやる必要もあるまい。タツトよ、少し揺れるが、暴れるでないぞーー」
そう言い終わると同時、クロが風系上級魔法の“俊風”を発動し、二人の足元から上向きの突風が発生し、上空に舞い上げられる。クロの言葉通り降り注いできた吐瀉物と、縦方向にすれ違うようにして浮き上がり、それは【花畑】の花を無残に荒らしていった。元いた場所が一瞬にして、嘔吐物によってできた死海と化す。
その馬鹿げた状況を見やりながら、再度クロが魔法を唱える。
「ーー“聖氷結”!」
氷系伝説級魔法“聖氷結”。発動地点を中心として半径20mほどの巨大な氷柱を出現させる古代に消失し、今や文献しか残されていない魔法である。
これにより死海の一角に絶対零度の足場を作り、どうにか凌ぐことができた。だが、死海に触れた部分の氷が凄まじい速度で融解していっている。自分で生み出した魔法の変化は、発動者なら感じ取ることができるため、そのことに気づいたクロが苦虫をかみ潰したような表情でタツトに言う。
「タツトよ、この足場も一分と保たない。短期決戦といくしかないぞ。風の魔法で、我とお主をもう一度空に飛ばすから、射程圏内に入ったらヤツを思い切り叩くのじゃ」
今も、遥か上空の安全圏から吐瀉物をリバースし続けているゲズィヒトを睥睨し、戦意に心を昂ぶらせる。
「あぁ、ありったけの力で切り刻んでやる。」
「その意気やよし、いくぞい。ーー“俊風”」
確実にゲズィヒトを射程に収めるため、先ほどより強い魔力を込めて“俊風”を放ったせいか、ビュウウッ!と台風のような突風が発生し、二人を盛大に空中に巻き上げる。その際クロの真っ黒なワンピースが風によって大胆にめくれ上がり、思春期男児には何ともアレな光景を見せられたが、タツトは微かに赤面しつつも見て見ぬふりだ。
真っ直ぐにゲズィヒトの方へと飛翔し、ぐんぐんとその距離を縮めて、ついにタツトの剣閃とクロの魔法の射程圏内にゲズィヒトの顔が入った。
「っどらアアアアアアァッ!」
「ーー“劫火灼天”ッッ!」
タツトが雄叫びを上げながら【空虚と否定の短剣】の剣閃を飛ばし、クロが決死の覚悟で会心の“劫火灼天”を放つ。
両者の持てる最大限の攻撃を一度に受けては、流石のゲズィヒトにも致命傷が与えられよう、つい先ほどまではそう考えていたのだ。
「......な......ぁあッ!?」
クロの“劫火灼天”がゲズィヒトに当たるすんでのところでぴしゃり、と止まって動かなくなったと思うと次の瞬間、逆に、タツト達の方へ跳ね返ってきた。今の一撃によりクロの魔力は殆ど空の状態で、僅かに残った絞りかすを使って頭のなかで魔力操作を行い、再度ゲズィヒトにその業火をぶつけようとするが、どうしたことか、何度動かそうとしても劫火灼天が微動だにしないのだ。まるで、何かしらの第三者に干渉されたように。
また、タツトの放った地盤を抉るほどの斬撃は確かにゲズィヒトの顔面に直撃したが、カキン、と金属と金属がぶつかったような甲高い音を鳴らずだけで、予想していた猛威を振るうことはなかった。あの冗談のような威力の斬撃がである。
二人は、自らの渾身の一撃がてんで意味を成さなかったことに茫然自失としていまい、「次に取るべき行動」がとれなかった。それは、「回避」である。勿論、眼前に迫り来る地獄の劫火を脳が避けようと身体の全神経に警鐘を鳴らしているのだが、全く体が制御できない。というよりむしろ、全く動かないのである。
そんな、死線の中では絶対にあってはならない隙を見せてしまったタツトとクロを嘲笑うかのようにゲズィヒトは悠々自適と二人に近づきーーー
ぷちっ
そのあまりに巨大な頭蓋を思い切り振り抜き、ちょうどプロレスラーのヘッドバットのように、また、飛んでいる蠅を叩き潰すように、二人を潰した。
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ーー【岩場】にてーー
ーーーピコン。
◁◁三度目の【強化蘇生】を行いました。各ステータスの強化と、【復活報酬】がドロップされます▷▷
ーーーガコン。
読んでいただきありがとうございます!
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