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王妃ですが、社長に就任しました。  作者: 椎名実由
第1章 新たな利益を求めて
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1ー2

「王妃様。他の国から嫁いで来られた王妃様に、オルビアのために、とご尽力いただけることは大変ありがたいとは思いますが、やはり王妃様の1番のお仕事はお世継ぎであるお子様を産むことですから」


 くどくどと続く小言を、私は聞かない振りで手を動かし続ける。


「王妃様はもう22歳。国王様に至ってはもう27歳。王妃様のご年齢には、もう母校陛下は既に国王様をお産みでしたよ?お2人が結婚されて1年。国民が心待ちにしているのは、何よりお世継ぎの誕生です」


 今は昼食の真っ最中で、今日のメイン料理は私の大好きなチキンのトマト煮だ。

 仰ることはもっともだけど、お願いだから、ゆっくり、ちゃんと食事を楽しませてもらいたい。


「聞いてらっしゃいますか!?アンナ様!」

 ついに大きな声が出て、私は溜め息をつきながらナイフとフォークを置いた。

 うう、もっとゆっくり食べたかった。


「……分かってるわよ、セレーネ。私のお役目は、何よりもトレイスの子供を産み、トレイスを支えること。ちゃんと分かってますから。でもね、子供が出来たとしても、のびのびと育てるためには、環境も大事でしょ。肝心の国が傾いてたら、安心して育てられないじゃない」

 私は、小言を続けていたセレーネに言った。

 彼女は、私の義理の母でトレイスのお母様である母后陛下の侍女で、男ばかりの兄弟に囲まれて育ち、商売に興味はあるけれど社交界でのマナーやらダンスやらに若干疎かった私に、それらを叩き込んだ先生でもある。

 ちなみに、トレイスのお父様である先の国王様は私達が結婚してすぐに亡くなられ、長男であるトレイスが国王となった訳だ。


「そうですよ、セレーネ、この国のことをアンナがこんなにも考えてくれること、私は感謝していますよ」

 尚も眉間に皺を寄せているセレーネに、母后陛下も仲裁に入ってくれた。

 さすがはお義母かあ様。

 トレイスにそっくりな、国民性を体現したような穏やかさ。

 優しいお姑様に恵まれて、アンナは幸せ者ですっ。


 かたやセレーネは、主である母后陛下に言われて一応は黙ったものの、まだ何か言いたげだ。

 この人、オルビア生まれのオルビア育ちだと言うけど、絶対嘘だと思う。


「とにかく、先日採取したモサモサの毛が、本当に使えるのか、確認するところからです。兄達にアポイントを取りましたので、明日からしばらく出掛けて来ますわ」

 セレーネの視線は痛いけど、取り敢えず口は挟まなくなったので、私は母后陛下とトレイスに向けて宣言した。


 それぞれ事業をしている兄達の中に、モサモサの毛に利用価値がありそうかどうか、意見をくれそうな人に心当たりがあり、先日、相談事の概要と、アポイントを求める手紙を送っていた。

 今日、その返事が帰って来て、すぐにでも出掛けることになったのだ。

「ごめんね。今回は一緒に行けなくて」

 さすがに、何日もかけて国外に行き、その間国王が不在となるのはまずいということで、今回はトレイスは留守番をすることになった。

 でも、気にしてくれるようになっただけ、進歩だと思う。

 私はトレイスににっこり笑うと、言った。

「私が嬉しい報告を持って帰れるように、祈っててね」


 3日間馬車に揺られ、私は生まれ育ったオーダの門をくぐった。

 目指すのは、次兄であるフランシス兄さんの経営する洋品店だ。

 せっかくオーダまで来たけれど、今回は里帰りに来た訳ではないので、生まれ育った王城には立ち寄らない予定でいる。

 だって今は、私の国はオルビアなんだもの。


 私は、オーダの現国王の末子にして1人娘。

 実は、私の上には男の兄弟が、皇太子として城に残っている長兄、洋品店を経営する次兄を含め、6人いる。ちなみに、オーダは一夫一妻性なので、全て同腹の兄弟だ。

 両親はどうしても娘が欲しかったというのだけれど、我が親ながら、よくもまぁ頑張ったものだと思う。


「フランシス兄さん。時間を作ってくれてありがとう」

 私が彼の店に入り、姿を見付けて呼び掛けると、店にディスプレイされた洋服を整えていた兄は、私の方に顔を向け、

「おぅ。来たな。キールも来てるぞ」

 と言った。

 フランシス兄さんが指差す先には、もう1人、私が会いたいと手紙を書いていた兄が待っていて、こちらに気付いて立ち上がった。


 四男のキール兄さんは私達兄弟の中では1番の変わり者で、長男以外、何かしらの商売を始めた他の兄弟と違い、唯一、獣医の道を選んだ人だ。

 彼は幼い頃から動物が大好きで、今は動物園に勤め、専属の獣医として働いている。


 洋品店を営むフランシス兄さんと、獣医で動物に詳しいキール兄さん。

 この2人が揃えば、モサモサについて確実な情報が入るのではないかと思ったのだ。

商売をするには、使えるコネはしっかり使わないとね!


 私達は3人でフランシス兄さんの店舗の奥にある商談スペースに並んで座り、話をする事にした。

「早速本題に入るわね。手紙で書いたのは、この毛のことなの。それが正式な名前なのか分からないけど、地元の人はモサモサと呼んでたわ」

 私は、透明な袋に入れて封をした、ヨハンじいさんの孫のロイドに取ってもらったモサモサの毛を、机の上に出した。


 フランシス兄さんがまずそれを袋ごと手に取り、掲げるようにして見る。

「……きったねぇ……けど、確かに、パッと見は、フワフワの毛に似てはいるな。毛の量は、フワフワと同じ位あるのか?」

「多分、フワフワより全体的に大きいと思うの。だから、毛の量も下手したらフワフワより多いんじゃないかと思う」

「マジか。じゃあ、衣料に向いてるかは分からないけど、糸が作れる可能性は高いな」

「本当!?」

「上手く行ったら、俺にも1枚噛ませろよ」


 俄かに盛り上がる私とフランシス兄さんの隣で、キール兄さんはじっと、フランシス兄さんの手にあるモサモサの毛を見つめていた。


「……ちょっと、見せて」

「あ、すまんすまん」

 フランシス兄さんからモサモサの毛を受け取ると、キール兄さんは、何もそこまで、と思う位目の近くにモサモサの毛を持って行き、よりじっくりと見つめ始めた。


 キール兄さんは元々そんなに喋るタイプではないので、黙ってじっと毛を見つめ続けている彼を、私とフランシス兄さんは若干引き気味に見守った。

 しばらくして、取り敢えず気が済んだらしく、袋をテーブルに置いたキール兄さんに、フランシス兄さんが、

「……なんか、分かったか?」

 と聞くと、キール兄さんは頷き、持っていたカバンの中から分厚い本を取り出した。


「アンナから手紙をもらって、特徴を聞いた時に、まさかと思ったが……もしかするともしかするかもしれん」

 キール兄さんは、何かのページを探すように、分厚い本のページをめくって行く。

「……あった、ここだ」

 キール兄さんが示したページには、見覚えのある動物の絵が描かれている。

「これは……フワフワか?」

 本を覗き込んだフランシス兄さんが尋ねた。

 いや、違う。これは……。

 私が言うより先に、キール兄さんが答える。


「これがフワフワ、そして、これより一回り大きいこっちが、何百年も前に絶滅したとされ、フワフワの祖先とも言われる、モサモサだ」

 キール兄さんの示したページには、とてもよく似ているけれど、大きさの違う2匹の動物が描かれていた。

 というか、モサモサって本当にモサモサって名前だったのね。


「これって、どういうこと?この本、見たこともない文字で書かれてるけど」

 私が尋ねると、フランシス兄さんが、

「……これ、もしかして、ルフトの古代文字か?」

 と言った。キール兄さんが頷く。

 ルフトは、今フワフワを私の知る限り唯一まとまった数飼育している国だ。

 子供の頃に私がフワフワを見たのも、ルフトでだった。


 キール兄さんは、

「これは、数百年前にルフトで書かれた本だ。この本が書かれた時点で、モサモサは絶滅していたとある。そして、モサモサが進化して生まれたのが、フワフワだと。……どうやら、この本によるとモサモサは、フワフワと比べると体毛は太く、硬かったらしいな」

 と言った。


「……ということは、オルビアの山奥の村にいたモサモサは、この古代生物のモサモサが、何らかの理由で生き残ったものってこと?……だとすると、フワフワみたいにふわふわの衣類を作る事は出来ないのかしら。……せっかく、良いものを見付けたと思ったのに」

 私が少なからず落胆していると、フランシス兄さんが、

「フワフワと同じでなくとも、逆に強い繊維であれば、衣類以外に違った利用価値があるかもしれないぞ。バッグとかどうだ。破れにくい素材であれば、売りになるんじゃないか」

 とフォローをしてくれる。

 次いでキール兄さんも、

「まぁ、お前の言っているモサモサが、この本に書かれているモサモサと同じであるとは限らないしな」

 と言った。


「どういうこと?」

「モサモサが進化したのがフワフワと言われているんだ。数百年前に絶滅したと思われたモサモサが、何らかの理由で実はオルビアの山奥には生き残った、という可能性はあるが、その当時のままの状態で、今日まで来たとも考えにくい。……つまり、今オルビアにいるモサモサは、モサモサであってモサモサでないと言うことだ。……フワフワに進化したグループがあったように、オルビアのモサモサも、古代のモサモサとは別の進化を遂げているかもしれない可能性があるということさ」

 キール兄さんってば、普段は全然喋らないくせに、今日はよく喋るわ。

 やっぱり、オタクって自分の好きな話に関してだけは多弁になるのね。


「まぁ、とにかくやってみるしかないんじゃないのか。聞く限りは行けそうだと思うけど、実際に糸に出来るか、試してみないと話は始まらないだろ。さすがに、この量の毛じゃ、テスト用としては少ない。もう少し、量を用意できないのか?」

 キール兄さんの話を一緒に聞いていたフランシス兄さんが言った。

 まぁそうよね。今話してるだけじゃ、机上論だもの。


「それも相談事のひとつなの。モサモサを可愛がってるおじいさんが頑固でね。モサモサから毛を刈り取ったら、風邪ひくんじゃないかとか言って、これだけの量取って来るのが精一杯だったの。もう少しおじいさんを納得させるようなことが本に書いてないかと思ってオルビアでも探してみたんだけど、オルビアにはフワフワはいないし、モサモサは勿論、フワフワの生態について書かれた本も、1個も見付けられなかったのよね」

 すると、キール兄さんが、カバンからおもむろに、今度は薄めの本を取り出した。

 ありがたいけど、もう一冊あったのね、兄さん。


「何だか……今度は可愛い絵の書かれた本ね」

 私が言うと、キール兄さんは頷いた。

「これは数年前にルフトで出版された子供向けにフワフワの生態を解説する本を、オーダで翻訳して出したものだ」

 ルフトは、同じ大陸にあるオルビアとオーダと違い、海を渡った向こうにある国で、喋る言語や文字もこちらの大陸とは異なる。

 オルビアとオーダのある大陸内では、多少の訛りなどはあるものの、基本的にはどの国も同じ言語を使用していて、全世界で1番使用している人口が多い。

 オーダは、広く色んな国と外交をしながら商売をしていて、ルフトとも特にフワフワ製の衣類の輸入で取引があるけれど、オルビアはほとんど交流がないので、オルビアでは出版されていないのだろう。

 ちなみに、オルビアに輸入されてくるわずかな量のフワフワ製品は、オーダを介しての輸入品である。


 パラパラとページをめくってみると、キール兄さんの持って来た本には子供向けと言いながらも、フワフワの生態から、毛の刈り取り方まで、なかなかにしっかりと解説がしてあるようだ。


「ありがとう兄さん達。取り敢えずこれを熟読して、おじいさんを説得してみる。……2人が協力してくれて、本当に助かるわ。大好きよ」

 私は言うと、両手を広げて2人の兄をぎゅっと抱き締める。

「俺もだよ」

 とフランシス兄さんが言い、キール兄さんも頷く。


 よしよし、2人共、可愛い妹アピールに魅了されてますな。

 2人を含め、兄達は総じて、兄弟の中で唯一の女の子である私に甘い。

 それは、私が単純に妹だからというだけではなく、長年こうやって『可愛い妹』を演じて来たことも大きい、と自分では思っている。

 さぁ兄さん達。2人に限らず、これからオルビアの将来のために、役に立つだけ立ってもらうわよ。


 そんな私の考えを知ってか知らずか、フランシス兄さんが

「まぁ、そのじいさんを説得できたら、同行はしてやるから、一緒にルフトまで行って、フワフワの毛の加工工程とか、視察した方がいいかもな。……出来れば、オルビアで実際に加工工程に従事する人間が付いて行けると手っ取り早いが……さすがにそこまでは決まってないか?」

 と聞いた。私は微笑み、

「それについては、ちょっと目星を付けてはいるのよ」

 と答えた。

「とにかく、この本をしっかり読んで、実際にモサモサに当てはまるか、違うところはどこかを精査してみるわ。ありがとう」


 取り敢えず、一歩前進だ。

 私は2人の兄に別れを告げると、意気揚々と来た時と同じように3日かけてオルビアへと帰還したのだった。

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