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Evolvit-イヴォルビット-  作者: 蜜橋
ウメルケア編
8/14

Se.旅をしていればまた会える

 父を追って衝突してきた少女は、セシリアが世話になった商人オルレージュ・ユンファの娘、リネアンジュことリネージュだった。リネージュはセシリアから父がもうすでに旅立ったことを聞くと、父の名を聞いて明るく咲かせた花をしぼませてしまった。セシリアはとても申し訳のないことをしている気分になった。

 リネージュとオルレージュは養子と養父の関係らしく、リネージュを食わせるためと言って旅立ってしまったらしい。時々銀行にお金を入れにザラクへ帰ってくる他は、何処で何をしているのかさっぱりわからないのだと言っていた。セシリアはオルレージュと過ごした三日間の話をリネージュにした。話が終わった後リネージュは小さな声で「お金なんていらないのに」とこぼしていた。


 セシリアは腹が減っていたということで、リネージュが家に招いてくれた。リネージュの家は知る人には評判の服屋だが、大通りの外れの、しかも町の端っこということで、全く人が来てくれないのだといっていた。


「境界門超えてすぐなのに、結構、生活様式とか違うんだね。ぼく、外国に来るの初めてだからとても新鮮だよ。」

「わたしも外国行ったことナイから、違いとかはわかんないヤ。でもね、ウメルケアって一言でいっても地域によってゼンゼン違うんだって!南の方は砂漠で、ちょっと西に行くと湿地帯が広がってるらしいよ~。えへへ、パパが言ってたの!」


 世界各地を旅してまわる父のことは寂しいと思えど誇りに思っているらしく、リネージュはエッヘンと胸を張って言った。セシリアは感心してへぇ、と返事するも、これから南の方を通らねばならないことを思い出し、砂漠は少し…いや、かなり嫌だなぁなんて思った。知らない土地を知ることは楽しいが、砂漠は乾いている上に暑いらしいということを聞いたことがある。このザラクでさえ、エヴラ・ソラス生まれのセシリアにとっては暑いのに、これ以上の暑さなんて体が耐えられるだろうか。

 リネージュはウメルケア ザラクでの一般的な朝食、オオトカゲのゆで卵と焼石と塩を入れたスープ、それから小麦粉とトウモロコシで作ったらしい薄焼きのパンを用意してくれた。靴磨きや掃除は得意だが料理のセンスのかけらもないセシリアは目を輝かせ、すごい!と感嘆の声を上げた。リネージュにとっては作ってくれる人が居なかったために身に着けた至極普通の、しかも簡単な料理だったのだが、セシリアからすればそれでもすごい事なのだ。炭にしたり、食い物とは思えないほどの味付けにしたりしない限り。


「すごい、すごいよリネージュ!パンって自分で作れるんだ!新たな発見だよ!」

「そうかなァ、フツーのことだよ?っていうか、作れなかったら、パン屋さん、どうするの」

「あっ、そっか!へぇ~いいな、料理。ぼく全然作れないんだよね…いっつも焦がしちゃうし、美味しそうにできてもすっごいぱさぱさしてて不味いんだ…」


 その時今まで静観していたイヴォルビットが久しぶりに口を開いた。イヴォルビットが口を開くと碌なことを言わないため、セシリアはため息をついて耳を傾けた。


『あの熊ジジイの時もそうだったが、あまり身の上話をするなと言っているだろう。口を慎め、セシリア』

(わかってるよ…でも、友達になりたいんだ。それくらいいいじゃないか)

『フン、友人関係を築いたところで、昼にはここを発たねばならないのだぞ。無駄なことをする暇があったら、今後のことを考えろ。』


 そうだ、たとえリネージュと友達になれたとしても、すぐに別れが来る。リネージュは自分と話していてすごく楽しそうにしてくれるから、きっと仲良くなったらオルレージュとの別れの時のように傷つけてしまうのではないだろうか。それは自惚れか。

 料理を食べながらため息を吐き、しゅんと落ち込んだ様子のセシリアを見てリネージュはどうしたのだろうと首を傾げた。出会った時もそうだったが、セシリアは何か邪悪なものに憑かれている気がする。セシリア自身はとてもいい人間だと思うので、あくまでも気がするだけなのだが。


「…セシリア、昼には旅立ってしまうんでショ。ちょっと寂しいな…。わたしも旅、しちゃおっかなぁ!なんて」

「本当は、旅なんてしたくないんだけどね…。あらゆる理由で、国を遠く離れなくちゃいけないんだ。リネージュは服屋さんがあるでしょ?お店を守らなきゃダメだよ」

「でもねぇパパが旅立った理由が、ナニとなくわかるの。ここ、立地悪いんだもン。看板立てても人呼びこんでも、みんな寄ってってくれないンだよねぇ。ヤッパリ自分から動くしかないのかなぁって」


 それを止める権利はセシリアにはない。しかし一緒に着いて来てくれなんて厚かましいお願いも、初対面の彼女にすることはできない。セシリアはそっか大変だとだけ返事し、漸く料理を完食した。ご馳走様でしたと手を合わせると、リネージュは表情に花を咲かせて「久しぶりに人からそのコトバを言われた」なんて言って、るんるんで食器を片づけた。

 可愛い女の子だなぁなんて思ってみていると、鼻歌を歌いながらリネージュが問いかけてきた。


「ハジメマシテ同士だけど、旅に着いてってイイ?って聞いたら、セシリアはうなずいてくれる?」

『まあ…いいんじゃないか?』

「ホントに!?」


 セシリアはエッと驚いた。自分はまだ一言も発していない…というよりイヴォルビットが賛成したことに驚いた。どうせまたやめろとか愚かすぎるとか否定ばっかりだろうと思っていたので、まずそれに驚いた。次に驚いたのは、イヴォルビットの声をリネージュが聞き取ったことだ。自分の意識があるときはイヴォルビットはセシリアに憑依できないとばかり思っていたのだが、違ったのだろうか。動揺するセシリアをよそに、リネージュは花をちらしている。

 イヴォルビットはフハハと邪悪な笑い方をし、セシリアに答えを言わなかった。流石にその笑い声はリネージュには聞こえていなかったようで、セシリアはますます不思議になった。


「アッ!セシリアには服無料で作ってあげるし、料理当番もしてアゲルよ!メーワクはかけないから、ネ?」

「う、うんありがとう。寧ろ、きみが居てくれた方が助かることの方が多いと思う…言語的な意味で。」

「そっち!?イショクジュウは大切だよ~?でもまあ、たくさんセシリアの助けになるならま~いっか!」


 あははと陽気に笑うリネージュ。セシリアもその明るさにつられて笑みがこぼれた。何故イヴォルビットの声がリネージュに届いたのかは謎だが、セシリアは旅の仲間ができたことをうれしく思った。リネージュは店に置かれたありったけの服をトランクに詰めて、オルレージュが昔使っていたという一回りほど小さな荷車を倉庫から取り出し、オルレージュの馬の子供「ネシア」と「メリア」というまた一回り小さな馬をぐいぐいと引いてきた。


「メリアはまだしもネシアって、何年も世話してあげてるのにわたしの言うコト聞いてくれないんだよね。でも馬車がないよりマシでしょ?」

「うんまあ、でも無理強いは可哀想じゃない?置いて行くのはもっと可哀想だけど」

「そーそー。こらぁネシア、置いてって欲しくなかったら、ママの言うこと聞くの!」


 オルレージュはリネージュを拾ってからは暫く定住して子育てをしていたようだが、元々旅人だったらしい。旅先でリネージュを拾い、旅をしながら子育てできないものかとも考えたが、リネージュを安全に育てるためこの辺境の町に居を構えたようだ。ネシアとメリアはオルレージュが育てた馬の三代目らしい。ネシアは不服そうながらも素直にリネージュの言うことを聞いて、鞍をつけさせた。メリアはもともとおとなしい性格らしく、リネージュも特に文句言わず迅速に鞍をつけさせた。

 セシリアは、ママというより妹か何かのようにみえて、クスッと笑った。ネシアもムヒーンと歯を見せて笑ったような表情を見せた。猫以外の動物に授業以外で触れたことはないけれど、ネシア達ともベルのように仲良くなれる気がしてきた。


「お待たせ~っ、イロイロ準備してたら、お昼になっちゃったねぇ。ご飯食べたら出発しよっか!」

「うん、ありがとう。リネージュ、これからよろしくね」

「コチラこそ!」


 初めて会った時のような泣きそうな表情はもう、どこかへと消えてしまったらしかった。オルレージュの「旅人は生きてさえいればまたどこかで会える」という言葉にリネージュは突き動かされたのだろう。旅をしようと思ったのは自分に会いたがらない父に会うため、服を売るのはきっと二の次だ。それに、友達もできたし、一人ではない。それがとても頼もしい。

 それはセシリアも同じかそれ以上で、二人は希望を胸に抱きながら馬車を出した。次の目的地ベルッグ地方―サンベルグという町を目指して。



 庭園の庭師クレイア・ウィンドレイスは珍しくある男と自ら茶会を開いていた。その男は鳥ノ巣の人間ではないような風貌で、土や汗などで薄汚れた格好をしていた。クレイアはとても困ったような表情で男の相手をしており、反面男の月のような金色の瞳は輝いていて、どうやら男が優位に立っているようだった。


「勝手に敷地内に入られるのも、そうやってこそこそと盗み聞きされるのも困ります…。わたくしの信用というものがありまして、この花園で見たこと聞いたことは外に持ち出してはならない秘密厳守の掟があるのです。まあ…一般人のあなたに理解されようなんて思ってはいませんけれど、それでも困ります。」

「こんな広い庭を一人で守っているんですから、僕が侵入しても気付かず盗み聞きされてしまうっていうのは、仕方ない事でしょう。ま、でも後から気付いただけ大したものですよ。それに僕だって鬼や悪魔じゃないんです。そんなに情報をおいそれと売られたくないんだったら、考えて差し上げますとも。」


 クレイアは呆れたように深くため息をついて、懐から金袋を取り出した。憎たらしいものを見る目で「幾ら欲しいのですか?」と男に訊ねる。男はやれやれと言わんばかりに肩をすくめて、「僕が欲しいのはそんなものじゃありません」と手を横に振った。相手の意図が読めずさらに困惑したクレイアはでは何を、と言いかけた。しかしあまり金を必要としない変わり種の情報屋の名を今思い出し、はっと息を呑んだ。


「ああ、もちろん金貨もいただきますよ。3枚ほど。じゃなきゃとても生活できません」

「はあ…目的はかぼちゃ、そうでしょう?」

「話が分かる人でよかった。あなたが植物の専門家だと聞いて、ちょっと期待したんですよ。情報収集のためもありますけどね。」

「貴方がただのたかり屋ならこのまま憲兵に突き出そうかとも考えましたが、いいでしょう。少しお待ちになってくださいね」


 クレイアが席を外すと男は、まあ突き出しても無駄でしょうけどねと小さく呟いた。薄汚れたズボンのポケットからよれよれの手帳を取り出し、今日得た情報と金額を先にメモしておく。あとはかぼちゃの質と量によって、この情報の料金が決まる。

 それにしてもたかが侵入者なんて本当に憲兵に突き出してお偉方に丸投げしてしまえばよかったのに、わざわざ話し合いでことを解決しようとするなんて庭師はよっぽどお人よしのようだ。それかよっぽど話し相手が欲しかったのか、暇だったのか。何にせよクレイアがひと手間を惜しまなかったおかげで自分はかぼちゃにありつけるのだから、理由なんてどうでもいいが。一番気になるのはクレイアの性別…あれは男か、女か、どちらだろう。聞いたら普通に答えてくれるだろうか。


「お待たせいたしました。三つでよろしいですか?それとも、もっとお持ち帰りになられますか」

「それはあなたにお任せしますよ。質にもよりますが、積まれれば積まれるだけ口を割る気が失せましょう」

「では、2種類を3つずつ。質は鳥ノ巣の研究者として保証致しますが、もしお口に合わなかったら仰ってください。別のをお渡しします」

「ありがたいですね、たかがこんな情報でこれだけ稼げるとは。」

「他人の秘密に、たかがもこんなもありません。わたくしはここの秘密を守るためなら、如何なることもいたしますよ。」


 身がギュッと詰まっているのか、小さくても6つのかぼちゃはずっしりと重かった。それはクレイアの言葉の重みを体現しているかのようで、男は自分が発した軽口を反省した。確かにたかが…いや、小さな秘密でも守ろうと全力を尽くす者がいる限り、他人の秘密にたかがもこんなもないのだ。


「じゃあ精々美味しいかぼちゃでも作り続けてください。この情報は買うには高いですけど、本当にこれを欲している人にとっては、料金なんて関係ないでしょうから。」

「…ええ。あ、これ、お金です。」

「どーも。またお邪魔しますね、内緒で。」

「それはやめてください!あ、そうだお名前は…」


 男は重たい荷物をぶら下げて、手を振りながら言った。

 理由は深く語られていないが情報の対価にかぼちゃと少しの金を必要とする、変わり種の情報屋。その男の名は、ユリ・シーザリオといった。

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