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王妃ですが、社長に就任しました。  作者: 椎名実由
第2章 社長就任!?
10/29

2ー2

 フランシス兄さんにも確認してもらったところ、お父様が私に託してくれた財産は、モサモサの飼育と加工工場の設備を整える初期費用を全て捻出しても余りある金額だった。

 私と兄さんは、皇太子となるまでの短期間でその財産を得たというお父様の手腕に内心驚きつつ、私がオーダに滞在している間に、今後について話し合った。

 オーダに来る時は、私を溺愛するお父様が、私をしばらく帰してくれないんじゃないかと思ったけど、お父様は私がお父様からお金を借りて、社長になると宣言したことでとても上機嫌になり、3日間程城に滞在し、話し相手になり一緒に食事をしただけで、さぁ早く帰ってなすべきことをしなさいと、私を解放してくれた。


 フランシス兄さんと相談した結果、私は帰国するとすぐに、国王である前に私の旦那様であるトレイスに、資金が確保出来たこととその経緯、それから、私が社長になってモサモサを扱う会社を始めたいことを伝えた。

 まずは、家族の同意が大事だと、愛妻家でもある兄さんが言ったからだ。

 私も、トレイスが嫌がることを無理やりするなんて、出来ればしたくない。

 オーダならまだしも、オルビアでは王妃が会社社長になるなんて前例がないことのはずだ。

 トレイスはどう思うんだろうとドキドキしながら告げた私に、トレイスは人の良さそうな笑顔を浮かべて、

「僕は反対しないよ。期待してるね、アンナ。無理はしないでね」

 と言ってくれた。

 私はトレイスが旦那様で本当に幸せ者だ。

 私が感動して思わずぎゅうっと愛しい旦那様を抱き締めると、トレイスは黙って私の背中をぽんぽんしてくれた。

 ああ、もう。大好きよトレイス。


 トレイスへの報告を終えると、私は次に議会に同じことを報告した。

 一度、国王であるトレイスの口から議会で私が資金を確保出来た場合は、モサモサについては私の好きにさせる、という提案があって、承認されているけれど、念押しをしておいた方がいいだろうという、これまたフランシス兄さんの意見から。

 とにかく、こういうことは確実に、証拠として記録を残して行くことが必要なんだそうだ。

 議会の出席者達はまた一様に困惑顔だったけれど、前にも承認してしまっているので否とも言えなかったのだろう。改めて正式に、私がモサモサについての会社を興して、社長として整備を進めること。そのために城で使っていない一部の建物を使用すること、なんかが承認された。


 次に私が向かったのはサキファ村。

 まずは村長とロイド、それからヨハンじいさんにしばらく顔を出せていなかったことを詫び、私が社長になって会社を興すことになったこと、モサモサの飼育のために必要な設備について、資金面は会社で負担し、ロイドにお給料も出すことを説明した。

 村長は王妃である私が社長になるということに怪訝そうな顔になったけれど、今までの迷惑料と、こちらが指示を出す前にモサモサの飼育小屋を建てたり、今まで村総出で協力してくれたことの対価として、私がお金を渡したので、特に文句は言わなかった。

 ……ちゃんと、協力してくれた村の人達に還元してよね、村長。


 ロイドは、私が社長になるので、社員として働いて欲しいと説明すると、驚いた様子で、

「王妃様が俺の上司になるんですね……」

 と言った。

「……会社で王妃様はないわね。社長かしら、やっばりここは」

 私が苦笑すると、ロイドは素直に、

「はい、社長。……いやぁ、何だか不思議ですね、よろしくお願いします」

 と言った。

 うん。社長って呼ばれるの、悪くないわ。

 私も満更でない気分になった。

 ロイドと一緒にモサモサの飼育を手伝ってくれているので、一応ロイドを牧場長とし、ロイドの弟のカイも、社員扱いとすることになった。

 一緒にルフトまで視察に行ったロイドは、それでも私と話すことに慣れて来ているけど、今までほとんど私と直接話したことのなかったカイは、ロイド以上に恐縮した様子で、

「……よろしく、お願いしますっ」

 と顔を真っ赤にして言った。

 ……やだわ。この兄弟見てると、お姉さんちょっと意地悪したくなっちゃうじゃない。

 

 ロイドとカイには、今後モサモサの飼育について設備を追加したい場合は、社長である、私に使い道と予算を申請して、承認を得てからにすること。それから、モサモサの食料について、牧草などを他の村から入手する方法を調べて私に報告し、承認を得てから定期的に購入するように伝えて、取り敢えず村を後にした。

 私が社長になるとは言っても、ずっとサキファ村に常駐している訳にはいかない。一応王妃だし、社長とはいえ王妃業を疎かにすることも出来ないもの。

 だから、サキファ村には時々様子を見に来ることにはなるけど、ある程度のことは、今まで通りロイド達に自ら動いてやってもらわなければいけない。

 そのためには、特に責任者となるロイドを……社員を信用して任せなければいけない。

 覚悟してルフトまで付いて行った彼のことだもの。きっと頑張ってくれるわよね。

 ……期待してるわよ、ロイド。

 私は、心の中で呟いた。


 サキファ村のモサモサの飼育について話をしたので、私は次にモサモサの加工工場設立の準備を始めた。

 まず向かったのは、先日のお茶会の際に、自分でもよければ保育士をやってみたいと言ってくれた、元教師だという40代位の女性のところ。

 実際に働いてくれる人は勿論必要だけど、王都オルビアンに住む、今まで働きたくても働けなかった若いお母さん達が安心して働ける環境を作って、新しい人材の確保、かつ新しい働き方のモデルケースにしたい。

 そのためには、まず保育所を開くために、保育士さんの確保が出来なければ、せっかく働きたいお母さん達が集まってくれても、安心して仕事をしてもらうことが出来ないもの。


 お茶会の時に会った、元教師の女性は、ナージャさんといって、王都オルビアンの隣町に住む、47歳の主婦だった。

 私が訪ねて行くと、驚きながらも私を家の中に招き入れ、恐縮すると言いながらお茶を出してくれた彼女は、改めて聞いてみると、20代で出産を機に教師を辞めるまでは、10歳前後の子供達に国語を教えていたという。

 2人の子供ももう大きくなり、出来れば若い頃のように子供を相手にした仕事が出来たらいいけれど、もう一度教師になるにはブランクがあり過ぎて不安だと思っていたらしい。


「……でも、王妃様。本当に、オルビアで初めての保育所で働く人間が、私でいいんでしょうか?勿論、やらせて頂けるならとても光栄ですし、精一杯勤めたいと思いますが……もっと、学者さんとか、立派な方がいいのでは……」

 やってみたいという気持ちと、恐縮とに揺れているらしい彼女に、私はゆっくりと話し掛ける。彼女は、私の勘が正しければ、今回私が設置したい保育所に、なくてはならない人だ。

「ナージャさん。子供は好きでしょう?それに、2人のお子さんを育てて、時に悪いことをしたら怒ったり、そういうことも知ってる。そうでしょ?」

「それは、自信を持って」

 思わず即答した彼女に、私はにっこりと笑う。


「私が求めてるのは、そういう人よ。保育所がいくつもあるオーダでは、子供のいない若い保育士さんもいる。例えばナージャさんが以前されていた教師だって、子供さんを産む前、独身の頃からされていたのよね?でも、多分保育士って、教師とはまた少し違って、働いているお母さんの相談にも乗って、子供にも愛情を持って、でも甘えさせるだけじゃなく、接していかなきゃいけないと思うの。保育所が軌道に乗ったら、子供のいない若い人でも、そういうことが出来る人を育てることは出来るかもしれない。でも、オルビアで保育所が根付いていない今は、教師とお母さん、両方の経験があるあなたほど、向いている人はいないと思うの」

「……物凄く、光栄です。私が子供を育てて来たことが、私の仕事にプラスになるなんて。そんな風に誰かに……しかも王妃様のような方に言ってもらえる日が来るなんて、思いもしませんでした……!」

 私の言葉に、ナージャさんは興奮気味に言った。

「じゃあ、お願いできるかしら?」

 念を押すように言うと、彼女はこくこくと何度も頷く。

 良かった。彼女が同意してくれなければ、1から人を探さなければいけなかったもの。

 私は、話しついでに、他にも同じような状況で、保育士に向いている人、働けそうな人がいないか彼女に尋ねた。

 すると、オルビア人の気質の1つである、情の厚さゆえか、彼女は責任を持って、教師時代の知り合いを頼って声を掛けてみると請け負ってくれた。

 ロイドに引き続き、私はまた心強い思いになりながら、ナージャさん以外に働けそうな人がいたら連絡をもらい、一度面接をさせてもらってから、問題がなさそうであれば実際に働いて貰うようにすることを約束し、ひとまず彼女と別れた。


 保育所も、取り敢えずナージャさんからはいい返事がもらえ、本当は工場で働く人を募りたい所だけれど、ナージャさんが保育所で働いてくれそうな人を探してくれるまでは、保育士が何人になるかが分からないので、保育所で何人が受け入れられるか分からない。

 工場で使う、糸車などの設備も、働く人数によっても変わって来るので、まだ準備が出来ない。

 ナージャさんに保育所についてのお願いをした後、私が取り掛かった仕事は、加工工場で働く人達に技術を伝授する、指導役の確保だった。

 国内にも、糸紡ぎや機織りの技術のある人がいることは分かっている。

 けれど、モクモクの加工工場がどこも人手不足であるらしいことを知ったこともあり、私にはある考えが浮かんでいた。

 私の考えをフランシス兄さんに相談すると、兄さんは肯定も否定も出来ないようで、複雑そうな顔になった。

「……まぁ、本人の意思が何よりも問題だろう。……いいよ。会わせてもらうように話は付ける。……お前が、直接話して説得するんだな」

 フランシス兄さんはそう言って、私が目星を付けたその人と会う約束を取り付けてくれた。

 私はフランシス兄さんにお礼を言い、今度は、ロイドもフランシス兄さんもキール兄さんも同伴せず、1人で約束の場所へ向かった。

 オルビアから馬車で3日掛けてオーダまで。オーダの港からフランシス兄さんの手配してくれた船に乗り、また3日掛けてルフトまで。

 私が向かったのは、私達が先日お世話になった会社の、最初にローレンスさんと会った本社ビルだった。


「やぁ、あなたがオルビア王妃殿下。フランシスの妹君だね。先日は留守にしていて申し訳なかった。私が、この会社の社長のクルーガーだ」

 今回出迎えてくれたのは秘書のローレンスさんではなく、クルーガー社長本人だった。ローレンスさんと同様に、フランシス兄さんの話では留学経験があるという彼もオルビアやオーダで使われている共用語が堪能な様子で、通訳を付けなくても私に直接話し掛けてくる。


 フランシス兄さんとは友人の1人としてもビジネスパートナーとしても友好的な関係であるという彼は、フランシス兄さんと同じくらいか、もしかすると少し年上くらいの、迫力のある男性だった。

 いや、体格が、とかではなく、オーラがあるというか、年配と言われるような年齢ではないと思うのに、社長さんらしい風格がある。

「……あの、兄からご相談があったかと思うんですが」

 と私が切り出すと、クルーガー社長は

「聞いているよ」

 と答えた。

「エリンをオルビアに迎えて、指導的な役割を担って欲しい。そういう申し出だったね」

 社長の言葉に、私は頷く。

 私が指導的な立場として頭に浮かべたのは、ルフトを視察した際に会った、褐色の肌の女性……エリンだった。

 オルビアで褐色の肌の人を見たことは一度もない。オルビアでも彼女が目立ってしまうのは仕方がないかもしれない。

 でも、情に厚いオルビアの人達なら、このままルフトで働き続けるより、ずっと彼女に優しくしてくれるかもしれない。

 

「あなたがそう申し出て来たと聞いたから、先にあなたと私で話をしたいと思って、待っていた。……私はね、彼女を私の会社に招き入れたことは、正しいことだと思っていた。……けれど、彼女が入社して左程しないうちに、間違いだったのかもしれないと悩んだ。彼女は真面目で、技術的にも、性格的にも何も問題のない、我が社の自慢の社員だ。……だからこそ、彼女の置かれている状況を、私もずっと憂いて来た」

 きっと、フランシス兄さんの会社だけではなく、色んな国や会社と、いくつもの取引を交わして来たのだろう社長にじっと見つめられながら話し掛けられ、私はごくりと唾を飲み込む。

 何だか、色んなものを見透かされているような気がする。

「今回の話は、もしかすると彼女にとって現状から抜け出せるチャンスなのかもしれない。……けれど、あなたが単なる好奇心だけで、オルビアという国が彼女を受け入れなかったら……彼女は今度は自分の生まれ育ったルフトから遠く離れた異国で行き場をなくし、今以上に困難な立場に身を置かなければいけなくなるかもしれない。私は、一度彼女を雇った人間として、それを見極める責任があると思う。……何故、彼女を必要とするのか、まず私に話して欲しい。……彼女と会わせるかどうかは、それからだ」

 私はすうっと息を吸い込み、話し始めた。


「オルビアでは今、糸紡ぎと機織りの技術を持っていて、人に教えられる方を探しています。国内にも出来る方はいますが、どこも人手不足のようです。……ですから、彼女に……エリンさんに来てもらえないかと考えました。先日の視察で、工場で働いているのは主婦が多いとのことでしたが、彼女は独身だと伺っています。……それに……あの工場で働き続けることが、彼女のためだとも思えなかった。……だから」

「オルビアでは彼女は差別を受けないとでも?」

 私が言うと、社長が尋ねて来る。

 私は正直に、

「確証はありません」

 と答えた。

「でも、ちゃんと従業員には、私が彼女を必要としたのだということをきちんと伝えるつもりです。それに、先日の視察に同行したオルビア人の従業員は、彼女の境遇に同情的でした。……オルビアは情に厚い人の多い国です。……私も、ずっとよくしてもらっていますし、彼女にもそうであったらと信じています」

「……根拠としては、説得力はいまひとつだ」

 社長は言った。

 駄目だろうかと思った時、社長が後ろを振り返り、大きな声で呼び掛ける。

「……だ、そうだ!後は君が決めなさい!」

「……社長?」

 私が尋ねると、社長は言った。

「説得力はいまひとつ。けれど、物事にはタイミングというものもある。確かに、今は好機なのかもしれない。……だから、直接話して決めなさい。我が社は、本人の決めたことに従うことにしよう」


 社長の声に導かれて部屋に入って来たのは、私がオルビアに連れて帰りたいと思った人物。エリンその人だった。

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