12 . 昵懇邂逅のカポロジー
こんばんは。第十二話です。
よろしくお願いします。
執念の能力の如何を書くのがとても難しいです。
「それではこれから、真の勇者様の任命式の説明を行います。先ずはじめに、任命式とは、国王様が直々に勇者様一人一人に“聖なる腕輪”を授け、それを勇者様方が左腕に装着することによって完結します。その目的は、王と勇者が親密な関係を築いていくためのいわば儀式のようなものでございます。また、異世界から来た強大な力を持つ勇者様方を畏れ多くも不審に思う輩もごく少数ですが存在しておりますので、そういった人間に「勇者は危険な存在はではない」とアピールする目的も兼ねております」
「はい!質問です!」
「なんでごさいましょうか、美琴様」
「えっと、その「強大な力」っていうのはどういうことですか?私たち向こうでは普通に高校生してたから、魔王なんて倒せるような力は誰も持ってないと思うんですけど.....」
「私、その“こうこうせい”というのを存じ上げておりませんが、ご安心ください。あなたたちはこの世界よりも高次元の世界から召喚された存在。ですので、この世界の人間よりも圧倒的な潜在能力を内に秘めております。例えば、そもそもの基本性能や就くことができる職業。一レベル上がるごとのステータスの上がり幅やその成長速度なんかも、我々とは比較にならない能力を持ってお生まれなのです。つまり、魔王を倒し、この王国を滅亡から救うことができるのはもはやあなたたちしかいないのです。ステータスの詳細については任命式が終わり次第、各自にステータスの参照やスキルの取得が行える“スキルカード”をお配り致しますのでその時にご確認ください」
「な、なるほどぉ.....」
「美琴、絶対今の話半分も分かってないでしょ。」
従者の返答を全部把握したような口ぶりで美琴が納得するが、その知ったかぶりに唯が耳聡く気づいて即座にツッコミをいれる。美琴は「な、何を言うかね!」と頬を赤くさせてピーピーと抗議していたが、唯は「はいはい」と軽く宥めるだけだ。
そう。現在龍二達は、舞台裏にて女の従者から任命式なるものの説明を受けているところなのだ。全員で綺麗な四列横隊を作ってお行儀よく体育座りをしながら。その列のなかに何故かハワードに扮した真之介の姿もあったので、心なしか女の従者の表情がヒクついていたが、その女の説明に千里が待ったを掛けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。なんで私たちがその魔王ってのを倒す前提で話が進んでいるわけ?私たちは無理やり召喚された身でしょう?ならその任務を拒否する権利とか、家に帰して貰う権利だって持ち合わせているはずだわ。私は反対よ、魔王なんて物騒なものに戦いを挑むなんて。命があるか分かったもんじゃないわよ」
「僕も、本郷に賛成だな。さっきは変態.....いや、ハワードさんの覇気に気圧されてしまったけど、やはりいきなり知らない世界に召喚されて戦いを無理強いさせられるなんて、明らかに間違ってる。みんなだってそう思ってるだろ?」
千里が至極当然な権利の行使を提言し、龍二がそれに続いて賛同する。さらに他のクラスメイト一同にも賛成の声を求めるが、そこに龍二が期待した反応はなかった。
「.....は?本郷も神山も、一体何を言っているんだよ。俺らは魔王を倒すために召喚されたんだから、身命を賭してでも魔王に挑む義務があるだろ?」
「うん、そうだよ。あたしたち、みんなそのために召喚されたのに、王国の意向に従わないなんて訳が分からないよ。」
「いや、普通に考えたらそうだろ。本郷も神山も、意味分かんねーこと言ってんじゃねえよ」
「ぼ、僕もそう思うなぁ。」
王国に対し従順でいることが当たり前であるかのように、魔王を討伐しにいくことが当然の義務で、それこそが自分たちのとるべき行動だと言い張るかのよう
な意見ばかりが龍二たちの元へ寄せられる。見てみると、藤本や平田などの狂ったように酒をがぶ飲みしていたグループと、異世界料理をひたすら満喫していた生徒たちが龍二に向かって反論していた。
「え、いやいや、なんでそうなるんだよ。みんなこの状況をおかしいと思わないのか?もとの地球にだって帰りたいだろ。だいたい、魔王と闘うってことは、もしかしたら死ぬかも知れないんじゃないのか?こんな見ず知らずの人たちのためにそこまでする必要があると、まさか本気で思ってるのか?」
「だから、みんなそうだって言ってるだろ。偉大なるハワード様と、この国アルンセリアを守るためには魔王と闘うしかないんだって。なんだってそんな意地を張るんだよ。どうかしてるぞ?お前」
「なんだと?どうかしてるのはお前らの方じゃないかっ!大方、あの料理や酒類が原因んぶっ!?」
(龍二くん、それは分かってても言わない約束よ。私たちは何も気付いてない体でここにいるんだから、勘づいてることがバレてしまえば一巻の終わりよ。ここは適当に話を合わせるのが無難よ)
(.....そうだった、すまない)
「......みんなの言い分は分かった。僕が悪かったよ。魔王討伐なんて大それたことを始めようもする心構えが出来ていなかったんだ。許してくれ」
「なに、分かれば良いんだよ。さてと、任命式が終わったらこの国を見て回ったり、魔王戦に向けて鍛錬を重ねたり、これから忙しくなりそうだ。」
キツい言い回しで反論された龍二が激昂し、ついボロを出しそうになるが、そこは唯のお得意のフォロースキルでどうにか難を逃れる。唯に助言された龍二がクラスメイトに謝ると、「龍二もそう思って当然」とでも言いたげな表情であっさりと許し、今後の課題に思いを馳せていた。
「勇者様、神聖な任命式の前に乱暴な行為はどうかお慎みください。さて、皆様、そろそろ王がご到着なさるようなので、舞台袖に上がってお待ちください」
そう締めくくり、一同の元へ離れて行こうとする女の従者に、ここまで空気状態だったハワードもとい真之介が質問する。
「わ、儂はこの任命式の間、どうすればいいんじゃ?」
「これはハワード様、らしくもないご冗談を。通例どおり任命式の司会進行役をお願い致します。」
「具体的には、な、何をしたらええんじゃ?」
「特段変わったことをする必要はないですよ。いつも通り、まず王が舞台にご上段なさいますのでーーー」
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「こいつは.....どう使えばいいんだ.....?」
極彩色の【花畑】で、タツトは戸惑っていた。
何せ、いきなり“概念への干渉”なんて能力を手に入れてしまったので、どのようにすれば行使できるのか、またその効能がなんであるかが全く分からなかった。二本腕で生活している人間が、急に四本腕になったとしてすぐに操ることができるようになるかと聞かれると無理であるのと同じことだ。
能力を手に入れる際、ぞわぞわっと、脳に何か得体の知れないものが刷り込まれるような感覚がしたのだが、不思議と痛みは覚えなかった。引き上げられた脳のスペックのおかげだろうか。
だが、確かに何かの能力を得た実感はあるので、ただどのようにして発動するのかだけが分からない、といった状況だ。
そこで、とりあえずそれっぽく手をかざして力を込めてみる。
「ふんっ!」
.....しかし何もおこらなかった。
自分でも一発で各所の筋肉が異常発達を遂げたことが分かるくらい尋常じゃない力を片腕に入れる事が出来たが、肝心の能力発動には至らない。
ーー困った。あの果実から規格外の力を感じて、つい勢いで食べてしまったので発動のトリガーが分からなければどうすることもできない。そんなものは、何も恩恵がないのと同義である。
もしかしたら、体内に入れることで能力が得られるタイプの実では無かったのかもしれない。でもあの果実、「食え」とか言ってたし。喋れるなら「能力はどうやって使うんですか」とでも聞いておけば良かったな。
『ーーー呼んだか?』
「うおぉう!?」
唐突に地獄の閻魔のようなドスの効いた、声と形容していいのか分からない声が聞こえたので体をびくっと震わせながら驚いてしまう。声の主を視界に入れようとタツトは背後をキョロキョロするが、
『ふむ、そんなに驚くことはないであろう。お主は我を取り込んだのだから、我の声が聞こえるようになるくらい、さも当然じゃろうて』
再度話しかけてきた地鳴りのような声に聞き覚えを感じ、さしものタツトもその声の主に思い当たる。
「あ、もしかして.....俺が食った果実さん?」
『いかにも。我は【執念】の果実。数多ある“概念の実”の一つじゃ。お主は誠にラッキーじゃぞ、人間にしてかような力を持ったのは恐らく、人類史上初めてのことではないじゃろうか』
「いや、んなアホな」
なんと声の正体は、タツトが先刻その腹に収めた果実そのものであった。
怒濤すぎる展開についていけない頭を必死に動かして考える。
(いきなりどういうことなんだ。食った果実が脳内で喋るとかありなのか?異世界的に。人類史上初めてとか言ってたけど、使い方が分からないんじゃ世話ないな)
タツトの頭の中で思考と思考が錯綜するが、目の前で起こっている現象は、もはや理屈などで説明がつくようなものではないので、結局無理解だけが押し寄せる結果となる。
『なんじゃお主、我の使い方を知らないのか?そんな状態でよく我を喰らうことを選んだな。』
「っ!?俺の考えてることまで分かるのか.....あん時は無我夢中だったんだよ。宝箱の中から何か凄まじい力を感じたから近寄って掴んでみたら、“食え”なんて言われたもんだから、そのままパクっと。」
『お、おぉ......そうじゃったか。なかなか変わった人間もいたもんじゃ。ところでお主、我の力の使い方は知らなくとも、我が力のなんたるかは知っておるのか?』
「いや......知らないな。なんか見た瞬間、ドス黒い怨念みたいな感情が流れてきたから、もしかしたら呪いとか、そっち系のスキルなのかとは思ってるが」
『なるほどの。どれ、ちょっとばかし感情に干渉するタイプの力の使い方を解説してやるから、黙って聞いとれ。生憎、我の力はお主の想像しているスキルのそれとは一線を画すものであるがの。ーーまず、お主の心の中に渦巻く感情をイメージするのじゃ。何よりもこのイメージが重要になってくる。ちょうど、お主の胸の奥辺りに様々な感情がごちゃ混ぜになった、もやもやした気体を想像してくれればよい。様々な色の糸を雑に丸めたような感じが近いかの。それができたら、そこから「黒い糸」だけを引っ張りだすのじゃ。我の【執念】は黒色での。』
「んん.....こうか?」
『おお、そうじゃそうじゃ。初めてにしては飲み込みが早いの。ーーーでは、その糸をお主の外側、つまり世界に引っ張りだしておくれ。』
「分かった。できるかは分からないがやってみる」
タツトは目を瞑ったまま悪戦苦闘し、しばしの間ああでもないこうでもないと唸っていたが、その葛藤の終わりは突然迎えられることになる。
「くっ、なかなか難しいな.....」
『どれ、もう少し力を抜いて、毛穴でもなんでもええから、何かお主の身体に小さな穴が空いているのを想像せい。そして、その穴からするっと抜き取るイメージじゃ』
その助言を受けた直後、どうやらうまくいったようでタツトに変化が現れる。
「お?おぉぉぉ......おい、【執念】の果実、いけたぞ。なんか糸が抜けたっぽい」
『ふふ、そうかそうか。ならイメージ出来たその糸を、もう一度呑み込むのじゃ。』
「ん、口でか?傍から見ると馬鹿にしか見えないぞ」
『ふふ、ええから言われた通りやってみせんかい』
何が可笑しいのか怪しげな笑い方をする【執念】の実に不信感を抱きながらも、言われるがままにタツトは糸を呑み込む。
その途端、タツトの心の中に、ある一つの漆黒の感情が濁流のように流れ込み、暴虐の限りを尽くさんとばかりに荒れ狂った。
もちろんそれは【執念】である。宝箱で果実を見たときに溢れ出したそれとは比べものにならないほどの執念の奔流がタツトに襲いかかる。
「がああぁぁっ!??」
執念が心を埋め尽くし切り、他の感情が入り込む余地が一切残されていない。猛り狂う執念以外、何も考えることを許されないのだ。
それ以外の無駄な感情を一切持たない、研ぎ澄まされた金属のような純度の【執念】。
果実の指示通りに感情の調整を行った結果、タツトはこれを手にしたのだ。恐らく、どれだけ苦痛が待っていようと、タツトは諦めることをしないだろう。いやむしろ、暴れ狂う執念の力によって諦めることが出来ない。目的を達成しない限り、どこまでも挫折を続けることが可能なのだ。
このことは同時に諸刃の剣であることを認識しなければならない。諦めることができない、心が折れることが許されない、というのは言い換えれば目的が達成されるまで、どこまでも自分を痛めつけてしまうことになる。許容量を超えても無限に苦痛を味わう事を余儀なくされることを指し示す。
この超常の化け物がうじゃうじゃ棲んでいる環境でこの力を手にしてしまったのはタツトにとって。ある意味究極的な不幸ととることができるのだ。
(っやばい、意識が持っていかれる!)
感情に干渉したことによる凄絶な体験で、超強化を施されたタツトの脳でさえオーバーヒートを起こしたようで、だんだんと意識が遠のいていく。そのことを感じ取った【執念】の果実がタツトにアドバイスを送る。
『ほれ、呑み込んだ糸を胸の奥の毛玉の中に戻すのじゃ。さすればその感情の奔流は跡形もなく無くなろうぞ』
「ぐううぅぅぅ!おらぁっ!!
ほとんど何も聞こえていない状態で、僅かにその意図を汲み取る事が出来たタツトは咄嗟に執念の糸を元の、あらゆる感情が綯い交ぜになった塊の一部へと戻す。
すると途端に、今まで心に溢れ返っていた執念が栓の抜けた樽のように無くなっていき、後には何も起こっていなかったかのような静穏な気心地だけが残っていた。
「あれほど煮え滾っていた執念が、こうもあっさりと消えてなくなるのか」
『そりゃあそうじゃ。何せ概念に干渉しているんじゃから、オンの切り替えが出来るならそらオフにすることも自在じゃわな。どうじゃ?我の力は。もっと狂喜乱舞してもよいのじゃぞ?』
【執念】の果実が自慢げな様子で言うが、当のタツトはあまり執念ゆオフに出来ることに関心が向いていない。
「この力って、何か制限というか、制約やペナルティのようなものはあるのか?」
『そんなものあるわけないじゃろうが。先ほどから何度もいっておろうに、概念に干渉するということはノーリスクで規格外の規模で何かしらを操ることができる、ともとれるからの。もっとも、それが全てとは言わんが』
「と言っても、イマイチ使い道に困るんだよな.....敵に攻撃できるタイプのスキルでもないし、自己強化や超回復でもないだろ?正直ハズレスキル感が否めない」
『なっ......!我のスキルをハズレと宣うか。そうか......その言い草、結構傷つくの。』
意外に打たれ弱い【執念】の果実が不服を垂れる。
「いや、だってだな。執念を自在に操れるのはすごいことにはすごいんだが、些か殺傷能力が低すぎないか?いくら諦めることを知らない鋼の心を手に入れたと言っても、ずっとボコられっぱなしじゃ何も意味が無いだろ?」
『ふふ、そういう見方もあるかの。じゃが、お主は見たところ、とんでもないスキルを既に持っているようじゃな。それも、我の力と組み合わせるととんでもないことになりそうな強大な能力じゃ。どこで手に入れただとか、そんな野暮な事は聞かんが少なくとも、我の力とお主のスキル。つまり“折れない心”と“無限のコンティニュー”があれば、どんな苦難でも乗り越えられようぞ。』
それを聞くとタツトはニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。
「そいつは、いい。このクソみたいな環境から抜け出すのにあつらえたような力じゃないか」
『それは、良かったの。これからどんな展開が待ち受けておるのか、我は楽しみじゃよ。』
姿は見えない【執念】の果実だが、もし見えていたなら確実に、側の少年と同じような笑みを浮かべていただろう。
読んでいただきありがとうございます!
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