第百三十九話He understood the present condition and, so, has realized a certain necessity by himself.
ぎょろり、とこちらを探している化け物の眼は案の定、竜太と祀の姿を見つけることもなく目の前を暴れながら通っていく。
化け物は先程までいた“獲物”を見失いそれを探し当てているかのように手が届く範囲の物を次々に壊していく。
つい先ほど、ぱっくりと食べられた黒鍵は徐々に消化されているのか、琥珀色の体は徐々に黒ずんでいき、滑らかだった体の表面には黒鍵の姿を彷彿とさせる突起がいくつも皮膚を突き破り化け物の姿を次々と変えていく。
いくつもあった頭にはそれぞれ形状の異なる兜を纏い、またそれぞれの腕にも異なる鎧が次々と皮膚から飛び出てくる。そのどれもが黒鍵の刃と同じ黒色なのだが、皮膚を裂いて現れるその鎧は化け物の体液なのか粘性のある緑色の液体が所々にこびりついている。
「どんどん固くなっていくように見えますね……」
目を背けたくなるような衝撃映像を目の当たりにして、祀はじっと化け物を見ている。竜太からしてみればたとえ化け物であったとしても苦悶の表情で叫びながら皮膚から出てくる外装などという姿は凝視なんてもってのほか、とっさに覆った両手の隙間からだって見るのをためらうのに。
竜太がそう思った瞬間、化け物をずっと見ている祀がおっ、と驚きの声を上げる。何事だろうかとゆっくりと開いた手から見た化け物はバラバラに突き出した腕から様々な武具が露出する瞬間だった。
そのどれもが形状の異なる様々な黒い武具で次々と身を固めていた。
「で、竜太と祀は危ない目に合っているわけなのね……」
右手で頬を支え、その腕を左手で支える理緒はやんちゃな子供への始末をどうするかを考えるかのように深く唸った後、それを伝えに来た佚榎と鐵の頭をぽふぽふすると重傷の紋太を砺磑と凱史に丸投げするとにっこり笑って手を軽く振る。
「ちょっと行って来るね―」
「あいさー」「ってらー」と軽く返事をする砺磑と凱史だが、その視線は真剣に紋太の治療に向かっていた。そして、それは最近覚えたての治療方法だが、理緒という名の暴力によって培われた能力は佚榎と鐡の眼にもわかるほどに徐々に紋太の傷を治していく。
その光景を一目見た理緒は一人愛弟子たちの成長を確かめると佚榎が指差す方向へとのんびり歩いていく。
「あぁ、きっと夕暮れまでには帰ってくるから気楽に待ってて頂戴~」
「おう、任せとけ!!!理緒さんっ!!!」
拳を振り上げにっこり笑う佚榎の顔を見ることなく、歩幅も変わらずゆっくりと理緒は遠くに消えていった。
「ねぇ、ひょっとして佚榎ってさ、理緒の事……」
ごすっという音と共に鐵は口を閉ざす。
いや、意識も飛ばす。
佚榎の裏拳がちょうどいい具合に鐡に必中したからだ。
「ねぇ砺磑…。私ちょっと席を外してもいいかしら……」
凱史が紋太から目を離さずに砺磑にふと尋ねる。けれど返事は帰ってくることはなく、それを肯定と取った凱史はふっと紋太から離れると状況を考えることなくワイワイとにぎやかにはしゃぐ子供近づいていく。
こっそり歩み寄る凱史の足音は、その靴に見合わずさながら忍者のように背後にぴったりとつくと人知れず笑顔を浮かべその両手を大きく振り上げる。
次の瞬間には、鈍い音と共に少年二人は地面でのたうちまわることとなる。
荒い息と共に吠え続ける化け物はもはやその面影を見ることなどできないほどに豹変し、そして、中の思考が次々に切り替わって行く。
壊したい、から消し去りたい、へ。
消し去りたい、からなくしたいへと。
次々に切り替わる思考に頭が追い付いて行かない。体の激痛に加え、頭も痛い。
だから、結果として化け物は吠え続けるしかなかった。消し去りたいと思うものを探しながらも吠え続けるしかなかった。
「もうヤだよーっ!!!俺あんなの見てたら夢出てきちゃうって~!」
腕を抱え込み必死にこすり続ける竜太は必死に目を背けるものの、その度に祀があっ、とか、おぉ、なんて言うと、そのたびに見てしまう。
お願いだから、祀君。いちいち興味を引くような言葉を言うのはやめてください……。
あぁ、もう、耐えらんない!!!
「龍撃手っ!!!」
咄嗟に叫んだその声は注意しようとした祀だけではなくきちんと化け物にまで聞こえてしまい、離れていた化け物が嬉しそうな叫び声でどんどんと這いよってくる。
「あぁ!!!状況見てたのに何でこんなに短気なのかなっ!?」
祀が仕方ないという顔で飛び出していこうと炎雷刀王者龍閃を持ち出そうとする。
けれど理不尽にも二人用として扱われるべきものとなった今では、祀一人の力ではそれは全く動こうともしなかった。
ご、ごめんなさい。でもでも、短気なんじゃなくて、怖いものが駄目なだけなんです。
耐えられなかったんです。
「で、今度はあの外装堅そうなのぶった切れって無茶な要望ですね?」
こじんまりとした二頭身体型で身長と同じぐらいの長い刀を肩に乗せ呆れたように訪ねてくる竜撃手に竜太は間髪入れずに頷き、返事をする。
自らも腹を決めて化け物と向き合おうとした瞬間に竜太は二つの事気が付く。
一つは自らが一人で戦える装備が何もない事。そしてもう一つは………
「何で喋ってんのっ!?」
突撃しようとしていた竜撃手の一人がくるりとこちらに体を向け、吊り上った口で頭を抱えながら説明を簡潔に始める。
「長いことこきつかわれているから、言葉を頭が理解したんだろうな。お前が腕に付けてたやつが睡眠学習でもやってたんじゃね」
そんな力があったのか。知らなかった。
いろんなことで頭がぐるぐるする中でようやく竜太は祀とともに剣を手に取る。
目前まで迫ってきた化け物の手に握られた様々な武具たちはでたらめに構えられ、その刃を向けていた。
そして化け物は全ての思考が一致したかのように同じように吠えると一斉にいくつもの武具を振り下ろす。
そこで竜太はふと考えてみる。
あんなに沢山の武器を避けるとかできるわけがないだろうなぁ。
あんな物騒な物、どっかいっちゃえばいいのに。
瞬間、耳鳴りにも似たような音が竜太の頭に響く。
咄嗟に頭を押さえ、炎雷刀王者龍閃から手を離してしまう。すると一人で支え切れなくなった祀の手から炎雷刀王者龍閃が滑り落ちる。
龍撃手はそれを見て何とかしようと前に出る。けれど体の小さい彼らでは次々と数々の武具に払われていく。
間に合わないと祀が目をつぶった瞬間に、それは起こった。
いつまでたっても襲い掛かってこない衝撃にゆっくりと目を開いてみると、化け物の手には一切の武具がなく、また、それを化け物自身も驚いたように叫びだす。
隣の竜太はいつの間にか頭から手を離し、一人で立ち尽くしていた。
両手を凝視しながら、浅い呼吸を繰り返し、竜太はつぶやく。
「これが、創造……!?」
彼は現状を理解し、それゆえ自分である必要を悟った。
長い。
間が空きすぎている。
自分ではもっとホイホイとこなしていきたいのに……。
とりあえず、もう今月には続きはないんじゃないかと。
申し訳ありませんが、なにとぞよろしくお願いいたします。