1ー3
オルビアに戻ると、私は休む暇もなく城の図書室にこもり、キール兄さんから貰った本を熟読し、やはりモサモサからもフワフワのように糸が作れるに違いないと確信して、サキファ村へと向かった。
今回も、トレイスはお留守番。
……というか、しばらくは、私1人で動くことになった。
昨日、やっぱり国王夫妻が2人揃って、まだ上手く行くかもわからないことのために何度も城を空けるのは問題があるのではないかという意見がセレーネ以外からも出て、それであればせめて、最初にモサモサに目を付けた私に、責任を持って話を進めさせてもらえないかと申し出たのだ。
セレーネには、くれぐれも王妃様の1番のお仕事をお忘れなきよう、とまた釘を刺されたけどね。
まぁ、国王がしょっちゅう城を空けるってのは、確かに良くないかもしれない。王妃はいいのか、っていうとちょっと疑問だけど、しつこいようだけど、他に信用出来る代理人もいないし、私は私がやり出したことの責任を取らなくちゃ。
トレイスが一緒に行けないのはちょっと寂しいけど、頑張るって言って出て来たもの。
私、頑張るわ。
村長の号令で村の集会所に集まったのは、村長、ヨハンじいさんと孫2人、そして数人の村人だった。
王妃が直々に説明しに来ている割にはギャラリーが少ないけど、元々小さい村だし、こんなものかしら。
とにかく、ヨハンじいさんの説得が済まないとどうしようもないんだから、じいさんが話を聞きに来てくれただけいいと思おう。
「……まず、モサモサのことからね」
私は気を取り直して話し始めた。
「モサモサは、大昔に絶滅した、高級衣料の原料となるフワフワの祖先とも呼ばれる生物であることがわかったわ。何故オルビアにモサモサが生き残ったかは分からないし、古代のモサモサと全く同じ生き物なのか、フワフワとは別の進化を辿った別の生き物なのかは分からない。みんなは、フワフワの名前は聞いたことがあっても、どういう生き物か自体知らないと思うけど、これを見て」
私は、村人達にキール兄さんからもらった本のフワフワの絵を見せた。
「これが、モサモサじゃなくて、フワフワ?この絵の方がモサモサよりずっと綺麗だが、そっくりじゃないか」
働き盛りといった年齢の、村人男性Aが言った。
うんうん。そうやって盛り上げて頂戴。
「正確には、モサモサの方がフワフワよりも一回り大きいわ。毛が汚れているのは、そのものずばり、フワフワは高級衣料の材料となることもあって丹念に手入れをされているけど、モサモサは半ば放置状態だからね。ちゃんと洗えば、問題ないんだと思うわ」
「じゃあ、モサモサの毛も上手くすりゃ、フワフワと同じように高く売れて、大儲けできるってのか?」
「まだ確証はないわ。ただ、フワフワと同じように体毛から糸を作ることはかなり高い確率で可能だと思う。私はそれにかけたいの。だからヨハンおじいさん。……協力してくれない?」
ヨハンじいさんは、難しい顔で黙って話を聞いていた。私が問い掛けると、やっと口を開いた彼は、
「……肝心なことを聞いてない」
と言った。
「肝心なこと?」
「ワシはこの間、あんたに、毛を刈り取ったらモサモサが風邪をひくんじゃないかと聞いたはずだ。それは調べて来たのか?」
じいさんは、最初に会った時と違って、声を荒げることはせず、私をじっと見て、静かに言った。
ごくり、と私は唾を飲み込む。
私も、真摯に答えなければいけない時だ。
「……正直に言うわ。絶対にひかないとは言えない。けど、フワフワや古代のモサモサと同じであれば、春が1番毛が伸びる時期のはずなの。だから、春の暖かい日を狙って毛刈りをすると、1番量が取れて、風邪もひきにくいはずよ。夏の方がもっと都合がいいんじゃないかと思ったけど、夏に毛むくじゃらのままじゃ暑いから、時期を逃すと勝手に抜けて行ってしまうんですって。心当たりない?」
私が言うと、ヨハンじいさんの代わりに、じいさんの孫のうち弟の方……確かカイが、
「じいちゃん、暖かくなると、徐々にボロボロ毛が抜けてくじゃないか。ああいうことだろ」
と助け船を出してくれた。
「まぁ、放っておいても時期になれば勝手に毛が抜けて行って、寒くなれば新しい毛が生えて来ることは、おじいさんが誰よりも知ってるはずよ。だから、人の手で刈り取ったとしても、ちょっと毛の抜ける時期が早くなっただけで、時間が経てば自然と毛は生えて来るわ。……ねぇおじいさん、私、モサモサに賭けてみたいのよ。お願いします」
私の話を聞くと、ヨハンじいさんは、
「最後に……1つ、条件がある」
と言った。
もう、頑固だわ、このおじいさん。今度こそ折れてくれると思ったのに。
でも、飲める条件なら多少は飲むのが、取引ってものよね。こちらの要求だけが通る取引なんて、なかなかないもの。
「条件って?」
尋ねた私に帰って来たのは、思いもよらない言葉だった。
「……もし、モサモサの毛から上手いこと糸が出来て、金が儲かったら、この村に毛を刈り取らない、観賞用のモサモサを数匹残してくれ。それで、ワシにモサモサの動物園をやらせてくれんか?」
「モサモサの、動物園??」
ハテナマークで頭がいっぱいになった私に、じいさんは、
「モサモサは珍しい動物なんじゃろ。国の特産物みたいに有名になったら、モサモサとはこのように可愛い動物なんじゃと、みんなに広めたい。ワシは園長になって、ずっとモサモサに囲まれた幸せな生活を送るんじゃあ……」
と言った。彼の頭の中には、既に夢が広がっているらしく、こういうコーナーを作るのもいいのぉ、なんて目を輝かせている。
まだ試作前の段階なのに、私以上に夢を見てるわ、この人。
「……まぁ、おじいさんは動物園だけ作れたら大丈夫そうだけど、村長、村の人達、異論はない?試作をしてみて、上手く行きそうだと踏んだ上での建設にはなるけど、この村に、ゆくゆくモサモサの動物園と、モサモサを今みたいな野生じゃなく、ちゃんと育てるための牧場を作るかもって話なんだけど」
私がおじいさん家族とは別の人達に話を振ると、村長は、
「うちの村は小さい村ですから、予算はあまりないのです。モサモサの飼育のために新しい施設を建てたり、毛を刈り取るための設備を買ったりする場合は、資金は国から出るのでしょうか……」
と聞いて来た。
別の村人、今度は40代くらいだろう女性が、
「モサモサのエサも、どうしたらいいのかしら。丘の上に生えている草だけでは足りないらしくて、時々村の畑まで降りてきては、勝手に畑の作物を取って行っちゃったりして、困ってるのよ」
と尋ねて来る。
そうね、自分達の不利益となるかどうかは、確かに重要だと思う。
「この村からは極力お金を出さなくていいように働きかけてみるわ。現時点では、まだどれ位かかるかもわからないし、見積もりがないと予算会議にもかけられないもの。最悪、私のポケットマネーを使ってでも、村の不利益にならないように善処する。モサモサのエサも、他から調達する方向で調べましょう」
私が言うと、村人Aが半ば呆れたように、
「……なんで、モサモサにそこまで熱を上げるんだ?」
と聞いた。
そりゃあもう、私が始めた話だし、せっかくチャンスかもしれないんだもの。
ああ、でもそれよりも……。
「……私、商売がしたかったからかしら。私はオーダの出身だから、兄弟はみんな何かしらの会社を立ち上げたりして、商売をしてるの。でも私は、女だしゆくゆくは他国に嫁ぐ身だからと、同じようには出来なかった。……だから、今、ちょっとワクワクしてるのよ。このモサモサが、オルビアにどんな利益をもたらしてくれるかしら、って」
きっとそうなんだわ。
私、ずっとこういうことをしてみたかった。
セレーネあたりが聞いたら、私利私欲のために国民を振り回さないで下さい、なんて怒りそうだけど。
でも、誤解がないよう言っとくけど、1番重要なのはオルビアにとって利益となること、なのよ。採算が合わないことがわかったら、ちゃんとその時は判断する。
「そんなもんかねぇ」
「あら、私、ちょっと分かるわぁ。私子供の頃、父親がやってた大工になりたかったのよねぇ」
村人達は、全面的に納得した、という訳ではないけれど、取り敢えず今後モサモサを保護し、モサモサを育てる環境(そしてゆくゆくは動物園?)を整えて行く、ということには、概ね反対意見はないようだった。
「……異論はないってことでいいかしら。……じゃあ、次の話に入るわね」
私は村人達をぐるっと見回し、次の提案に移ることにした。
実は、今日の本題はこっちなのだ。
「……取り敢えず、糸が実際に出来るかどうかを試してみないと話は始まらないんだけど、実はね、私の兄がフワフワも扱ってる洋品店を経営していて、私が知る限りでは世界で唯一フワフワを飼育している国、ルフトで、フワフワの毛刈りから糸になるまでの工程を視察出来るように話を取り付けてくれたの」
私が言うと、村人達がどよめく。
ここまではいい反応だ。
でも、ここで話をしたのは、ただ私が1人で視察に行くからじゃない。
「最初はモサモサの毛を取り敢えずどうにか刈り取ってしまって、ルフトなり、糸紡ぎの技術のある国に持って行って、糸にしてもらおうかとも思ったんだけど。どうせなら、自国で全てのことが出来た方が良いじゃない?……だからね、この村で、出来れば実際に毛刈りや糸紡ぎの工程を仕事にしてくれそうな人に、一緒に付いて来て、作業を覚えて来て欲しいのよ。覚えて来てから、実際に毛を刈って、実験してみましょう」
今度は、村人達が一様に困惑顔になる。
そりゃあそうだ。ルフトは海の向こうの国。
下手したら、田舎の村の村人の彼らは、どこにある国かもよく分かっていないかもしれない。
しかも、実際に仕事にするとなると、モサモサの毛刈りの時期は春。農業に従事する人が多い村では、春野菜の収穫時期とも重なる。
でも、私には少し期待している人がいた。
彼が名乗り出てくれたらいいんだけど。
すると、私の思いが通じたのか、ヨハンじいさんの孫のうち兄の方、ロイドが手を挙げた。
実は、私は最初からロイドに目を付けていたのだ。もし、誰も手を挙げなかったら、彼に行けないか尋ねてみるつもりだった。
自分から手を挙げてくれてよかったわ。
「俺なら、今は多少野菜を育てたりもしていますが、祖父の大事にしているモサモサのことですし、仕事として収入が入るのであれば、モサモサの飼育に従事することになっても構いません。王妃様、そして村のみんな。俺でもいいでしょうか」
ヨハンじいさんの孫とは思えない丁寧で好印象な態度に、村の人達も歓迎の拍手をする。
彼が弟のカイに
「……カイ、じいちゃんをしばらく頼むな」
と言うと、弟の方も、
「……うん。兄ちゃんこそよろしくね」
と答えた。本当に、この兄弟あのじいさんの孫かしら。
それとも、あのじいさんと一緒に暮らして面倒を見ているうちに、出来た人間になっちゃったのかしら。
「……ロイド。手を挙げてくれて嬉しいわ。それじゃあ、早速だけど、出掛ける支度をしてくれる?オーダまで馬車で3日、それから船に乗って更に3日かけないと、ルフトには辿り着けないの。……早いうちに行って来ないと、モサモサの毛刈りにいい時期を逃してしまうわ」
私が言うと、ロイドは私に頷いて、支度をしに自分の家に戻って行った。