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王妃ですが、社長に就任しました。  作者: 椎名実由
第1章 新たな利益を求めて
1/29

1ー1

 始まりは、ある村への視察だった。


 私はアンナ。

 自然の豊かな国、オルビアの王妃。

 オルビアの特産は、その広大な自然の中で育てられる農産物。

 農薬をなるべく使わない農業に国を上げて取り組んでいて、品質の良さは折り紙付きだけど、最近は農薬を使って大量生産した安い他国品も出回って来ていて、国内消費はまだしも輸出にはなかなか苦労をしていた。


 だから、私と私の旦那様で国王のトレイスは、国中の村や町の長に、新しく国の名物となるような物や場所があれば、些細な事でもいいから報告するように伝令を出し、報告がある度に、国のあちこちに2人で視察に回っていた。

 些細な事でもいいとは言ったものの、実際に足を運んでみると、本当に些細な、よく報告して来たなと言うものや、明らかに誇張して報告しただろうというものが多くて、ほとんどが無駄足だったけれど、国の利益のためならば仕方ない。


 私達夫婦の住む王城の中でも、何も王妃と国王の2人で全てを回らずとも、どちらか一方か、いっそ代理人に視察に行かせ、内容に見込みがあった場合のみ、改めて出向けばいい、という意見もあったけれど、それも仕方ない。

 だって、私の旦那様のトレイスは、とても優しくていい人だけれど、悪く言えば優しくていい人なだけの人なのだ。


 オルビアの国民性のようで、自然の豊かなこの国には、争いを好まず、おっとりとした人が非常に多い。

 トレイスは、まさにそうなのである。

 本当に穏やかでいつもにこにこしていて、私にもすごく優しいのだけれど、おっとり過ぎて危機感がない。


 私が1年前にこの国に嫁いで来て、特産である農産物の窮状を知った時、状況を知っているか、対策はないか、と尋ねると、トレイスは、

「知ってはいたけど、どうしたらいいんだろうねぇ。どうしようもないかねぇ」

 と、のほほんと言ったのだ。

 私は愕然とした。

 結婚したばかりの旦那様に、正直、大丈夫かこいつ、と思った。


 実は私、商業の盛んな国、オーダからオルビアに嫁いで来た、現オーダ国王の末子にして一人娘なのである。

 オーダは近隣の国から商人の国とも呼ばれていて、王族と言えども、長男以外は成人すると全て王城から独立し、それぞれ新しく事業を始めるか、既に社会に出ている兄弟や他の王族の事業に加わる慣習があった。

 私は兄達が将来の独立のために、子供の頃から経営学やら経済学やらを学び、大人になったらどんな分野に打って出ようかと夢を膨らませて行くのを、側で羨望の気持ちで眺めていた。

 私も大人になったら会社を作りたいと言うと、父王はお前は大人になったら他の国にお嫁に行くのだし、女の子なんだからその必要はないよと笑ったけれど。


 まぁ、そんな訳なので、オルビアの唯一の得意分野であった農作物の輸出が危機を迎えた今、勿論そちらの対策は取るとしても、他の可能性も模索して行かなければ、儲からない。

 ……もとい、国の経済に関わり、ひいては国民の生活に支障が出てしまう。

 私やトレイスは王と王妃という、国民を守らなければならない立場にいるのだから、真剣に取り組まなければいけない。


 代理人を立てたって、国民性なのだから、トレイスと同じような性質の人間が多い。

 はっきり言って、自分の目で見てみないと、納得も信用も出来ないのだ。

 争いを好まないオルビアの人達は、同時に、情に厚い。

 もし、代理人を立てて視察に行かせ、報告内容にあまり見込みがないだろうと思ったとしても、村長や町長に、是非、国王夫妻に見てもらいたい、私達の生活に関わって来るのだと泣き付かれたら、まぁ、見てもらうくらいは…… なんて、意味もないのに判断してしまうこともあり得るだろう。

 本当は私1人で行ってもいいのだけれど、トレイスにもう少し真剣に考えて欲しいのもあって、必ず2人で出かけるようにしていた。


 その日、私達は村長からの報告に従い、のどかな国の中でも、特にのどかな(まあ、はっきり言うとど田舎の山奥の)小さな村、サキファに視察に来ていた。

 村長から報告があったのは、村の奥にある湖で、夕日が映った湖面は確かに綺麗ではあったのだけれど、湖自体がそう大きくはなく、驚くほど綺麗かというと、まぁ、綺麗だね、という程度の(平凡な)綺麗さで、名物となるという程ではなかった。


 肩透かしも慣れては来たけれど、それでも幾分か落胆して、帰途に着こうとした時、丘の方から

「モサモサー。モサモサー」

 という、奇妙な鳴き声が聞こえて来た。

 動物の鳴き声だとは思うのだけれど、今までに聞いたことがない音に、城から付いて来た従者達からはどよめきが上がる。


 トレイスが村長に、

「あれは、動物の鳴き声でしょうか?何の動物ですか?」

 と聞くと、村長は焦ったように、

「モサモサというのです。村の丘の上に昔から群れで住んでいまして。近くに住む老人が可愛がって世話をしているのですが……お耳汚しな鳴き声をお聞かせして申し訳ありません。我々としても、少々手を焼いているのですが……なにぶんその老人が頑固で」

 と言った。

「あの……何でしたら老人に言って、処分させます。放っておくとどんどん増えて、村の作物を食べるので、本当に我々も困っていて……」

 村長は必死に、『だから我々は悪くないんです、むしろ被害者なんです』と主張を続けている。


「別に怒ってないし、責めてないから。それより私、俄然この鳴き声の生き物に興味あるわ。見せてもらえない?」

 私が言うと、村長はどうしたものかと困惑顔になった。けれどトレイスも、

「僕も見てみたいなぁ」

 と同意したので、渋々モサモサがいるという丘の上へと私達を案内してくれた。


 丘の上には、モサモサという名前にふさわしく、体中をもさもさした灰色の毛に覆われた、毛むくじゃらの生き物が約十匹程いて、それぞれが丘の上の草を食んでいた。

 それぞれに体が薄汚れていて、お世辞にも綺麗とは言えないので、毛が灰色なのもこれが本来の色なのか、汚れているから灰色なのか分からない。

 けれどその生き物は、私の知るある生き物に似ていた。


「王妃様!あまり近付いてはいけません!万が一モサモサが襲って来たりすればお怪我しますし、お手を触れでもしたら汚れてしまいます!何か病気を持っているかもしれませんし!」

 村長が背後で騒いでいるのが聞こえたけれど、私は無視して目の前の生き物の前に屈み込み、じっと観察する。

 取り敢えず、大人しい生き物のようで、村長が心配するように襲われるようなことはなさそうだ。

 気になるのはそれよりも……。


「……これ、フワフワじゃないの?」

 私は、さっき頭の中に浮かんだ生き物の名前を口にした。

「フワフワ?……って、あの、高級品の衣類に使われている?私達の村には、勿論そんな高価なものはありませんし、名前は聞いたことがあっても、見たことはないのですが……こいつに似た生き物から出来るのですか?どうやって?」

 フワフワは、その名前の通り、ふわふわとした真っ白の体毛を持つ生き物で、その毛から作られた糸で作った衣類は、他のものとは格別に違う、滑らかで優しい肌触りとなる。

 この村長が見たことがないのは当たり前で、オルビアには私の知る限り、フワフワは生息していないはずだった。

 ここの所、ずっと国中回っているけれど、一度も目にしたことはない。

 そもそも、フワフワは生息地が限定され、個体数の少ない貴重な生き物で、元々高値なところ、オルビアには輸入でほんの少しの量が入ってくるのみなので、値段が特に釣り上がっているのだ。

 私だって、ほとんど着たことがない。


 ともかく、幼い頃に一度だけ、家族で外国に旅行した時に見たフワフワに、この生き物はとても良く似ている気がする。

「フワフワかぁ。僕は絵本でしか見たことがないけど、確かに似てるかもねぇ」

 トレイスも、隣でモサモサを覗き込みながら、のんびりとした声で言った。


「……でも、フワフワはこんなに大きくはなかった気がするわ。毛の色だって、フワフワは真っ白だけど、モサモサは洗ったら白いのかもしれないけど、取り敢えず今、灰色だし」

 村長も従者達も、私が何故そんなに真剣にモサモサを見ているのか、見当が付かないという顔で、遠巻きにこちらを見ている。

 私がついにモサモサに触れて毛の感触を確かめてみようとすると、

「こらー!ワシの可愛いモサモサ達に、何をしとるんじゃー!!」

 と、老人の声がした。


 ぷりぷりと怒りながらやって来た、モサモサの仲間かと思うほど真っ白な髭をたっぷりと蓄えた老人は、私達の前に立ちはだかると、

「今、下であんたらがモサモサを見に行ったと聞いて、慌てて飛んで来たんじゃ!国王だか王妃だか知らないが、ワシの可愛いモサモサは殺させはせん!どっかにやるのも駄目じゃ!モサモサに手を出すなら、とっとと帰れ!」

 と叫んだ。

 そういえば、村長がモサモサを可愛がっている老人がいると言っていた。

 今の話からすると、この人が村長が話していた人だろう。


 私は(多分トレイスも)突然大声で叫ばれたので驚いたもののあまり気にはしなかったけど、後ろにいた村長達は、じいさん仮にも国王夫妻を相手に何を言いだすんだと、真っ青になって成り行きを見守っている。

「じいちゃん……!何てこと言うんだ!」

 恐らくおじいさんの孫なのだろう、兄弟と思しき青年達も、慌てておじいさんを止めに入って来た。


 私は、そんな心配顔の面々をぐるりと見ると、目の前のおじいさんに深々とお辞儀をした。

「なっ、なんだあんた。そんな頭なんて下げられたって、ワシの大事なモサモサは……」

 まさか王妃の私に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。

 おじいさんも動揺したようだ。

 でも私は、こういう時には誠意を見せるのが一番だと思っているんだよね。

 何より、私が今考えていることを実行するには、どう考えてもこのおじいさんの同意が必要なんだもの。


「おじいさん、お願いがあります」

 私はなるべくゆっくりと、一言一言をしっかりと伝えるようにして言った。

「おじいさんの大事なモサモサは、もしかしたらこの国に大きな利益をもたらすかもしれないと私は思うの。だから、私達にこの子達を任せてくれませんか?」

 おじいさんは、私が小柄な彼に腰を屈めて視線を合わせ、真剣な顔で言ったので、先程のように怒ることが出来ず、ぼそぼそと答えた。

「でも……モサモサを殺されるのは嫌じゃ……ワシはバアさんにも息子夫婦にも先立たれてしもうた。孫達はいるが、それ以外の楽しみはモサモサといる時しかないんじゃ……」


 私はなるべく王妃らしく、にこりと微笑んでみせた。

 必殺、営業用スマイル。

 何かを頼む時には、印象が大事!

「おじいさんの楽しみを奪う気はありません。モサモサは、他の国に生息している、体毛から高価な糸が作れる生き物、フワフワにとても似ているの。もしかしたら、モサモサもフワフワのように、糸が作れるかもしれない。ううん、多分作れると思う。モサモサの毛はいただくけど、殺す訳じゃないわ。むしろ、上手く行きそうなら数を増やして欲しいくらいよ」


 数を増やして欲しいと聞いたおじいさんの顔が一瞬喜びに変わり、私達に見られていることに気付いて、ここで甘く見られてはいけないと無理やり厳しい顔に戻る。

「でも……毛を全部刈り取られてしまったら……刈り取られた毛はちゃんと元に戻るのか?寒さにモサモサ達が風邪をひくんじゃないのか?」


 私の必殺営業スマイルを見て、まだ文句があるか。

 私は正直笑顔の下で顔を引きつらせたけど、納得が行かないのなら仕方ない。

 まぁ、本当に上手く行くかの確証は、私にも現時点ではないのは確かだ。

 似ているから出来るんじゃないかと素人考えで思うだけで、フワフワのこともモサモサのことも、あんまり知らないものね。


「……分かったわおじいさん。ちゃんと、おじいさんに納得してもらえるだけの情報を集めて、出直すことにする。だから、私の考えが現実に可能かを調べるために、あんまり目立たないところ、ちょっとだけでいいから、モサモサの毛、切って私にもらえないかしら?」

 私が言うと、おじいさんは、

「ちょっとでも可哀想じゃあ……」

 と不満そうにしている。

 私が正直、面倒なじいさんだなと思っていると、おじいさんの孫のうち、兄らしき青年が、

「じいちゃん、モサモサの為にも、村の為にも、協力した方がいいんじゃないか?」

 と助け船を出してくれた。


 歳は、20歳くらいだろうか。

 多少素朴さはあるものの、爽やかな印象の青年だった。

 なんだ、よく見るとなかなかイケメンだわこの孫。もしかしたらおじいさんも昔は格好良かったのかしら。まぁ、私にはトレイスがいるけれど。

 私は、つい余計なことを考えてしまう。

 いかんいかん。今はそんな話をしている場合じゃなかったわ。


 私が、

「あなた、名前は?」

 と聞くと、彼は、

「俺はロイド、祖父はヨハン、弟はカイと言います」

 と答えた。別におじいさんと弟の名前はどうでも良かったんだけど。


 私は営業スマイルを浮かべたまま、

「……じゃあ、あなた、少しモサモサの毛を取ってもらえるかしら」

 と指示した。

 それから、周りで遠巻きに見ていた集団に呼び掛ける。


「みんな聞いたわね。これから、モサモサからフワフワのように糸が作れるか、商用として利用出来るかの検討を行うわ。今後、私から許可が出るまで、モサモサを勝手に殺したり傷付けたりしないように!」


 私の呼び掛けに、村長は益々困惑顔になった。

 ただ、トレイスだけが、

「良い物が見付かって、来た甲斐があったねぇ。良かったねぇ」

 と、にこにこしていた。

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