第百二十五話 Time when the human being is half-dead seems to improve a thought
人間は死にかけているときが思考がよくなるらしい
箱は、ずしりと質量をもっていた。
中に入っている物には質量などあるわけもないし、箱自体がそんなに重いわけもない。なぜならその箱は何の変哲もないただの空箱なのだから。
けれどもそれは普通ではなかった。中には何も入っていないのに、声が鳴り響く。箱の中で反響する声は何重にも重なり、聞く者を破壊する。
箱の中に入っているのは、声。
ある人がなくし、ある人が捜し求め、そして、ある物が殺し閉じ込めた、声。
黒鍵の姿は刃渡り二メートルを超える鍵のような剣と化していた。
見た目では何も切ることのできなさそうな鈍。鈍い鼠色をした、人を殺めることに重きを置いた、黒鍵の姿。
すでに目が覚めた亮祐は、すでに諦めたような顔で、その姿を凝視する。
決して見ていたいと思えるようなものではない。けれども、黒鍵が放つ禍々しさからは、意思とは関係なく、目を奪われてしまう。
殺傷能力の高そうには見えないその鍵剣は、仮宿の少年の体を媒体とし、一つの生命体として存在していた。
うつろな目でこちらを見ている少年はおそらく、いや、例え黒鍵から解放されたとしても、動くことはないだろう。
一体自分が意識を失っている間に何人の人間が黒鍵に殺されたのだろうか、それを考えることすらもけだるい感じがする。亮祐はただ、その人の体をなし、こちらを見て微笑む黒鍵からは、少しも目が逸らせなくなっていた。
「 」
突然何の前触れもなく話し出した黒鍵に、亮祐は一瞬黒鍵と目を合わせる。
黒鍵から知らされた事実は、亮祐に動揺と焦りを与えた。
次から次へと湧いて出てくる土の塊はもろいが、手が沈み込む感じが不快で、即座に乾燥し、泥の中から手を抜くのにも体力を使う。
どんなに弱い敵であっても気を抜くな、と言うのはこういう時に実感できる、と理緒は考える。
亮祐の姿を追って女三人だけできたものの、根城として、最後の砦として築かれている場所にいくら最強とはいえ、三人で来るのは無謀だった、と土塊の悪魔を殴り倒す。
そのような地味な嫌がらせに加えてその土の塊は何よりも悪意を持った存在だった。
なめまわすかのようにまとわりつくその質感は何者にも例え難く体にまで張り付いてくる。
土塊の悪魔、と呼ばれていたそれらは理緒と砺磑、そして凱史を拘束し、黒鍵の前まで連れて行くのにそれほど時間はかからなかった。
砂風呂ならぬ泥風呂のようにくるまれた状態で、亮祐の前に放り出された理緒たちは、縛られている亮祐を見て、思わず語りかける。
けれど、その亮祐からは返事がなく、ただただ天井を見つめているだけだった。
何度も必死に声をかける理緒に、黒い影が、亮祐の下から現れる。
「今は何を語っても、彼には届きません。私が彼の精神を崩壊させてしまったかもしれませんので…」
ロングコートに身をくるみ、黒の生地に赤のラインの入った手袋をはめた黒鍵がゆっくりと理緒の首に己の手をかける。
「もう少し待ってくださいね。彼らの到着と、彼の目覚め。それが“神の国”の再建国の合図なのですよ」
ふふふ、とニヒルに笑う黒鍵の顔は、ふさふさが付いたフードによって表情が読めない。
「あんた、誰なのよ…」
歯をむき出しにして叫ぶ凱史に黒鍵がフードから伸びた腕によって口をふさがれる。
「今は、貴方と話していません、次はあなたとお話ししますから、少し黙っていなさい。理緒さん、彼、目覚めると良いですね」
左右の手をひらひらと振りながら凱史のほうへと体を向けた黒鍵はフードから出た手で凱史の首を絞める。
「知っていますか?人間というのは首を絞めて、死にかける時こそ、考えが冴えていい結論が出るらしいんですよ……。どうです、今発言すべきだはないと思いませんか??」
表情を見せずに、首にかけた手に力を込める黒鍵は凱史の意識が飛ぶ寸前で手をはなす。
「はぁ…っはぁ……!!!」
必死に酸素を取り込もうとする凱史の首に黒鍵は再び手をかける。
「ふぅぐ…んっ…」
理緒と砺磑は懸命に叫び、黒鍵の手を止めようとするも、黒鍵は聞く耳を持たずにその手に再び力を込めていく。
凱史の目の焦点が合わなくなった頃、再び黒鍵は手を離す。
「ね、逆らって下手なことしない方がいいと思うよ」
うふふ、と笑う黒鍵は砺磑の前で足を止める。
「ね、君たちにはさ、僕が作る世界に生きていく存在はあるのかなっ」
幼い子供のように喜んで話す黒鍵に、砺磑は恐怖を感じることしかできなかった。
君たちは、いい道具になってくれそうだよね、“神の国”の……さ。
じっと待つことも選ばれた者には必要なことだと、本で読んだことがある。
とはいっても、亮祐の本棚から勝手に借りた本だし、全く内容はわからなかったけれど。
竜太は天井の模様が何に見えるかなぁと考えながら、祀のほうを向く。
しばらくじっ、と動かなかった祀は、つい先ほど、竜太の肩に頭を預けてすやすやと寝息を立てていた。
そんな状況を見て、アラルトベーラがつまらなそうに鼻で笑う。
「あんたたち、そんな小さな子供まで巻き込んで、何がしたいの?」
ぎょっと目を開く竜太だが、アラルトベーラはさらに続ける。
「そもそも、シャガンが目指したのは平和な世界だったのよ、誰もが愛し、愛され、笑って一日が終わるような、そんな世界……まぁあんたにはわからないでしょうけど」
ため息をついたアラルトベーラが壁を足でけり始める。
話すこともなくなり暇を持て余しているなぁと、竜太でもわかるような時間の潰し方だった。
そんなに暇なら、と竜太はアラルトベーラに声をかける。
「じゃぁ、何でシャガンは今になって動き始めてるんだよ」
竜太が言った一言で、アラルトベーラの足は止まり、残響が壁ではねる。
「殺されたからよ。私が、あいつに」
話は進みますが、更新が遅れて誠に申し訳ないです。
再来週にはテストが始まるのでそれ以後ならまた更新できるかなぁと思います。
どうかそれまで……ん、それまで俺が待てるのか!!!
俺はそれまで待てない気がするなぁ…。
とりあえず次回はアラルトベーラがしゃべりつくして、祀君がちょっとメインになる話にでもしようかなぁ…。
箱、どうしましょうか…(笑)
まぁ、次回までさようなら、です