1ー5
次に私達が向かったのは、刈り取った毛を糸にする、糸紡ぎと、機織りの工程が行われている工場だった。
フワフワ達が飼育され、毛刈りと洗浄が行われていた場所から馬車に乗り、向かった別の工場で、今度はそこの工場長から説明を受ける。
先程までいた牧場では、作業員には男性が多かったけれど、こちらではほとんどが女性で、それぞれ作業台に向かって、座って作業をしていた。
「女性が多いんですね」
と話し掛けると、ローレンスさんは、
「男性よりは女性に向いている、繊細な作業になりますから。ほとんどが家庭のある主婦パートになりますね。子供が学校に行っている間に作業をしに来ている女性も結構いますよ」
と答えた。見渡すと、年齢は様々だけれど、ほとんどの女性が結婚指輪をはめた既婚者のようだった。
工場長がこちらを向いていない隙に、ロイドが耳打ちする。
「……女性が向いている作業というと、俺では向いていないでしょうか……。村の女性達は農作業で忙しい人が多いですし……」
本当は普通に喋っても言葉がわからないかもしれないけれど、もしかしたら、ということもある。
私も小声で、
「……それは、私も考えていたところよ。……取り敢えず、ひととおり話を聞いて、考えましょう」
と答えた。
サキファ村の人達は、ほとんどが農業を生業としていて、女性であっても家族と一緒に畑に出るのが普通だ。
サキファ村の女性に、糸紡ぎをしてもらうのは難しいかもしれない。
何かいい方法はないかと考えながら工場長に付いて行くと、私達の気持ちを知らない彼は、すらすらと工場内の説明をしてくれ、その度にローレンスさんが通訳して伝えてくれる。
「まずは、刈り取られた毛の束から繊維を取り出してこちらの糸車でよりをかけ、糸にしていきます。糸の状態で出荷し、外部の工場に送って製品となるものもありますが、この工場では直接フワフワ製の製品も作っていますので、糸となったうちの一部は、次にあちらの機織り機で、製品にして行きます」
工場内は、説明のとおり、糸紡ぎをしているグループと、機織りをしているグループに分かれていた。
「ローレンス嬢。モクモクの花なんかでも、糸を紡いで服を作ろうとしたら、工程は似たようなものなのかな。アンナ、オルビアは農業が盛んだろ?モクモクの花は栽培してないのか?」
ふと、私達のやり取りを見ていたフランシス兄さんが聞いた。
モクモクの花は、モクモクと煙や雲のように綿状の花が咲く植物で、綿部分を採取し、糸に加工して、衣類などを作る材料となっている。
「そういえば……栽培してると思う。サキファ村は、確か栽培してなかったと思うけど」
私の答えに、ロイドも頷く。
ローレンスさんも、
「ルフトではモクモクの花を栽培していないので正確なことは言えませんが……恐らく同じような機械ではないかと思います」
と答えた。
フランシス兄さんは小声で囁いた。
「別に、毛の刈り取りから全ての工程をサキファ村でやらなきゃいけない訳じゃない。あまり遠方だと、輸送費の問題も出て来るけどな。まずは、モクモクの花を加工している工場を確認して、協力出来るか調べたらどうだ?」
そうか。
モサモサを見付けたことが私にとっては大発見だったから今まで気付かなかったけど、糸を紡いで衣類などに加工する、ということ自体は、元々オルビアでも行われていることなんだ。
モサモサが珍しいから、道具も何もかもルフトみたいな外国から入手して、加工の仕方も全て学び取らなければと思ったけど、国内で対応出来るものがあれば、応用して行けばいいんだわ。
実はさっきまで、ここで働いている人の中で、誰か一緒にオルビアに来て直接オルビアの人にやり方を教えてくれないものか、なんて無理やりなことを考えてみたりしてたんだけど。
さすがに、主婦パートが多いんじゃ、納得してオルビアまで来てくれる人を探す、ってのはさすがに難しいわよね。私達だってここまで来るのに、結局1週間以上かかっちゃったんだもの。
そう思って再度周囲を見回した時、私の視線は、指輪をした主婦達に混ざって働く、1人の女性に釘付けになった。
彼女は指輪をしておらず、周囲の女性達の中でも特に若かった。
けれど、私が視線を奪われてしまった理由は、別にあった。
彼女の肌の色は、他の人とは異なり、褐色だった。
南の方に、褐色の肌の人達ばかりの暮らす国がある、という話は聞いたことがある。
けれど、実際に見るのは初めてだった。
私の視線に気付いたからか、工場長が顔をしかめる。
従業員のことをじろじろ見ていて気分を害されただろうかと思っていると、工場長は、私に向かって何か言った。
「……何て言ってるの?」
私がローレンスさんに尋ねると、ローレンスさんは少し言いにくそうにしながら、
「お目汚しをして申し訳ありません。気分を害されたようであれば、奥に隠れるようにさせますが、と」
と言った。
私が見ていた女性に対する言葉だと分かって、耳を疑う。
「……ちょっと待って。何で気分が悪くなるの?じっと見てしまった私が謝ることはあっても、彼女は何もしてないでしょう」
思わず問い詰めるような態度になると、言葉は分からないなりに私が怒っていると察したらしい工場長は、何故私に怒られるのか分からないという困惑した表情になる。
何。何なの?この、人を人とも思わないような態度。
ひどく気分が悪くて、怒鳴ろうとした所を、フランシス兄さんに腕を捕まれ、止められる。
これ以上喋るなというように、人差し指を口元に押し当てて示され、私は黙る代わりに、
「……私は気分は害してないし、彼女の仕事の邪魔をするつもりはないわ。……だから、もう次の工程を見せてもらえない?」
と言って、その場を離れることにした。
移動する時、自分のことを話していたと気付いたらしい褐色の肌の女性が、立ち上がってこちらにお辞儀をした。
私は、私が彼女を見ていたせいで、彼女にも嫌な思いをさせてしまったと思い、自らも彼女に頭を下げた。
視線の隅に、彼女がひどく驚いた顔をしたのが映る。
彼女は何故ここにいて、何故、あんなことを言われながら、働いているのだろう。
どう考えても、工場長のあの態度で、いい扱いを受けているとは思えない。
工場長は、先程のことなどなかったかのように、にこやかに説明を続けたけれど、私の頭の中には彼女のことが残って離れなかった。
「フランシス兄さん。……さっきは、何で止めたの?」
その日、ローレンスさんが手配してくれていた宿に入り、夕食を摂りながら私が尋ねると、フランシス兄さんは苦い物を食べたような表情になって、答えた。
「……オーダは、外国とも広く国交を開いているから、肌の色が違おうが、話す言葉が違おうが、差別する人間は少ない。オルビアも、穏やかな気質の人間が多いし、面と向かって人を批判するような人間は少ないだろう。……けれど、世の中には、そうじゃない国もあるんだ。ルフトは……どちらかというと差別意識の強い国だ」
フランシス兄さんは続けた。
今まで、恐らくそれなりに温室で育って来た私が、知らなかった世界の話を。
「ルフトは、フワフワでも真っ白い色をウリにしている。うちの店はフワフワを糸の状態で仕入れ、染色を施した上で商品とすることもあるが、ルフトの人間はフワフワ本来の白を好み、染色出来ることは知っていても、国内ではほとんど流通させていない。今日行った工場でも、作っていないんだ。ルフトは、肌の色でも、白いことが美しく、好ましいとされている。……そこからすると、褐色の肌は異質で、恐ろしいとすら思う人間もいるようだ」
「恐ろしいって……同じ人間じゃない。あの人、何も悪いことしてないのに、私に向かって頭を下げてくれたわ。……絶対悪い人じゃなさそうなのに」
「……お前の言うことは正しい。……でも、そう思えるのは、お前が差別をしないような育ち方をして来たからだ。ルフトで産まれた子供は、彼女のような褐色の肌の人間や、例えば障害のある人のような、他と違う人間に、差別をする親達を見て育つ。……だから、それがおかしいとは思わないんだ」
そういう人達がいることは分かった。
それでも納得出来ずにいる私の頭を、フランシス兄さんは子供にするように撫でる。
「……実は、あの子のことは俺も前に見学させてもらった時から気にはなってたんだ」
フランシス兄さんは言った。
「あそこの会社の社長や、ローレンス嬢は海外への留学経験があり、比較的ルフトの他の人間よりはこちらよりの考え方を持っているが、他の奴は違う。彼女は、エリンと言って歳は17らしい。孤児院育ちで、出自はわからないそうだ。……ルフト以外の国の血が入っていることは間違いないと思うが、彼女自身はルフト以外の国には行ったことはない。……雇ったのは社長だが……あの扱いでも、エリンが工場の他の従業員達に追い出されず、働き続けているのには理由がある。……孤児院で育った子供や障害者……マイノリティーの人間を雇った会社には、国から毎年給付金が出る制度があるからだ。……むしろ、彼女は仕事が嫌になって辞めようにも、辞められない状況だろうな」
「……何よそれ!」
口や態度で差別はするのに、給付金が入るから辞めさせもしない。
そんな風に扱われる女性……しかも、10代の女の子がいるなんて。自分のことではないけれど、ひどく腹が立った。
「……アンナ。そういう状況もあるということを、俺は伝えたかっただけだ。王妃として、世界の色んな現状を知ることも必要だと思ったからな。……でも、俺やお前が何か言ったところで、たまたま立ち寄っただけの赤の他人だ。彼女は、ここを出たところで他に働き口があるかも分からない。あったところで、扱いはここと同じようなものだろう。……だから、自分から出て行こうとはしていないはずだ。……お前の怒りは分かるが、俺達に出来ることは何もない」
フランシス兄さんは静かに言った。
ひどく冷たいように思うのは、私が世間知らずだからなのだろうか。
それでも、どうしても納得が行かなくて、いっそオルビアに連れて帰って、糸紡ぎの仕事をしてくれないかとも考えたけれど、今、どうやって製品を作っていくか、全くまとまっていない状況で、彼女が例え付いて来てくれたとしても苦労をさせてしまうと思うと、そんなことも言えず。
結局私達は視察を終え、また船酔いに苦しむロイドと、来た時と同じだけの時間をかけてオルビアへと戻ったのだった。