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王妃ですが、社長に就任しました。  作者: 椎名実由
第1章 新たな利益を求めて
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1ー7

 私がロイドが届けてくれた1頭分のモサモサの毛を送ると、工場長と話をしたモクモクの花の加工工場は、せめてもの罪滅ぼしか、1週間程ですぐに糸に加工し、城に送り返してくれた。

 化粧品会社に送ったモサモサの毛を洗浄した水も、ルフトから入手した作り方を元に加工が行われ、試作品が数本送られて来た。

 こちらは、元々その会社で作られていた他の化粧品ともひけをとらない出来との太鼓判付きで、もし本格的にモサモサの飼育と加工に着手することが決定した場合は、是非協力したいと化粧品会社の社長からの手紙が添えられていた。

 本当なら、化粧品について希望の持てる返事が来たことは喜ぶべきことなのだけれど、本来の目的であったモサモサの毛の加工で足踏み状態なので、心から喜ぶことが出来ない。

 モクモクの花の加工工場から送られて来た、モサモサの毛から出来た糸の1部を、品質を見てもらうためにフランシス兄さんに送ったところ、予想していた通りフワフワよりも強い糸で、色々な加工価値が予想出来る素材だと返事が来たのも、同じだった。

 ちゃんと、加工出来る場所が見付かり、量産が出来れば利益が見込めると言われたようなものなのに、肝心の加工場所が見付からない。

 モサモサの飼育だって、サキファ村でかなり手を掛けてくれている。悔しいけれど、国内で加工が出来ないならば、海外に出した場合に経費を差し引いても利益が残るのか、それとも、いっそ諦めるしかないのか。

 私は決めなければいけない立場にいるのに、決められない。


 鬱々とした気分でいた私を、現実に引き戻したのは、またしてもセレーネだった。

「王妃様。物思いにふけっていらっしゃるところ申し訳ございませんが、ご公務のお時間ですから。ここのところ、城を空けることが多かったのですから、せっかくいらっしゃる時くらいは、しっかりと王妃として務めて下さいませ」

「……ごめんなさい、公務って何だったかしら」

 記憶になくて、恐る恐る尋ねた私に、予想通りセレーネの雷が落ちる。

「王妃様!前にも申し上げましたがオルビアのためにご尽力いただくのは大変ありがたいですけれどもあなた様は王妃様であらせられるのですからお立場とお役目というものを重々承知いただいて本来のお仕事を優先していただいてですね」

「……ごめんなさい、本当に今後は気を付けるから……それで、何だったのかしら」

 ヒートアップし始めたセレーネに、どうにか再度尋ねると、セレーネはごほん、と、咳払いをして言った。

「本日は、各地域の婦人部の方数名との定例のお茶会が入っております」


 オルビアでは、私が嫁いで来るよりずっと前から、広く国民の意見を聞くためのイベントが定期的に行われている。

 男性向けには各種の腕自慢を競う大会や、意見交換会などが行われているけれど、女性向けには定期的に、各地域にある婦人部を通して呼び掛けを行い、城で王族と婦人部の代表者のお茶会が開かれていた。

 国が置かれている状況を知るためには、男性からの意見を聞くだけでは、問題の一部しか分からない、男性の知らない、女性だけが抱えている問題もある、と考えた何代か前の国王が始めたことらしい。

 ……その割には、国を取り巻く、農産物の問題は、ちょっと把握され切っていなかったような気がするんだけど。


 でもまぁ、婦人部のお茶会自体は、公務の中では比較的好きな部類に入る仕事だ。

 嫁いで来て初めて、毎回参加するようにと聞いた時は婦人部という響きが、それこそ母后様かセレーネ位の、妙齢の女性ばかりに囲まれるのだろうか、何か言われるんだろうかとビクビクしていたんだけれど、実際は婦人会というのは各地域で、結婚している女性がほとんど入る組織らしい。

 このお茶会も、あまり同じ年齢の人ばかりが集まらないように、様々な年齢の人が集まることで、色んな意見が出るように調整がされているようで、毎回必ず、同年代に近い、若奥様も招集されている。

 同年代の女の子達に、最近流行っていることなんかの話をしながらお茶をする機会はこの時位しかないので、楽しいのだ。


 今回の出席者も、私と同じような年齢から、母后様より年上と思われる女性まで、様々な年齢、職業の人が約10人程で、城の応接間で円卓を囲んでおしゃべりが始まった。

 特に議題を挙げたり、堅苦しい雰囲気な訳ではなく、あくまで『お茶会』なので、円卓に城の料理人達がこの日のために用意した、女性ウケしそうな色とりどりのお菓子や軽食が並べられ、出席者それぞれにお茶が注がれたカップが行き渡ると、大抵タイミングよく母后様が何かしらかの話題を切り出し、お茶会が始まるのが常だった。


 この日の話題は、堅苦しい雰囲気ではないと言いながらも、女性の多くが悩みがちな問題と言うことで、段々と『女性と仕事』という方向に進んで行った。

「子供が1歳になったので、そろそろ働きに出たいとも思うのですが……私も主人も故郷が遠いので、仕事をしている間預ける場所もなく……困っています。周りには、祖父母と同居していて子供を預けて働きに出ている子もいるんですけど……」

 私と同年代の、オルビア城の城下にある町、王都オルビアンに住んでいるという女性が言った。

 オルビアンには色んな会社、色んな職種の仕事が他の町よりも多くあるため、地元を離れて働きに来ている人も大勢いる。

「あら、私達があなた達くらいの頃は小さな子供を背負って働いたりしたものだけど、そういうのは嫌かしら?責めてるんじゃないのよ」

 母后様くらいの年代、つまり、最初に言った女性の母親くらいの年齢の女性が言った。

「私も自分の母からはそう言われて育ちました。けれど、今はそういうことはあまり出来ないらしいです。子供を連れてと言うと、雇ってくれるところがなくて……」

「最近は、そういうのうるさいっていう職場が多いわよねぇ」

 30代くらいの女性が言った。

「私は両親が近くに住んでいるし、子供もみんな学校に入る歳になったから最近働きに出るようになったけど、働く時に、子供が風邪をひいたりしても預けられる場所があるかってしつこく聞かれたわ」

「農家は今でも、子供を背負って、みんなで面倒見ながらってところが多いけどね。農家じゃないうちは大変よねぇ」

「あら、農家でも旦那の両親と同居なら、場合によっては子供の面倒なんて見て欲しくないかもよ?意見の合わないお姑さんに、余計なこと教えられたくないとか」

 おどけた答えに、一同からどっと笑いが起こる。


 少し横道に逸れてしまった話題に、母后様が静かに言及した。

「オルビアンに昔から住んでいる人以外は、あまり知らないかもしれないけれど……もう10年近く前になるかしら。オルビアンで子供を連れて働いていた女性が、目を離した隙に子供に怪我をさせてしまった事故が起こったのよ。子供の父親、女性のご主人が怒って、子供が怪我をしたのは女性の働いていた職場の管理の問題だと言い、雇い主側は、子供は女性が勝手に連れて来ているのだから自己責任で、子供が怪我しないよう注意をしなかった女性側に問題があると言って、なかなか双方が折れなかったものだから、オルビアンでは一時すごく揉めたのよね。……それ以来、オルビアンではどこも職場に子供を連れて来たいという女性の採用は渋る傾向にあるはずよ。オルビアン以外の町でも、オルビアンが何故そうなったかは知らなくても、城下町オルビアンに右へ習えの会社が多いかもしれないわ」

「分からないではないですが……不便な世の中になりましたね」

 年配の女性が溜め息をつく。

 私はその時、初めて気付いた。

「オルビアでは、もしかして保育所やパートタイマーというものが、一般的ではないのですか?」

 私が言うと、母后様が、

「初めて聞く言葉ねぇ」

 とのんびりと答える。

 周囲の女性達も、一様に不思議そうな顔をしているので、同じ感想のようだ。


 商人の国であるオーダでは、人手の確保のために随分前から行われていたことだったので、まさかオルビアで行われていないことだとは思いもしなかった。

 そりゃあ、そういう制度がなく、子供を連れても働けないとなれば、女性の人手は少なくなる訳だ。

 私は背筋を正し、小さく咳払いをすると、オーダでの女性の働き方を説明することにした。


「オーダでは、女性が働きやすいように、パートタイマー……パートという制度が盛んに利用されています。例えば、子供が学校に行っているお母さんは、その間は時間の自由がききますよね。職場もそれを見越して、子供が家にいない間のみ働けるよう、短時間の仕事を提供するんです」

「オルビアには、確かにそういう働き方はないですわ。学校に行っていると言っても、子供が小さいうちは学校から帰ってくる時間も早くて、その短時間で働こうとすると、なかなか雇ってくれるところがなくて」

 30代くらいの女性が言った。

「オーダは、海外への輸出入が多いので、そういう方は、1日3時間だけ倉庫の荷物の整理をする、なんて仕事に就いていたりしますね。午前中3時間なら時間を作れる方もいれば、午後3時間時間を作れる人もいる。そうすると、倉庫の管理者側でも助かる訳です。お給料は時給制か、出来高制ですね」


「ホイクジョというのはなんですか?」

 女性達は皆、新しい働き方の話に興味津々のようだった。

 私は、少し嬉しくなりながら続ける。

「保育所とは、まだ学校に通っていない、小さな子供について、保育してくれる、つまりお世話をすることに長けた大人が何人か集まり、子供のお母さん達が仕事をしている間、代わりに子供の面倒を見てくれる場所のことです。勿論、事故が起こってはいけないので、際限なく子供を預かる訳には行きません。入所にはいくつか条件と、お世話をする保育士の人数に対して制限人数を設け、基本的には両親が働いていて、祖父母とも同居していない、子供を預けないと働けないうちに限ります。勿論、そこで働く方もお給料を受け取りますから、子供を預けるお母さんも、預けるにはお給料の一部を支払ってもらうことになります」

「無料で預けられる両親とは違うわよね、やっぱり……」

「あら、いくらかにもよるけど、子供と家に閉じこもっていると息が詰まりそうになるもの。それより全然いいわ」

 何人かの女性から、口々に呟きが漏れる。


「あの……」

 40代位の女性が言った。

「私、実は結婚して子供を産むまで、教師をしていたんです。最初の子供を産む時に、働き続けるのに困難だと思って仕事を辞めてしまい、子供が大きくなった今も今更教師の仕事には戻れないと思っていたのですが……もしかしたらその仕事は、私でも出来る仕事でしょうか。子供は大好きですし、若いお母さんの助けになるなら、やってみたいと思うのですが……」

 私は王妃らしく、にっこりと微笑んだ。

「むしろ、とても向いていらっしゃると思いますし、是非お願いしたいと思います。若いお母さん達からしても、先輩のお母さん達が子供を預かってくれたら、相談事もしやすく、心強いのでは?どうかしら?」

 問い掛けると、最初に話題を投げ掛けた、私の同世代の女性が、

「そういった制度があったら、私も是非お願いしたいです。頼りになります」

 と嬉しそうに言った。

「……オルビアで実現出来るかは分かりませんが、いかがでしょうか、母后様」

 最後に母后様に伺いを立てると、彼女は私よりも年季の入った優雅な微笑みを浮かべ、

「……あなたがそう言うのなら、何かいい考えが浮かんだのでしょう。……いいんじゃないかしら、オルビアの未来のために役立つことであれば、あなたなりに話を進めてみて頂戴。もし、上手く実現が出来そうであれば、ここにいる皆さんには真っ先に知らせてあげてね」

 と答えた。

 穏やかな母后様の微笑みに、何故だかプレッシャーを感じながらも、私は、

「……皆さんにも、早くいい知らせが出来るように努めさせていただきますわ」

 と答えた。

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