第百九話 It is possible to swim or i want to go.
第百九話 泳げないし行きたくないし。
今日も今日とて変わらぬ一日が過ぎようとしていた。
時計が無慈悲に午後五時を告げる鐘を鳴らし、それを竜太が止める。
夏休みだよ!?夏休みなんだっていうのに……。
竜太は一人窓の外で里帰りする家族を見ていた。
楽しそうに笑っている女の子の肩には大きな荷物とぬいぐるみがあって、その隣にいる親はトランクケースやら持って笑っている。
夏休みだというのに、平田竜太は切り裂きジャックとしての責任を押し付けられ遠出からほど遠い場所にいた。
好きでやってるわけじゃねぇー、と叫びたい気持ちを押さえつけ、壁にかかるカレンダーに目を向ける。
明日の枠に書かれた文字が、竜太の気持ちが沈んでいる原因だった。
プール解放!!!とかなんとか書かれているその文字は先日八迫に強引に記された文字だった。
八迫曰く、最近学校編を書いてないからそろそろやらなきゃいけないんじゃぁないかと思う。だからとりあえず行きましょうね。
理緒曰く、海行けなくてへこんでたんだー水、水、水の波ィ―!!!
紋太曰く、どうせ僕は行けないし。いいなぁ、チューガッコ―ってプールあるのかぁ…。
祀曰く、プールってなんですか?で、佚榎曰く、プール!?あの半裸で暴れまくる凶暴な水中大決戦か!!!
鐡曰く、確かプールっているんだよねぇ…わさわさと。何がって?アレダヨ、アレ。
砺磑と凱史に至ってはすでに鞄に夢と水着を詰め込んで目を輝かせる始末だ。
行きたくないという気持ちを振り払い、竜太はのろのろと天体観測の準備を始める。
こうでもしなくちゃ、やってられないというか、発狂しかねない。
散らかった部屋の中で竜太はのそのそと動き出した。
これをいわゆる危機、というのだろうかと、祀は一人立ち尽くしていた。
目の前に広がるのは無数の世界。そこに行き交う人々。
果てしなく続く空には蛍光灯が連なり、世界を照らす。
逃げるように空想に浸る祀の背中は突然肩を叩かれた衝撃で旅路を終える。
空想という旅行は出発と同時に親に連れ戻されたような感じで帰宅を迎えた。
振り向くとそこにいるのは佚榎と鐵の二人だった。
「とっとと選びに行こうぜ~」
「祀早くしないと置いてくよ」
そろいもそろって子ども扱いされている気がする。初回登場はあんなに大人っぽいかっこいい感じだったのに……。
祀と佚榎に鐵は町一番のデパートに来ていた。何てこともない。明日のプールという謎の場所に行くには水着という戦闘服が必要らしい。何を選べばいいのかわからない。
昨日聞いてみたけどついてくればわかると言われただけだ。
水着ってあれか、水にぬれても大丈夫なズボンなのかと祀は納得する。
つまるところプールっていうのは人為的に作られた小さい湖の事かと理解し、少々楽しみになって駆け足で水着売り場へと歩いて行った。
ちなみにお金は持っていないのですけれども。
階段を上っていた。他に人気はない。
手に握られているのは黒い鍵。
彼が通った後ろには人が幾人も倒れている。
そのどれもに目立った外傷はなくおそらく気絶しているのだろう。
「あははっ…ふふふ」
人が倒れている中、一人立っているのは亮祐だった。
亮祐が手に持つ黒鍵は陰る太陽のかすかな光を吸収し風を吐き出す。
学校の屋上へと来た亮祐は手の中で異様な存在感を放つ黒鍵を太陽に重ねる。
鍵は光を吸い校庭につむじ風を起こす。
そしてつむじ風は砂を巻き上げ校庭を荒らす。
亮祐は笑いながらそれを続けていた。
いつの間にか後ろの壁に寄り掛かっていたシャガンは亮祐を見てにやける。
「浸食は始まった。あとは時間だ。さぁ暴れろ、壊せ、無に帰せ」
亮祐は背中を向けたままうなずく。
「壊すさ。おれが守りたいと願ったすべてを、俺の手で」
沈みゆく太陽は亮祐を照らしていた。
「がぼがべろべぶながっぷん!!!」
溺れていた。
ものの見事に溺れていた。
貸切状態だったからいいものの、その様子は知り合いの目から見ても明らかに引くようなものだった。
プールサイドの上から見かねた八迫はおぼれている物体をつかみあげる。
「お前どんだけ泳げねぇんだよ。泳げないっていうか、あれだ、一人でお風呂入れてるのか?」
ようやくまともに息ができる状態へと戻った竜太は宙ぶらりんの状態のままうなずく。
それを聞いた八迫は迷わず手を離す。
ゆらゆらと揺れる水面は、再び竜太限定に荒々しく牙をむいた。
「ねばろがべぼばぼぬがはらぬごー!!!」
再び、溺れた。
「さっきから竜太たち何やってんの⁉」
ビーチボールを抱え祀は不思議そうな顔で竜太と八迫を見る。
水泳が初めてな祀は何の苦労もなくすいすいと泳げてしまったので竜太の苦しみが何もわからない。何で泳がずに暴れているのだろうか…。
ちなみに紋太は浮き輪でぷかぷかと竜太が作る小さな波で漂っている。
ぷかぷかゆらゆら……
理緒と砺磑と凱史の三人はプールでビーチボールを始めている。
さりげなく佚榎が入った四人組で。
鐡はどこから持ち出したか気楽な椅子とパラソルの下で粋なサングラスをかけて寝転がっている。
今日この日。
竜太は八メートル十八センチ泳げるようになった。
そして、祀の初めての中学校体験は終了した。
「ふへー」
海により体力を根こそぎ奪われた竜太は八迫の肩に頭を置きとぼとぼと歩いていた。
すでに太陽は傾き、カラスも家に帰ろうと鳴いている。
帰路の途中眠りについた紋太を背負った祀たちとは先ほど分かれ、竜太たちは本部へと足を運んでいた。
竜太の右腰についている覇凱一閃はいまだ水で濡れている。
プールで遊びまわる最中に突然あらわれた化け物を討伐したことのあかしだった。
最近学校などはそっちのけだったことを思い出せば、いきなり三十体や六十体など現れたのは別にどうということはないだろう。
七十三体目あたりから数えていないことを除いても、だ。
おかげで途中から水泳からかけ離れた水中怪獣大決戦へと変貌した。
結果として竜太は八迫の肩の上であーだのうーだの喚いている。
「そのうちまた全員で海でも行くか…。亮祐も連れて行って」
八迫がぼそりと一人呟く。
理緒が手に持つ棒キャンデーを棒ごと噛み砕き微笑む。
「あいつのおごりでハワイあたりに連れて行ってもらいましょ♪」
彼らの夏はまだ続く。
そういえばついさっき入学式やってましたね…。どうしましょう。
まぁ、それぐらい季節が立った…いや、実は入学式は祀君の回想で…いや、でも…うん、もうこの学校は一年中プール入れるという謎の学校ということで勘弁してください。
そんな強引なつじつま合わせで次回第百十話は………。
未定です。