回帰 朝靄の間に
浅い眠りはいつも、息切れと共に覚める。
電気のような衝撃のあと、私は支度を始めた。
まだ抜けきらない夜の気配には蛇口をひねる音さえも澄み渡る。
答えはベッドの上で、安らかな寝息を立てている。
椅子の背にかけたワンピースを着て、櫛で髪を整え、カフェインの錠剤を飲み込む。
整わない息のまま、リュックを乱暴に背負う。
壁に向かって眠るその人は、私の答えだ。
答えには、忠実でなければならない。
正しさは認められるべきだ。
そっと耳元に顔を近づけ、名前を呼んだ。
身動きひとつ取らないことにわずかな安堵を覚えながら、ただひとこと囁いた。
「さようなら」
私は玄関まで振り返らなかった。
鍵を開けて、ドアを体で押しながら、朝の冷気に滑り込むようにして外に出た。
ドアの隙間から、その人が起き上がるのが見えた。
鍵を閉めて、郵便受けの中に入れた。
これでいいの とだけ呟くのが精一杯だった。
始発を目指して駅まで歩いた。
これから、約数十ヶ月。私はあの人を待ち、またあの人は私を待つ。
互いの自立は、現実を確かなものにして夢の土台とするためには必要不可欠だ。
約束は、決して欲張ってはいけない。欲はすべてを失わせる目隠しだ。見るべきは、自分の足元。
自らの足で立ってこそ、夢を現実にするためのスタートラインに立ったと言える。
そのためなら、愛に見せかけた依存は潔く捨てなければならない。
夢への執着を捨ててはならない。
死ぬまで互いをかいかぶって生きて行くのも悪くない。
相手に追いつくために自分を磨き続けることがどれだけ視界を鮮やかにするかを、常に思い続けるだけでいい。
冷たい夜明け前の空気が頬を撫で、平静は装うまでもなく心を均す。
起き上がったあの人はただの幻影だったのだ、と唇を噛み締める。
特急列車が駅のホームに入り、私は何もかもを捨てるように乗り込んだ。
期待は盲目。
依存は酩酊。
今は誰のことも憎くないと決め込んで目を閉じた。