浮津 愛美の幸せな日常
――お母さん? お父さん?
少女は目の前の状況を飲み込めずにいた。
目の前で垂れ下がっている両親。
ぼうぼうと燃え盛っている我が家。
――お願いだから一人にしないで! もう何もしないから、おいてかないでよ!
少女は両親の足元をつかんで必死に揺さぶる。しかし、それらが少女の嘆きにこたえることはなかった。
そんな時、ズボンのポケットからひらりと落ちた一枚の紙。
『お前のせいだ』
そう赤黒い何かで書かれた手紙を見て、少女は膝から崩れ落ちた。自分の両親がどうしてこんなことをしてしまったかを察してしまった。
目から涙がにじみ出る。おいて行かれた悲しみや、両親に対しての失望、自分の体に対しての憎たらしさなどが混ざり合い、嗚咽とともに小さな言葉が吐き出された。
――それならさ、私も連れて行ってよ……
そんな少女の望みは彼女の体とともに炎に包まれていった――。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――――愛美さん。浮津 愛美さん?」
誰かの声が聞こえて愛美はゆっくりと目を開けた。
いつも通っている大学の講義室。壇上に先生の姿はなく、すでに人もまばらになっていた。どうやら寝ている間に授業が終わっていたらしい。
声が聞こえたほうに目をやると見覚えのある人物が愛美のことを心配そうに見つめていた。
「浮津さん、もう授業終わってるよ。なんかうなされてたみたいだけど大丈夫か?」
彼の顔をうつろな目で見つめながら愛美は声をかけていた人物が誰なのか必死に思い出そうとする。記憶が正しければ、大学に入ってすぐ決められた同じゼミにこんな人がいたような気がする。しかし、名前はどうしても思い出せなかった。しかし、ここで無言を決め込むと彼をさらに心配させるかもしれない。とりあえず、と思い愛美は彼に返事を返した。
「うん。心配かけてごめんね」
「それならよかったよ」
彼は安堵したようにほっと胸をなでおろす。
「そういえば浮津さんに聞きたかったことがあるんだけどさ」
愛美が大丈夫であると確認できた彼は、おそらく本題だったであろう話を持ち掛けてきた。
「今度ゼミのみんなで集まって軽い催しでもしようと思っててさ、ほかのみんなには連絡とれたんだけど浮津さんだけ連絡先知らなくてね。それで浮津さんはどうする」
「行かない」
愛美の返事は端的で、冷淡だった。眠そうにうつろだった瞳をぱっちりと開け、目の前にいる彼をじっと見つめる。そこには何とも言えないすごみがあった。
その言葉に思わず引いたのか、彼はおどおどした様子で愛美の様子をうかがってきた。
「そ、そうなんだ……。理由とか教えてもらってもいいかな」
「家族のことで最近忙しいから」
その言葉に嘘はなかった。ただ、彼の考えているそれと愛美の考えるそれに齟齬があったのには違いはないが。
彼は愛美の言葉に納得したらしくうんうんとわざとらしくうなづいた。
「なら仕方ないね。じゃあ機会があればまた誘うからその時は参加してくれよ」
「わかった。あと起こしてくれてありがとうね」
「どういたしまして」
彼はそう言って足早に去っていった。
流されるのが嫌で少々きつめに言い過ぎただろうか。そんなことを考えながら愛美は首をひねらせる。
そもそも最近までこんな罪悪感を抱くようなことはなかった。あったのは自己中心的な拒絶だけ。
嫌われたくない。だから誰とも関わりたくなかったし、関わろうともしなかった。
こうも自分の気持ちが変わったのはやはりあの子のおかげなのだろうか。
「――――あっ」
思い出すように愛美は自分の腕時計を確認する。すでに授業が終わって30分以上もたっていた。
「まずい、早く帰らないと!」
あの子に今日は早く戻ってくると伝えていたことを失念していた。
愛美は机に出したままだった教科書や筆記用具をカバンに詰め込むと、すぐに教室から飛び出した。
校内を抜けると閑静な住宅街が広がっている。愛美はその道を駆け足で抜けながらこの大学を選んでいたことに感謝する。もし遠い大学を選んでいれば帰り着くのはもっと遅くなっていただろう。
公園を過ぎればすぐ近くに今住んでいるマンションがあった。遠い親戚が愛美を追い出すように貸し出してくれたマンション。そこが愛美と彼女の住まいだった。
愛美はポケットからカギを取り出して、左にひねる。かちゃり、と音が鳴ったのを確認して扉を開けると彼女もその音を聞きつけたのか廊下の奥からとたとたと駆けつけてきた。
「おかえり、愛美おねいちゃん!」
「ただいま、凛」
愛美は優しい声で返事を返しながら凛の頭を撫でた。凛はもどかしそうに首をひねりながらもその顔は笑みにあふれている。
自分よりも小柄で華奢な少女。彼女が今の愛美にとってのたった一人の家族だった。
「ごめんね。今日は急いで帰るって言ってたのに」
「ううん。お姉ちゃんも忙しいもん。私、ちゃんとお留守番してるよ?」
無邪気なやさしさに心が痛む。愛美は若干苦い顔をして、凛にはその様子を見せまいと顔をそらした。
どうごまかすかと考えていると、クゥという小さな音が聞こえてきた。愛美がその音のほうに視線を戻すと凛が気恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「あ……、えーと、これは……」
しどろもどろ言い分けをしようとしていた凛は愛美の目にとってもかわいらしく映った。
「それじゃあすぐにご飯にしようかね。凛、手伝ってくれる?」
「うん!」
凛の返事を受けた愛美は玄関に上がり、彼女と並んで部屋の中に入っていった。
「おいしかったー!」
「どういたしまして」
食事も終わり、愛美はその後片付けをしていた。凛は適当につけていたバラエティ番組を熱心に見つめている。何がそんなに面白いのか愛美にはよくわからなかったけれど、あまり口を出すほどのことでもないので自分の仕事に集中した。
それにしても凛が来てから食生活がだいぶ改善してきたと愛美は思った。彼女が来るまでは自分の体質のこともあり適当に食事を済ませたり、何日も食べない日が続いたりしていた。それほど生に対して無気力になっていた。でも凛が来てからは毎日三食食べるようになったし、栄養バランスも考えるようになった。こうして一緒に誰かと暮らすということがどれだけ影響を与えるのか、愛美は久しく忘れていた家庭のありがたみを実感した。そもそもあの家族にありがたみというものがあったのかはわからないが。
『――それでは本日のニュースです』
気づけば凛が見た番組も終わっっていたようで合間の時間に差し込まれるニュース番組が流れる。
気に留める必要もない芸能人の逮捕報道や、国際情勢についてなどをアナウンサーは淡々と報道していた。凛も興味がないようで、早く次の番組が始まらないかと退屈そうに待っている。
そして、やっと短いニュースが終わろうとしたその時、ある話題が持ち出された。
『――先日、◯◯市の公園で男性の遺体が発見されました。犯人はいまだ見つかっておらず、警察はこれを同市で発生している連続殺傷事件と関連付け捜査を進めています――』
そのニュースを耳にして、愛美は凛のほうに目を向ける。彼女はこれを聞いてどう思っているのか不安だった。しかしそんなことは杞憂だったらしく、彼女は相も変わらずニュース番組に興味を持っていないようだった。
愛美はほっと胸をなでおろし片づけを再開する。時間は八時を迎えようとしている。
それは二人の日課が始まることを示していた。
「お姉ちゃん、先にお部屋に行ってるねー」
凛は感情の高くぶりを隠すこともなく、頬を染めながら告げる。愛美は手を動かしながら片づけが終わったらね、と彼女に伝えた。それを聞いた凛は嬉しそうに頷づいてとたとたと自分の部屋へと向かっていった。
愛美は片づけを終えるといったん自分の部屋に戻った。タンスの中から昔買ってだいぶ着つぶしてしまった服に着替え始める。
これから凛と行ういつもの日課。初めてやった時買ったばかりだった服をだめにされたことがあった。それ以来日課の前にはこうしてもう使わない服に着替えるようにしていた。
軽く身だしなみを整えてから愛美は隣の凛の部屋に入る。彼女はベッドの上で愛美が来るのを今か今かと楽しそうに、そして少し不安な面持ちを見せながら待っていた。愛美が入ってきたことに気付くとその不安そうな顔は払拭され、逆に今までは見せなかった妖艶な笑みを浮かべていた。
「あ、お姉ちゃん。今日もね、私のこと、いっぱいいっぱい愛してくれる?
私の愛を、受け止めてくれる?」
普通の姉妹の間からは決して出ることのない言葉。しかし愛美はそれを当然であるかのように頷いた。
「うん。じゃあ始めよっかね」
そういいながら愛美は凛の横に腰かける。それを確認した凛はしびれを切らしたかのように愛美に覆いかぶさり、仰向けになった彼女の唇を自分の唇でふさいだ。愛美の口の中に凛の舌が入り込んできて二人の舌が絡み合う。相手の味を確かめるように二人の口は離れることがなく、小さな部屋の中は彼女たちのなまめかしい音だけが充満していた。
「――――っ!」
口の中に鋭い痛みを感じ愛美は思わず目を見開いた。凛は愛美のその表情を確認すると満足そうに顔を上げる。二人の口の端からは一本の赤い液が滴り落ちていた。凛はそれをぬぐうと自分の口の中に入れ直し味わうように舐め始める。愛美はそのうちに自分の口の中のケガをした場所を探ったが、傷口はすでに見当たらなかった。
凛は愛美の味を十分に堪能してから、愛美の体に馬乗りになった。凛の体は見た目以上に軽い。ちゃんと振り払えばすぐにでも彼女をどかすコツはできるだろう。しかし愛美はそれをしなかった。凛はそのまま身動きを取らない愛美の両手を縛りあげてベッドに固定する。その準備が終わると凛は部屋から出ていき、キッチンから大ぶりのナイフを持ち出してきた。
再び愛美の体に乗り、目の前の愛美をじっと見つめる。
「お姉ちゃん……。今日も私の『好き』を受け止めて? お姉ちゃんを思っていっぱいいっぱいになったこの想い、全部ぶつけてあげるからさ!」
両手で握られたナイフが愛美のおなかに深々と刺さる。愛美は思わず声をあげそうになったが、凛は片手を手放し自分の腕を愛美の口に当てて押し黙らせた。その間にも凛は愛美の腹部に何度も何度もナイフを突き立てる。間に挟まれていた衣服は布切れと化し漏れ出す血液で赤く染まっていく。おなかが切り裂かれ徐々に開いていく痛みにおまわず力が入り口を食いしばろうとする。しかし凛の腕があって口が閉じきることはなかった。代わりに彼女の皮膚が歯で切れて傷口から血がにじむ。愛美は内心慌てたが凛はそれを気にするそぶりも見せずにナイフをつき続けている。
しばらくして満足したのか凛は手に持っていたナイフをベッドの淵に置いた。そして愛美の傷口から流れ出している地を犬のように舐め始める。部屋の中でぺちゃり、ぺちゃりとした音だけがこだまする。愛美は普段なら味わうことのない感覚にある種のもどかしさを感じていた。
「――――っはぁ! おいしかったよお姉ちゃん」
凛が口を放すと蕩けたような眼をして愛美に伝えてくる。彼女の口元から下は愛美の血で真っ赤に染まっていた。
愛美は切り裂かれた自分の傷口に目を向ける。赤く染まった布きれの下。そこでは彼女の体が傷を治そうと触手のようにうねっていた。痛みは感じつつも次第に傷口はふさがっていき、もとの白い肌が衣服の間から覗いていた。
「凛、いったん手錠を外して。そのままだと後で化膿しちゃうよ」
愛美は自分のことを置いて傷の残っている凛を見つめる。
自分のことはどうだってよかった。どう頑張っても死ねない身。そんなことよりも愛美にとっては凛の傷が残ってしまうことのほうが重要だった。
しかし凛はその言葉を聞いて、動揺し始めた。
「え、どうして?」
うつろな瞳が愛美を見つめる。
「私の『好き』を受け止めてくれないの? あんなに好きって言ってくれたのに。お姉ちゃんも私を見捨てていなくなるの?」
「ちが、私はそんなんじゃ――」
「そうだよね。お姉ちゃんは私のこと好きだって言ってくれたもんね。あの人たちとは違って私から逃げて行ったりしなかったもんね」
愛美は否定しようとしたが凛の答えを聞く前にまくし立てる。その顔は笑っていたがどこかおびえている様子だった。
「ずっとずっと一緒に……そうだ!」
凛は手元に置いていたナイフを持ち直し、愛美のおなかを裂き始める。何度も何度も突き立てては離し突き立てては離し、中の臓器がぐちゃぐちゃになるまでかき混ぜ続けた。
「――っ! ……――っ!」
愛美はその激痛で思わず叫びそうになるが、自らの唇を必死に噛みしめ声が出るのを抑えた。唇から血がにじむが決して離すのをやめない。凛は叫ぼうとしたら何も考えずに口をふさいでくると思ったから。
中の臓器が肉片になるまで切り刻まれ、一部は外へと飛び出してしまっていた。そんな中でも愛美の体は元の状態に戻ろうとうじうじと動いている。凛はその中から一片の肉の塊を取り出すと自分の口の中に入れた。何度も何度も咀嚼を繰り返し、飲み込む。それをいくらか繰り返した後、凛は満足そうに愛美を見つめた。
「これでずっと一緒だね、お姉ちゃん」
その目はいたって純粋だった。凛にとってこれは自分のできる精いっぱいの愛情表現で、これで愛美と一緒にいられると本当に信じていた。
愛美は思わず手を伸ばそうとするが、自分の手がつながれていたことを思い出す。だから口先だけで凛に伝えた。
「大丈夫。どんなことがあっても、絶対あなたのそばを離れない。
だってあなたは私の一番好きな人。私を好きでいてくれて、私を必要としてくれて、私を心の底から愛してくれる。
だからね凛、安心して。私もあなたのことが大好きだよ」
「――うん!」
その後、調子づいたのか凛は日付が変わる時間まで行為を続けていた。
愛美は凛から手錠を外されると自分の部屋に戻り救急箱を持ち出してくる。そして中から消毒液や包帯を取り出すと、凛の腕の傷の手当てをした。もともと使い慣れているものではなかったので、少々不格好ではあったが腕に包帯を巻き終える。
「はい、これでよし」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
手当ての途中も凛はずっと笑顔だった。消毒液が傷口に触れても痛がるそぶりも見せずに。
それでももう眠たくなってきていたのか、凛の瞼は今にも落ちそうになっていた。
「今日はいっぱいやったからね。もう眠くなった?」
「――ん……」
「でも先にお風呂に入ってからね。さっきので二人とも汚れちゃったし」
愛美の服は先ほどの行為でずたずたに引き裂かれ、胸元近くまで見え隠れするほどボロボロだった。そして凛の体も愛美の返り血でまがまがしく装飾されている。このまま眠ってしまったら大惨事間違いなしだろう。
「一人で入れる?」
「もうそこまで子供じゃないから大丈夫……」
凛は眠そうな声をあげながら部屋を出て浴室へと向かっていった。
愛美は凛を見届けると自分たちが今まで催していた場所に目を向ける。ベッドの上は真っ赤に染め上がりさながら殺人現場のような状況だった。愛美はまずその赤色に染まったシーツを回収する。
たった一週間。凛と出会っていろいろな体験をしたて、愛美はこの状況に馴染みつつあった。いや、すでに馴染んでしまっていたのかもしれない。最初は片づけるのにいちいち戸惑っていたが今ではスムーズに片づけられるようになった。血が下のマットにしみこまないようにしておいたのでシーツさえ変えれば凛はいつものようにこの部屋で眠ることができるだろう。
「よし!」
片づけを終えた愛美は使い物にならなくなった服や汚れたシーツをビニール袋の中に詰める。このままゴミとして出すと何かの事件と間違われる心配があるので、あとで気づかれないように捨てておかなければならない。今日はどこに捨てようか、そんなことを考えていると風呂を上がった凛が部屋に入ってきた。
「お姉ちゃん、お風呂あがったよー」
「わかった。じゃあ今から私も入ってこようかな」
いくら傷が治ったといってもあふれた血が戻ってくるというわけではない。片づけを始める前に軽くふいても、ところどころ血の跡が残っていた。
「うん。……えへへ」
凛は嬉しそうに返事をすると破顔したまま愛美を抱きしめた。
「もう凛、せっかくお風呂入ってきたのにまた汚れちゃうよ」
愛美は自分の体から離れるように促したが、凛は決して力を緩めなかった。
「お姉ちゃん。私ね、」
凛は愛美の胸に顔をうずくめたまま愛美に話しかける。
「今とっても幸せなんだぁ。
みんな私のことを愛してくれるっていったのにすぐに逃げちゃって、だれも私の気持ちを受け止めてくれなかった。パパがしてくれたみたいにしてただけなのに。
でもね、お姉ちゃんが私の気持ちを受け止めてくれて分かったの。あの人たちが私の気持ちを受け止めてくれなかったのは、私があの人たちを何とも思っていなかったからなんだって……。
だからね、お姉ちゃん……。私、愛美お姉ちゃんのこと――」
話している途中で凛の言葉が途切れる。何事かと思い彼女の顔を起こすと、凛はすやすやと眠っていた。
「もう、凛ったら」
寝息を立てている凛を持ち上げ、愛美はベッドの上に寝かせつける。そして愛美はそのふちに小さく腰かけた。
「凛、お礼を言うのは私のほうだよ」
ずっとずっと独りぼっちだった。怯えて、逃げて、隠れていた。
一人でいなければならない。誰とも関わってはいけない。誰かのためではない、自分自身の心を守るために。
――ずっと、そう思っていた。
そんな殻を破ってくれたのが凛だった。閉じこもっていた愛美をの心に踏み入り、愛美のことを愛してくれた。必要としてくれた。一緒にいたいと言ってくれた。
たったそれだけの、しかし何よりも誰よりも深い愛を受けて、愛美は救われた。
「私と一緒にいることを約束してくれてありがとう。
私もね、愛しているよ、凛」
愛美はそう言いながら眠っている凛の頬にキスをした――。
遅れました。言い訳はしません。
しいて言うなら、方向性に迷ったり、文がうまくかけなかったり、キャラがぼやけたり、私生活が忙しかったり、ゲームしたり、動画見たり、TCGしたりといろいろなことがありました。
半分以上はどう見ても怠慢です。
これからは前作と同様1っか月以内に上げていきたいと思っています。