2ー1
議会でモサモサのための予算が否決され、今後については私に委ねられてから1週間。
何も名案を思い付かず、かと言って諦めるとも言えず、私は浮かない気持ちのまま、城に閉じこもっていた。
そんなある日、今まで協力してもらった手前、状況を説明していたフランシス兄さんから、速達の手紙が届いた。
心配してくれるにしても、速達なんてどうしたんだろう。不思議に思いながら封を開くと、手紙にはこう書かれていた。
1番面倒な人に、今回のことがバレた。
アンナを連れて帰らないと収拾が付かないので、1度オーダに帰って来て欲しい。
1番面倒な人、と言われて、心当たりがある人は1人しかいないし、あの人に言われたなら、拒否する訳にも行かない。
それこそ、出向かなかったらまた面倒なことになる。
私はトレイスにオーダから呼び出しがあり、帰省することを告げた。
仲違いをしている訳ではないけれど、議会の後、まだギクシャクした関係が続いていたこともあり、トレイスが怪訝そうな顔になったので、私は必死に否定する。
「トレイスと一緒にいるのが嫌とか、そんなんじゃないの。……お父様が、お呼びだそうなの。……ここのところ何度もオーダに出入りしてたのに、お父様に会いに行ってなかったのが、バレたみたいで」
トレイスは、
「……ああ、それは」
と、状況を理解した顔になった。
「……なるべく、早く帰って来れるといいね」
生温かい笑みを浮かべるトレイスに、私も
「……そう願うわね」
と答え、私はすぐにオーダに向けて出発した。
オーダに入ると、私はまずフランシス兄さんの所へ向かい、一緒に王城へと向かった。
私が父上であるオーダ国王の要望通り帰省することは、先に手紙を送って伝えてあったので、到着と同時に、フランシス兄さんと共に謁見の間に通される。
「元気そうで何よりだわ。アンナ」
最初に言ったのはお母様だった。
私達7人の子供を産んだ彼女は、いつもにこにこと朗らかだ。
「ご無沙汰していて申し訳ありません、お母様」
私が答えると、お母様も
「いいのよ。あなたもオルビアの王妃となったのだもの。そうそう実家に帰ってばかりはいられないわよねぇ」
とにこにこした。
「夫君と母君はお元気か?」
次に声を掛けて来たのは、長兄で皇太子でもあるランドルフ兄さんだった。
「トレイスも母后様も変わりありません。2人共私によくしてくれるので、何不自由なく生活出来ていますわ」
2人がにこにことしているのに対し、中央の玉座に座ったお父様は、しばらく黙ったままだった。
「……ほら、拗ねていないで、お話しなさいな。あなたが呼んだのですから」
お母様に促され、お父様はやっと口を開いた。
「……しばらくぶりだな、アンナ」
私はまずはしおらしく答える。
「……ご無沙汰していて申し訳ございません、お父様。オルビア王妃としての仕事で忙しくしておりましたので、今までご挨拶に伺う余裕がなく……またの機会にと思っていましたら、なかなか時間が作れず、ご心配をお掛けしました」
「……私は、別に怒っている訳ではない。顔を上げてくれ、アンナ」
お父様に言われ、顔を上げると、それまで静かに私に語り掛けていた父上の顔が、一気に崩れて行く。
ああ、やっぱりお父様に限って、そんな静かに会話するだけで終わるはずなんてなかったんだわ。
私は心の中で盛大に溜め息をついた。
「アンナー!私はお前のことをこれっぽっちも怒ってはいない!オルビアに嫁いで1年、小さかった私のアンナが、嫁いだ国のために外国にまで飛び回っているなどと、誇らしいくらいだ!非常にすばらしい!……でもなぁ、でもなぁアンナ、なんでお父様に最初から相談してくれないんだ⁉︎聞けば、フランシスだけではなくキールとも会ってたって言うじゃないか‼︎お父様は……お父様はそんな、そんなに頼りないかぁ……」
お父様は、商人の国、オーダを束ねる国王として、国民からも慕われる君主だ。私も、国王としてのお父様のことは尊敬している。
けれど、お父様には1つ問題がある。
6人男児が続いた後に産まれた、待望の1人娘である私を、お父様は溺愛しているのだ。6人の兄達からも、お母様からも、大事に育てられたという自覚はあるけれど、お父様の愛は特別。……正直、重い。
オーダに来るたび、王城に近付かなかったのは、お父様には言わなかったけど、本当はこの愛の重さにある。
……これで、私とトレイスの間に子供でも出来ようものなら、この人一体どうなっちゃうのかしら……正直、考えただけでも面倒だわ。
「お父様。そんな姿を国民が見たら、びっくりするわよ。ご無沙汰したのは本当にごめんなさい。今後は気を付けるから」
「いいんだいいんだアンナはお父様のことが嫌いになっちゃったんだな小さな頃のアンナはお父様お父様ってあんなに可愛かったのに」
足が遠のいたのはそのうざさが原因だってば。私は心の中で呟きながら、神妙な顔を作った。
「何言ってるのお父様。私にとって唯一無二のお父様を、嫌いになんてなるはずないわ。お父様こそ、なかなか会いに来ない私のことを嫌いになってしまったのではない?」
「そんな、お父様がアンナを嫌いになんてなるはずがないじゃないかぁぁぁ!お父様は寂しかっただけなんだよぉぉ!愛してるよ、アンナぁ!」
「……私もよ、お父様」
その面倒くささがなければ、もっと好きだけどね。私は、もう1度心の中で溜め息をついた。
ひとしきり泣いて喚いたお父様が落ち着きを取り戻した頃には、私はどっと疲れ果てていた。
「……ところでアンナ」
今までの醜態が嘘のように静かに切り出され、私がお父様の方を見ると、お父様は、
「……何やら、資金が必要らしいな」
と言った。
隣に立っていたフランシス兄さんを見ると、すまん、というように顔の前で手を合わせる。
どうやらお父様は、フランシス兄さんから、今私が置かれている状況を全て説明されているらしい。
「……資金調達のあてはあるのか?」
まっすぐに視線で射抜かれながら問われ、私はごくりと唾を飲み込む。
「……ありません……どうにかしなければとは……思っていますけれど」
私が答えると、お父様は、
「ふむ……正直だな。……まぁ、正直であることは良い時も悪い時もあるが……さて、今回はどちらかな」
と言った。
私が言われたことの真意を掴めずにいると、お父様は、
「……さて。私が実は第2皇子で、皇太子であった兄の急逝により、玉座に就いたことは知っているか?」
と尋ねた。
その話は、昔聞いたことがある。
お父様は、元々は王位継承権第2位である次男であり、玉座を継ぐ予定ではなかった。
けれど、若くして兄が急逝したことにより、運命が変わってしまったのだと。
「伺ってはいましたけれど……それが何か?」
私が言うと、お父様は続けた 。
「兄が死んだ時、私は22歳で、まだ結婚もしていなかった。それから王妃と結婚し、今のように7人の子供に恵まれた国王となった訳だが……元々、国王になる予定のなかった私は、子供の頃から商売への興味は兄弟の中では人一倍持っていて、兄が死んだ時点では既に自分の会社を持っていた」
オーダでは、国王と将来国王となる皇太子以外は、王族であろうとも、何かしら会社を興したり、他の親族の興した会社に入ったりして、商売をするのが常だ。
元々皇太子ではなかったお父様が、既に会社を興していたとしても不思議はない。
でも、なんで今そんな話を始めたのだろうと思っていると、お父様は私に言った。
「私がその時に稼いだ金は、今も何かあった時の為にと使わずにある。オーダの金をオルビアの為に差し出すには、両国にとって問題も多いが、この金は私の、私的に作ったもの。……お前に、親子のよしみで無利子、無期限で貸し出してもいい。さぁ、どうする?」
無利子無期限とは言うものの、お父様に借りを作る?
私は、すぐに喜んで飛び付く、という訳には行かなかった。
そんなに簡単に、お金を借りてしまっていいのだろうか。でも、お父様から借りるというのは、外部の、よく分からない業者から借りるよりはよっぽど信用は出来るのかもしれない。
ああでも、このお父様に借りを作るなんて‼︎
私がぐるぐると考えていると、お父様が言った。
「お前の損得だけで考えるんじゃないぞ。私は、オルビアの発展にかけて、貸してやろうと言っているんだ。私から金を借りるか、それとも、他の方法があるのか。何が国民にとって1番の助けとなるのか。お前も王妃なら、ちゃんと考えて決めなさい。お前に一任され、オルビアの国家予算は使わず、国とは無関係に行えと言うのなら、お前が社長となって会社を興すようなものだろう。アンナ、
「……私が、社長?」
私は信じられない言葉を聞いた思いで、もう一度聞き返した。
そんなこと、出来るのだろうか。
確かに私は、小さな頃から本当は自分も兄達のように、大きくなったら会社を興して商売をしたいと思っていた。
けれど、お父様だって私には商売の勉強はさせなかったし、女性には不要なことだと。
なのに今、お父様自身が私が社長になるようなものだという。
混乱している私に、お父様は、
「そういうことではないのか?一任するということは。……あー、お前はどこか他の国に嫁ぐのだろうからと商売の勉強はさせなかったがな。本当はオーダでも、商売が出来ないのは国王と将来国王となる皇太子のみだ。……過去には、王妃でも会社を持ち、財を成した人物はいる」
と、後押しするようなことを言った。
そんなこと一度も言ったことなかったじゃないお父様のバカ‼︎
お父様の申し出を受けたら。
小さい頃からの夢が叶う。
今まで頑張ってくれているロイド達に、報いることが出来る。
オルビアンで暮らしている、働きたくても働けない人達に、仕事を提供してあげれるかもしれない。
私に、それが出来るだろうか。
しかも、お父様の力を借りて。
悩む私に、お父様が追い討ちのように言った。
「……なんだアンナ。金を借りても返す自信がないか?やはり、末娘のお前には難しい話だったかな」
だってお父様、私には商売の勉強させてくれなかったじゃない。今更何でそんなこと言うのよ。
第一お父様がそう言ったって、オルビアでそんなこと許されるのかわかんないじゃない。
ああでも、トレイスが私に任せるよう取り計らってくれたのは、こういうことだったの?私が社長になればいいってことなの?
ぐるぐるぐるぐる。頭の中は混乱していた。
でも、お父様にそう言われた時、私は思わず言った。
「……分かったわお父様。私、社長になって頑張ってみる……だから、お金、貸して下さい」
正直、売り言葉に買い言葉だ。
だって、私には出来ないなんて思われたくない。私だって商売の国、オーダの王族なんだもの。
「よく言った」
私の返事を聞くと、お父様がにやりと笑った。