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ロバートと話をしてから数日後。
私は、サキファ村に向かい、テオと話をすることにした。
牧場の増築で出来た、食堂スペースに向かい合って座り、
「……あなたの義弟と言う人が城に訪ねて来たわ」
とストレートに告げると、テオは軽く皮肉っぽい笑みを浮かべた。
「最近姿を見なくなったので、やっと諦めて帰ったかと思っていましたが、直接王妃様の所へ伺うとは。……恐らく、独断での行動でしょう。以前からよく考えて行動しろと注意して来たのに、やはりまだまだですね」
「……人違いだとか、否定したりはしないのね」
テオが素直に義弟……ロバートとの関係を認めたことに驚いて私が言うと、テオは、
「隠そうとしたところで無駄でしょう」
と答えた。
「国王陛下は偽名を使っているナイジェルの出自すら記憶されていたと伺いました。きっと、私を含め他の人間のことも、調べはついていると思いますよ。……王妃様の会社で働かせる人間ですからね」
「……そうなのかしら」
トレイスは確かに、一度会っただけだったはずのナイジェルのことを覚えていて、わざと彼の生まれ育ったサキファ村で働くように仕向けた。
今まで気にしたことがなかったけれど、もしかしたら他の仲間達の出自も掴んでいたんだろうか。……今度聞いてみよう。
でも、今重要なのは、トレイスがテオ達の出自を元々知っていたのか、ではない。
「……ではテオ。……いいえ、テオドール。あなたはコリンズ商会で働いていた……。そして、現社長の娘婿だった。それを、認めるのね?」
私が言うと、テオは静かに
「……はい」
と頷いた。
「王妃様や国王陛下はコリンズ商会に害となるようなことはなさらないと信用して申し上げます。私は確かにコリンズ商会で働いておりました。社長にも、大変にお世話になりました。だからこそ、ナイジェルに付いて行くと決めた時、縁を切る決意をしました。……ですから、ロバートが何を言ったかは知りませんが、コリンズ商会に戻る気はありません。……ロバートはまだまだ浅慮なところはありますが、まったく見込みのない人間でもありません。ロバートがちゃんと、私のことなど頼りにせずに仕事に励めば、私などおらずともコリンズ商会は末長く続いて行くことになるでしょう。一度犯罪を犯した私など、コリンズ商会にとって障害にしかならない」
テオと話をしようと思ったのは、ロバートの言う通りテオを説得しようと思ったからじゃない。
ロバートの話を鵜呑みにしたら、フェアじゃない。両方の言い分を聞こうと思ったから。
そして、テオが戻らないと言うだろうことも、分かっていた。だって、戻りたいならロバートがサキファ村に来た時点で放っておくはずがない。
私が確認したかったのは、別のことだった。
「あなた、ミトの街に奥様がいるんですってね」
私が言うと、テオの表情が一瞬強張った。
「……ロバートが、あなたがいなくなってからずっと塞ぎ込んでいると言っていたわ。……仲睦まじい夫婦だったって。奥様と、会わなくていいの?」
「……ナイジェルに付いて行くと決めた時に縁を切ると決めたのは彼女のことも同じです。社長に溺愛されて育った彼女が、犯罪を犯した男が夫だなどと、後ろ指を指されて暮らすなど……。離婚届はサインして置いて来ました。それを彼女が出したかは分かりませんが……。もし、私に未練があるのなら、早く忘れて幸せになれと、そうお伝え下さい」
ああ、やっぱり。
私は、確信していた。
この人はきっと、今でも奥様のことを想っているはずだ。だからこそ、自分から会いたいとは言えないんだと。
ナイジェル達は、隠れて不法なことをしている人間を裁く、義賊のようなことをしていた。
ナイジェル自身も偽名を使い、生まれ育ったサキファ村とは縁を切り……そして、今は彼が村長の息子であることは周知の事実なのに、一応表向きは別人、ということになっている。
ナイジェルの場合は、彼の父親である村長が、ナイジェルのして来たことを認めていないことが大きいんだと思う。
でも、テオの場合は、また事情が違う気がする。
お節介かもしれないなぁと思いながら、私はコリンズ商会を訪ねてみることにした。
突然訪ねても驚かせてしまうと思い、一応事前に連絡を入れてから訪ねて行くと、コリンズ商会の社長、ドナルド・コリンズは恐縮した顔で額の汗をしきりに拭いながら私を迎え、後ろに控えていたロバートは真っ青な顔をしていた。
自分が私に会いに行ったことを、恐らく彼は義父達に伝えていないんだろう。
テオは、浅慮なところはあるけれど見込みがない訳じゃないと言っていたけど……本当にそうなのか疑わしい、と私は心の中で思った。
「私が運営する会社で、テオドールという従業員が働いています。そのことで、お話をしに来ました」
工務店だという会社の中には、現場で作業を担当しているのだろう、体格のいい男の人達が出入りしていて、ざわざわと騒がしかった。
私が言うと、コリンズ社長は、他の従業員達を気にする素振りを見せながら、
「……狭いところですが、こちらへ」
と言って、私を社長室へと通した。
慌てて一緒に付いて来ようとしたロバートには
「社長と話をするから」
と言って追い返す。代わりに、
「それと……社長の上のお嬢さん、もし可能なら呼んでもらえるかしら」
と告げると、今度はロバートの隣で不安げな顔をして立っていた女性がどこかへ走って行った。
あれが、ロバートの妻だというコリンズ商会の次女なんだろう。だとすると、走って行ったのは彼女の姉のところ。
多分彼女が姉を連れて来てくれるだろう。
私は先にコリンズ社長に確認しておくことにした。
「テオドールは、あなたの会社で働く元従業員で、あなたの義理の息子だった。それは間違いないかしら?」
コリンズ社長はため息をつきながら言った。
「……まだ、戸籍上は息子です。娘は、離婚届は出していません。毎日のように泣き続ける娘が可哀想で、いっそ離婚して新しい相手を見つけた方がいいのではと思いましたが、あれは、テオドール以外を伴侶とすることなど考えられないようです」
「……彼に、もう一度会社に戻って欲しいと思っている?」
「……それは……テオドールは優秀な後継者でしたよ。期待していました。……けれど、あの真面目な男が決心して出て行った場所に、戻って来るとは思えません。会社は、次女の夫のロバートに。それは、気持ちを切り替えたつもりです」
ロバートは、まだ覚悟が足りないようですがね、とコリンズ社長は苦笑する。
彼自身は、義理の息子であるロバートよりは、テオが出て行ったことを受け入れ、次へ進もうとしているようだった。
「けれど……先程言ったように娘は可愛いですから。娘には幸せになってもらいたいとは思うのですがね……」
そう話していた時、部屋の扉が開いて、1人の女性が入って来た。
「……テオのことで訪ねて来られたと伺いました。ミレーヌと申します」
先程いずこかへ走って行ったロバートの妻に促される形で、そう言って一礼したのは、小柄で華奢な、世の中の男性が守ってあげたくなるような女性だった。
「……あなたは、彼のことをテオと呼ぶのね」
何気なく私が言うと、彼女は
「幼い頃から、近しい人にはそう呼ばれていたと彼が言うので、私はずっとそう呼んでいました」
と答えた。
「彼は……元気にしていますか?」
「体調的には、元気だと思うわよ。毎日牧場で作業しているはずだから」
私が答えると、ミレーヌは少しほっとしたように表情を緩めた。
私も、その素振りから彼女がまだテオのことを想っていることを感じて、頰が緩む。
私がここに来ようと思ったのは、テオの義父であるコリンズ社長よりも、彼女と話したい気持ちが大きかった。
テオの妻だという彼女がどういう人で、どう思っていて、どうしたいのか、知った上で、私は何かしてあげるべきなのか知りたかったんだ。
私はコリンズ社長に外に出ていてもらうように言い、ミレーヌと2人で話をすることにした。




