14 . 千朶万朶のサブスタンス
こんばんは。ハヤサマです。
活動報告の通り、一日休稿させていただきました。一日一話投稿が理想ですが、これからは予告なく隔日にすることがあります。
これからもリバイバルをよろしくお願いします。
むせ返るような匂いの充満した極彩色の【花畑】で、タツトは己に立ちはだかる理不尽なほど高い壁に打ちひしがれてしまう。すでに彼の心には、何もかも投げ出してしまいたいというような諦念の気持ちが漂いかけていて、死んだ魚の目をして遠くの方を見ている。
『......じゃから、再三言っておるではないか。我はお主ほど、残酷な運命を突きつけられた人間は生まれてこの方見たことないとな。』
タツトが心の中で悲痛な叫びを上げたのを感じ取ったクロが、フォローになっているようななっていないような、そんな言葉を返したが、対するタツトの表情は頗る付きで優れない。
「だからって、まさかそこまで鬼畜設定だとは思ってなかったんだ......。そんな人外の化け物を退けてここから出ないといけないのか......う、動揺しすぎて吐きそうになってきた」
『うぅむ、運命なのじゃから大人しく受け入れろ、というには些か酷すぎるのぅ......。肩を落とすお主を見ていると、だんだんと可哀想な気持ちになってくるわい』
「可哀想って思うならどうにかしろ」と胸中で愚痴を垂れたが、その恨み節は心の中だけに留めて口には出さない。クロに感じ取られていたかもしれないが、何も言ってこないのでスルーしてくれているのだろう。
「とりあえず、この【異常地】とかいう環境にいくつもエリアがあるのは分かったが、エリア間の移動は可能なのか?ここには良い思い出がまったくないから、 早いとこおさらばしたいんだが」
『それができたら、とっくに【異常地】を出て人間界に行っているところじゃろ。』
「そうだよなぁ......」
タツトがエリアとエリアを移動、つまり“カオ”のいる【花畑】から“メナシ”のいる【岩場】へ移動、というようなことはできないかと尋ねるが、クロはもっともな理屈でそれが不可能だということを明言する。
『ここに立ち止まったまま思案して、出ない案を絞り出そうとするのは愚策というもの、時間の無駄じゃ。ならば、森の方に散策に行ってみんか?あわよくば何かしら別の場所にたどり着けるかも知れんぞ。』
唸るタツトに、クロがそう提案する。ここから数キロほど遠くにあるというのに、ギリギリ視認できてしまうほど背の高い木々が生い茂る森の方へ行こうというのだ。
「まぁ、そうだな、他に何ができるわけでもないし、行くだけ行ってみるか」
タツトはそれに二つ返事で承諾し、花々の花茎を足でさく、さくと掻き分けながら歩き出した。
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あれから約十分ほど経ったであろうか。咲き誇る花々を掻き分けながら森を目指して、タツトは黙々と歩を進めていた。
『ーーーお主のその完成された人間のような美しい肢体を見たときから思っていたのだが、お主はお主で、ある意味【異常】よのぅ。そんな、その辺の通りを歩くような普通の歩法で、如何にしてそのような尋常でない速度を生み出してるんじゃ』
「そうだよな、これおかしいよな。物理的に。俺も信じられないんだが、なんか普通に歩こうとしてるだけなのにやたらと速く進むんだよ。自分でやってて言うのも何だが、人体構造的にこのスピードは不可能じゃないのか?」
引き上げられたスペックのおかげか、タツトは秒速にしてなんと、7m/sという競歩選手が聞いたら卒倒しそうな勢いで【花畑】を駆け歩いていた。おまけにその速度を維持しながら休みなしで十分間ほど歩いたと言うのに、一切の疲労を感じていなかった。【強化蘇生】の恩恵は想像以上に大きいようだ。
「......まぁ、それはそれとしてだな、クロ。」
『その物理法則を無視した歩き方をそれとするかどうかはそれとして、なんじゃタツト。いや、大体なんの事か察しはついておるのじゃがな』
「俺ら、進んでないよな、これ。」
『うむ、進んでおらんな、これっぽっちも。』
破竹の勢いで進んできたにも関わらず、二人が見ている景色は十分前のそれと全く変化がなかった。距離を縮めた分少しぐらい森が大きく見えてもいいはずなのに、やはりそのサイズはまったく変わっていなかった。
「なんか不思議な力がはたらいてるのかも知れないな。」
『魔力の流れからしてそれらしい魔法が掛かっているということはないようじゃ。もうこれは、不可思議としか言えんの。流石は【異常地】といったところじゃ。これくらいの異常事態、茶飯事のように起きていることじゃろう』
クロの言い分からして第三者の魔力干渉がある、という訳ではないようだ。それは結局、無理解を深めることだけを意味しており、
「あぁ。だからといって今更引き返しても何も意味ないだろうしな......これは本当に行き詰まったぞ」
手掛かりの捜索から僅か十分間弱、早くも路頭に迷い込んでしまう。
『そうじゃなぁ......のぅ、もう少し進んでみんか?ここにいても仕方ないのじゃし、もう少し長く進めば何か変わるかも知れんじゃろ』
「.........................あぁ、そうするか」
『なんじゃその間は。我の提案に何か言いたいことでもあるのかの?』
二人とも、あと数十分歩いたところで恐らく結果が見えているのだが、せっかくの希望を失わないように半ば自己暗示のような心境で更に森の方角へ進むことにした。
初速からどうっ、と風のように歩き、タツトはひたすら【花畑】を突き進む。
『......どんなステータスをしていたら、こんな冗談みたいな歩き方ができるのじゃ。それとも何か、特別なスキルでも持っておるのか?スキルカードがあれば、確認することができるのじゃが』
「スキルカードって何だ?またRPGくさいネーミングだこと」
『あぁ、スキルカードというのはな、人間界に出回っている、魔道具のようなものじゃよ。持ち主のステータス、つまりは攻撃力や防御力、魔力や敏捷性といった各身体能力を閲覧できる、長方形のカードでの、ちょうど手のひらにすっぽり収まるかどうかぐらいの大きさじゃ。加えてスキル、これはお主も所有しておるの。ピンキリなんじゃが、不可能を可能にする特別な能力のことじゃな、これも閲覧することができる。その使い勝手の良さと利便性から冒険者から王国騎士まで、幅広く重宝されておるんじゃよ』
「ほぅ、めちゃくちゃ有用そうな魔道具だな。ってか、やっぱりこの世界にも冒険者とか騎士とかいるんだな......会ってみたい」
クロから思わぬ耳より情報をもらい、尚更人間界に行きたいという思いが強くなっていく。そんな気持ちが逸ったのか、タツトは歩くスピードをぐんぐんあげ、その秒速はついに10m/sに届こうとしていた。
タツトの視覚を共有しているクロが、目まぐるしく色を変える両サイドの花々に『おぉ......』と感嘆のような声をもらしていた。
更に進んで、二十分後。つまりは森の方へ目がけて歩き始めてから三十分をすぎる頃だ。結果はお察しの通りである。
「......クロ。」
『......うむ。』
「『ーーー全く進んでない(おらぬ)な』」
単純計算にしておよそ13キロ近く進んだと言うのに、どこまでも広がる色とりどりの花々、数キロ先の森。一切代わり映えしない景色だけが広がっていた。
「普通に、無限ループしてるよな。なんかずっと同じ光景ばっか眺めてて、頭がおかしくなってきそうだ」
人は何もない、一面真っ白の閉鎖空間に閉じ込められると数日で発狂に至ると言われているが、似たような感覚か。
『誠に、不思議よのう。我の深い見識をもってしても、この現象の説明は一切できそうにないわい。何が起こっているのかまるで、検討がつかぬ』
クロでさえ投げやり気味な口調でそう言い切る。この世界で古くから生きているクロに分からずして、転移してから一日経つかどうかのタツトに理解できるはずもなく、ついにその一縷の望みを失い、何度目かの途方に暮れてしまう。
「一向に代わり映えしない景色といい、あの“カオ”の化け物といい、こんなメルヘンチックな場所には似合わない異常っぷりだな」
タツトは何とはなしにそうぼやいてみる。
その発言を言い終わるかどうか、といった瞬間であった。
ーーー広大な【花畑】から、ありとあらゆる音が失われた。
風が花々を揺らしてさわさわと静かにさざめいていた音も、耳を極限まで澄ますことで常時聞くことができる、あの微かなキィィィィィィン、という機械音のような耳鳴りも、それまで行われていたタツトの拍動や、呼吸の音でさえも。数瞬の間ではあったがそれら全ての音がぴしゃりと遮断され、世界の時が止まってしまったのかと錯覚するほどの静寂が辺りを覆ったのだ。
『ーーーお主今、なんと言った。』
クロがか細い声で、ぼそぼそと呪詛を唱えるようにタツトに問い掛ける。その声に、まるで信じられないことを聞いたような驚愕の感情が含まれていたのは気のせいだろうか。
だが、クロにそう聞かれたタツトは、“世界から音が消える”という異常事態に、水を掛けられたように思考が止まってしまい、問い掛けに答えることができない。
『のぅ、タツトよ、答えておくれ。お主今何の化け物と言ったのじゃ......!』
「......はっ!?クロ、今のはお前の仕業なのか!?」
思考停止状態から我に返ったタツトは慌てて問い質すが、当のクロはそんなタツトの問いかけは耳に掛けない様子であった。タツトの脳が一瞬の停滞に陥ったため、相互のやりたりに齟齬が生じる。
『そんな些事はどうでもよい。タツト、我の聞き違いであればよいのじゃが、お主は先ほど、“カオ”がどうのこうのなどと申さんかったか......?』
あらゆる音を掻き消したのは実際、クロのなした行いであるが、それは過失的なものだった。タツトが何気なく発した“カオの化け物”という単語に激しく、それは激しく感情を揺らしてしまったので、脳内で間接的にクロと繋がっているタツトは世界から音が消えたように錯覚してしまったのだ。
クロの余りの迫力にタツトは気圧され、先の異常事態も忘れて質問に答える。
「あ、あぁ言ったぞ。確か最初に連れてこられたのがここで、その辺に咲いている花を摘んだ瞬間に突発的に、まるで最初からそこに存在していて、初めて認識させられたみたいな異次元の速さで頭上に現れたんだ
。なんだってそんな怯えているんだ?俺は奴には初対面で上からゲロられて死んだからあんまり詳しいことが分かるわけじゃないぞ」
『ならん。ならん。ならん。ならんぞ......』
「......“ならん”って何がだよ。なぁクロ、お前さっきからどうしたんだよ。なんかおかしいぞ。」
何かに怯えるように声を震わせながら『ならん』と呪詛のように呟くクロをタツトは不審に思ったようで、声量を少し上げて問いかける。
タツトの言ったことを聞いていたのかいなかったのか、壊れたおもちゃのようにぼそぼそ呟き続けているクロに対し、徐々にタツトの心中に、困惑に代わって軽い苛立ち、もしくは焦燥とも呼ぶ感情が舞い込んでくる。
「おい、本当にどうしたんだ。冗談のつもりなら面白くないぞ」
直後、クロが絞り出すように言った。
『............タツトよ、よく聞け。今後一切、お主が出会ったその“カオ”の化け物に関わるな。あれは触れてはならん禁忌そのものなのじゃ。』
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