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王妃ですが、社長に就任しました。  作者: 椎名実由
第1章 新たな利益を求めて
6/29

1ー6

 オルビアへと戻った私達は、視察の内容を国王であるトレイスと母后様に報告し、労いの言葉を受けた後、急いでサキファ村へと向かい、まずはモサモサの毛刈りを実行してみることにした。

 もう、毛の生え変わる時期が目前なので、もたもたしていると、刈り取る前に毛が抜けて来てしまう。


 サキファ村のロイドの家の近くには、少し来ないうちに、そう大きくはないけれど、モサモサの飼育小屋が出来ていた。

 国からの補助金はまだ出ていないのだけれど、もしかしたら国の利益になるかもしれないモサモサを今までのように丘の上で野放しで飼育する訳には行かないと、村の有志達で建てたという。

 モサモサのエサも、取り敢えずではあるけれどクズ野菜などを村の人達が分けてくれているらしい。

 私は、正直それを聞いた時じんときてしまった。

 情に厚いオルビアの人達は、そうやって何だかんだ助けてくれる人が多いんだ。大好きよ、みんな。


 そんな訳で、初めてのモサモサの毛刈りは、出来たてのモサモサの飼育小屋の中で行われた。

 毛刈りの様子は、トレイスも一緒に見学することになり、国王と王妃が直々にいらっしゃるならと村長やロイドの家族以外の村人もわらわらと集まり、ちょっとしたイベントになった。


「……では、行きます」

 ロイドが輪の中心で、緊張した面持ちでルフトから仕入れてきた毛刈りの道具を持ち、毛刈り第1号に指名された、ヨハンじいさんが大切にしていた中でも特に大きく立派なモサモサを暴れないように押さえつける。

 何かを察したらしいモサモサが暴れそうになった所を、弟のカイと村人の男性数人が協力して押さえつけ、ロイドは慣れない手つきながら、どうにか1頭分の毛を刈り取ることに成功した。

 毛が刈り取られたモサモサは、男達に解放されると、輪の中にヨハンじいさんの姿を見付け、えらい目に遭ったとでも言いたげに駆け寄って行く。

 じいさんが役目を終えたモサモサに、

「よく頑張ったなぁ、偉かったなぁ」

 と語りかけるように言うと、声を掛けられたモサモサは、今までのことを忘れたかのように人の輪から離れ、用意されたエサを食み始める。

 それから結局、大きいものから小さいものまで、飼育されていた12匹全てのモサモサの毛が刈り取られて行く間、ほぼすべてのモサモサが毛を刈り取られた後、皆ヨハンじいさんの近くに寄って行き、その度にヨハンじいさんは労いの言葉を掛け、声を掛けられたモサモサは満足したようにその場を離れて行く……という光景が、まるで1連の儀式のように続いた。


 村人が協力してモサモサを押さえたことにより、思ったよりはモサモサが暴れなかったので、モサモサに怪我をさせるようなこともなく、初めてにしては綺麗に全てのモサモサの毛を刈り取ることに成功したけれど、初めてと言うことで丁寧に作業したこともあり、午後1番から作業を開始したものの、毛刈りが終了した時には日暮れ時で、ずっと集中して作業に当たっていたロイドも、へとへとに疲れ果てていた。


 本当はこの後、毛の洗浄までを終わらせる予定だったのだけれど、時間を考えても、ロイドの疲労具合を考えても、今日中の作業は難しそうだ。

 私はみんなの前へ出て呼び掛けた。

「みんな、今日はありがとう。みんなが協力してくれたおかげで、無事に毛刈り作業を終わらせることが出来たわ。本当はこの後毛の洗浄作業があるけど、今日はこれで終わりにしましょう。洗浄作業は明日に持ち越すわ。それぞれ、畑仕事もあるでしょうから、明日は無理をせず、来れる人だけ手伝いに来てくれたら嬉しいわ」

 

 私の言葉を聞いた村人達は、

「モサモサの毛が刈り取られてくの、ちょっと気持ち良かったわね」

 だの、

「ロイド、お疲れ!今日はゆっくり休めよ!」

 だのと話しながら、小屋から出て行く。

 残されたロイドが、疲れた顔ながら

「……良かったんですか?明日にしてしまって」

 と尋ねたので、私は、

「急いで失敗したって仕方ないわ。1つずつ、確実に潰して行きましょう」

 と答えた。


 作業が1日で終わらなかったことで、変更になったことがもう1つ。

 トレイスは、今日1日という約束で特別に同行をしていたので、今日の時点で城に帰ることになったのだ。

 城へ戻るトレイスを見送りに出て、

「……ごめんね。最後まで見せられなかったけど」

 と謝ると、トレイスは、

「何言ってるの。毛刈りだけでも見れて、感動したし嬉しかったよ。……アンナも、オルビアのために動いて情報を集めてくれて、ありがとう」

 と、優しく頭を撫でてくれた。

 頼り甲斐には欠ける旦那様だけど、そういう優しいところ、大好きよ。

 私達はそっとキスをして別れ、私は明日の様子を見守るために村に残った。

 一応、まだまだ新婚なんだもん。最近、一緒にいられる時間が少なくて、寂しいけどね。


 小さな村であるサキファ村には宿屋がない。

 本当はロイドの家に泊まらせてもらおうかとも思ったんだけど、男3人の小さな家に泊まらせてもらうのもさすがに悪いので、村で1番大きな村長の家に泊まらせてもらい、私は翌日の洗浄作業を見学することにした。

 初日ほどではないけれど、それでも村人達が何人か集まって来てくれ、ローレンスさんに調べてもらった作り方に従って混ぜ合わせた溶剤で、ロイドが昨日刈り取ったモサモサの毛を洗浄して行き、村人達が濡れた毛の塊を広げ、木で作った干し台に干して行った。

 1年分の汚れが染み込み、灰色になっていたモサモサの毛は、溶剤で丁寧に汚れを落とされると、フワフワの毛にも劣らない程、綺麗な白色となり、周囲から歓声が上がる。

 毛の洗浄が終わり、動物の脂が浮いた洗浄水は、瓶に集めて城へ持ち帰り、化粧品を作っている会社へ持ち込んで、加工が出来るか試してもらうことにした。


 どうにか全ての作業が終わるのを見届けると、私はロイドの側に寄り、

「お疲れ様」

 と声を掛けた。

「ありがとうございます」

 嬉しそうに答えるロイドに、私は多少心苦しい気持ちになりながら、

「……でも、まだ課題は山積みね」

 と告げた。


 今回の作業で、明るみに出たことがある。

 まぁ、元々分かってはいたことだったのかもしれないけれど、やっぱり、ロイド1人で毛刈りと洗浄の作業をするのは、無理がある。

 今後、オルビアの産業の1つとして盛り上げて行きたいと思うならば、尚更だ。

 今回は村の人達も初めての物珍しさもあり手伝ってくれたけれど、今後も同じようにやってもらうというのは難しいし、もしやってくれたとしたら、彼らの本来の仕事を圧迫することになりかねない。

 サキファ村の中で新しい人材の確保が難しいのであれば、他から確保出来ないか探さないと行けない。

 私が深刻な気持ちになっていると、ロイドが思いの外あっけらかんとした顔で、

「でも、一歩前進したじゃないですか」

 と言った。


「ちょっと前までは、モサモサは村の邪魔物でしかなかったのに、王妃様が可能性を見出して下さった。村の人達に説明をして、モサモサのことを調べて、フワフワの加工工程を見学させて下さって。……一歩も、後退はしていません。ずっと、前進し続けているじゃないですか」

「……それはそうだけど……牛歩並みかもよ?道のりが長すぎない?」

 トレイスが途中で帰ってしまったこともあって、ちょっと弱気になっていたのかもしれない。

 私が言うと、ロイドは、

「簡単に行くことが、必ず成功するとは限りませんよ。1つ1つ進んでいるのなら、俺はまだ大丈夫。頑張れます」

 とにこやかに言った。

 なんて前向きな、嬉しいことを言ってくれるんだろう。

 思わず、きゅんと来ちゃったじゃない。勿論、私にはトレイスがいるから恋には落ちないけど。

 ……そうね。私が沈んでいても、どうにもならないんだわ。

 もう、たくさんの人に協力してもらってるんだもの。後には引けない。一歩ずつでも、前進あるのみだわ。


「……それじゃあ、何日かモサモサの毛を干して乾燥出来たら、連絡してちょうだい。私は城に戻って、毛を糸にしてくれそうな工場がオルビア国内にないか、探してみるわ」

 どうにかやる気を取り戻し、私が言うと、ロイドも、

「……はい!」

 と笑顔で答えた。



 サキファ村から城に戻った私は、モクモクの花を加工している工場をいくつかピックアップし、モサモサのこと、モサモサの毛の加工に協力して欲しいことを伝える手紙を書いて送った。

 新しい商売の話に乗って来てくれることを期待して待っていた私の元に帰って来た返事は、全て『NO』だった。

 諦めきれない私は、城から1番近い、オルビアで1番の規模を持つモクモクの加工工場に直接出向き、工場長と話をしてみることにした。


 工場に向かい、工場長に会わせて欲しいと言うと、対応した事務の女性は明らかに怪訝そうな顔をしたけれど、出て来た工場長は私からの手紙が届いていたこともあり、焦ったように私の元へ走って来た。


「この度は、せっかくのお申し出を断ることになってしまい、申し訳ございません。あの、どうかお咎めはご勘弁いただいて……」

 溢れて来る汗をぬぐいながら言う、中年太りの工場長に、私は溜め息をつく。

「別に咎めたりなんてしないわよ。あなた達にも何か理由があるから断ったんでしょうし……。でも、正直、こちらの工場以外からも断られてしまって、困っているの。どこでも断られた理由に思い至るなら、教えて欲しいのよ」

「はぁ……あの、正直にお話しますので、本当にお咎めはなしでお願いしますね……」

 工場長はまた汗をぬぐいながら、口を開いた。


「モクモクの加工工場は、うちだけじゃなく、どうもどちらの工場でも、人手不足のようです。うちの工場の従業員達を見てみて下さい。年齢層がね……まぁ見れば分かる通り、高いんですよ」

 工場長の言われた通り、工場内で作業している女性達は、ほとんどが年配の女性達で、若い女性はほとんどいなかった。

 先程対応した女性が比較的若いけれど、それでも30代半ばは過ぎているだろうか。

「うちは古い工場ですから、ずっと勤めてくれている従業員が多くて。でも、その分年齢層が上がってしまっているので、加齢と共に腰を痛めたり、体を悪くして辞めて行く人間も多いんですよ。彼女達は自分の子供が小さい頃から、子供を背負いながら働いてくれたような世代ですが、今の若い人達が好まないのか、そういう働き方をさせる会社はないようで、うちもやめておいた方がいいという意見が出ましてね……。そうなると、仕事が出来る人は限られますし、募集を出しても人が来ないので、今はいる人数で対応出来る精一杯の量を、どうにかこなしているだけなんですよ」

 ちなみに、事務の女性は比較的若いと思ったけれど、独身らしい。

「……とにかく、本当に申し訳ありませんが、ご要望にお答えすることは出来ません。……せめて、ということであれば……その、モサモサ、とやらの毛を、1頭分だけこちらに送って下さい。モサモサの毛から糸を紡ぐことが出来るか、その検証の一環として、1頭分のみ、加工を請け負わせていただきます。それで勘弁いただけませんでしょうか」

 こちらの顔色を伺いながら尋ねて来る工場長に、私は、

「……分かったわ」

 と答えるしかなかった。


 そうこうしているうちに、サキファ村のロイドからはモサモサの毛の乾燥が終わったことを告げる手紙が届いた。

 私は思わず、ロイドに糸の加工先としてあてにしていたモクモクの加工工場が全滅だったことは告げず、試作として1頭分の毛のみを城に送ってくれるよう、返事の手紙を送った。

 歩みが遅くても、頑張ると言ってくれたロイドや、村全体で協力して毛刈りと毛の洗浄をしてくれた村の人達のことを思うと、早く次の方法を考えなければ、と思うのに、どうしたらいいか、いい案が浮かばず、なかなか動き出すことが出来ない。


 初めて、次の手を見失ってしまった私は、途方に暮れていた。

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