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Evolvit-イヴォルビット-  作者: 蜜橋
エヴラ・ソラス編
6/14

Fi.一週間

 取材から2日後、イヴォルビットはまたもやセシリアの意識を乗っ取り悪戯を繰り返していた。悪戯と呼べるほどかわいいものであればいいが、恐喝、スリ、窃盗など悪質なものばかりである。時には人を傷つけることもしていた。―セシリアの意識がないのをいいことに。

 しかしセシリアから隠れて悪事を働けるのも限界があった。セシリアが目を覚ますとそこには血だらけの男がおり、怯えながら財布を差し出している。

 …これは、どういうことなんだ!?セシリアは悪魔と契約し、子供たちを助けたことをひどく後悔しそうになった。


「だから!どうしてこんなことをするんだ!」

『決まっているじゃないか、金稼ぎだよ。お前があくせく働いて稼ぐよりずっといい額が手に入る…』

「ぼくはこんなことしてお金を稼ぎたいわけじゃないんだよ…!あのね、悪魔のきみにはわからないかもしれないけれど…働くっていうのは、」

『黙れ小娘。そもお前は、このままのうのうと豚暮らしができると思っているのか?このままこの腐れエヴラ・ソラスにいれば、お前はいつか女王に捕まる。職を探してる暇があったら国外逃亡する策でも練っておけ雌豚。』


 自分のことを豚扱いするイヴォルビットには、もう慣れてしまった。それにセシリアが気にするべきは自分が豚扱いされているということではない。

 ぼくが女王に怪しまれているのは、きみのせいじゃないかイヴォルビット…!セシリアは心底そう思った。あのときイヴォルビットが余計な真似をしなければ、恐らく自分はこの先平穏な人生を歩むことができただろうに。

 もしかしてイヴォルビットは自分にそうさせまいとして、わざと自分を犯罪者として浮き彫りにさせようとしているのだろうか。そんなの許せない、兄も迷惑がかかるし、国外逃亡なんて自分には無理だ。セシリアはああああと嘆き悲しんだ。


「きみはぼくに犯罪者になってほしいんだね…でも、どうして?」


 イヴォルビットは答えなかった、自分で考えろとでも思っているのだろうか。兎に角今自分がやるべきことは、女王に捕まらないようにすることだ。

 悪魔と契約して人を殺したなんて兄に知られたら、絶縁されるかもしれない。兄と二度と会えないなんて、死んでしまうのと同じではないか!


『時間がない…セシリア、私はお前を助けてやっているだけだ。契約者として…逃亡に金は必要だろう?』

「兄ちゃんにお金、まだ返せてないのに…!」


 セシリアははっと目を見開いた。イヴォルビットの首にある大きな瞳が自分をとらえて離さない。ハハハハ…乾いた笑い声が意識の空間に響く。


『――ならば望み、願うがいい。“金が欲しい、億万長者になりたい”と…なあ。そうすれば私がわざわざ豚の仮面を被ってまでして汚物に触れなくて済む』

「……そんなの…いけないよ…」

『…“いけない”?ハハハッ、滑稽だなあセシリア。自分の魂を売って金を得るのは“いけない”と。ならば意識がなければ人を殺すのは“いい”と思っているのか?偽善者が聞いて呆れる。』


 そもイヴォルビットにとって人の命を手折る等造作もないことだが、それは敢えて伏せておいた。イヴォルビットにとって第一に大切なものは対価である。しかしセシリアは、尚のこと沈黙を続けている。


『沈黙に黄金の価値はないのだが…。まあ致し方あるまい、お前が寝ている間、お前は私を抑えることはできない。―そうだな、あのお前によく似た豚男…あいつを殺せば逃げられるだけの金は手に入るのではないか?』

「そんなのはダメ!!お願いだよ、やめて…やめてくれ…イヴォルビット…」


 ならばと悪魔が催促する。セシリアは震える声で禁忌の言葉を紡いだ、イヴォルビット、と。


『いい子だ…セシリア』



 翌日、セシリアは大金の入った紙袋をセシルに手渡した。セシルはいつの間に、とその出所のわからない大金を怪訝に思ったが受け取った。

 セシリアの瞳はまたもや緑色に光っていた。セシリアの意識はイヴォルビットのせいで、半ば昼夜逆転気味になっていた。しかしそれもまた、イヴォルビットの画策であった。

 夜の方が動きやすいかとも思ったがセシリアの立場上夜に抜け出すことは困難であった。しかし昼ならミンミもセシルも出掛けていることが多いため、怪しまれずに家を自由に出入りできる。

 しかし今日は、セシルは珍しく仕事が休みであった。イヴォルビットは小さく舌打ちした。―というのも、イヴォルビットとセシルは相性が悪い。たとえセシリアのふりをしていてもだ。


「セシリー。お前の目って…緑色だったか?」

「兄ちゃんの目には僕の瞳が緑色に見えるの?…疲れてるんじゃないかなあ」

「いいや気のせいじゃないと思うんだけどね。…こっちにおいで、顔をよく見せて」


 何なんだ、この兄妹は。顔が近すぎる。これが人間の家族の普通の距離感だというのなら、私は魔物として生まれてきて心底よかったと思えるだろう。しかし幾ら兄妹でもセシリアとセシルの距離感はおかしい。普通の兄妹は間違えれば唇にキスできるほど、顔を近づけたりはしないだろう。

 嗚呼なんて不快なんだ、たかが目を見るだけなのに。髪にキスをするな!


「んんん。ごめんよぉ、…兄ちゃん。黙ってたんだけど、最近ちょっとカラーコンタクトにはまってて。だからその~…顔が近…いや、やめてくれないかな…キスとか」

「………ふーん、そうか…でもお前、視力はいい方じゃないか。あまり目を傷つけるなよ、心配だ」

「わかったよ。」


 そもイヴォルビットはわかっていた。幾ら自分が巧妙にセシリアの仮面を被りあたかもセシリアのようにふるまっていたとしても、この雄豚の目を欺くことはできないということを。セシルは口に出したところでどうにかできる問題ではないと悟っているのだろう、わざわざ向こうも気付いていないふりをしているのだ。

 嗚呼なんて不快なんだ。いつでもどこでもこの男は、私を不快にさせる。イヴォルビットはセシリアの頭をかきむしった。


「…セシリア、今日は久しぶりにデートでもしようか?」


 それは突然の提案であった。どのみち外へ出る予定のあったイヴォルビットは、顔を引きつらせながら言った。


「う、うん。」


 不本意ながらイヴォルビットはセシルと街へ出かけることになった。セシルは外では、執拗にセシリアと手を繋ぎたがった。不本意ながらイヴォルビットは、セシリアのふりをすることに徹底した。

 セシルはセシリアを着飾らせることが好きだった。セシリアに似合う服を見つければつないだ手を引っ張りセシリアの体に宛がった。イヴォルビットはこの“でえと”とやらが、人生において凄まじく無意味なものであると感じた。


「だけど、違う。」


 セシルは小さくそう呟いた。イヴォルビットはそろそろセシリアが起きてくるのではないかと思い、自分自身の買い物をすることにした。ナイフ、マッチ、ランプ、ロープ…それから、缶詰と缶切り。何に使うのかと訊かれたら「友人とキャンプするんだ」と答えるつもりだったが、セシルは何も訊いてこなかった。

 それにしても人間というものはつくづく不便な存在だ。明かりがなければ何も見えず、武器がなければ身を守ることすらできない。自らの力で浮遊することも不可能だ。イヴォルビットは呆れてため息すら出なかった。


「セシリア…お前は、誰だ?」


 帰り際、セシルは突然真実を問うてきた。その表情は硬く、セシルの赤と青の瞳はしっかりとセシリアをとらえている。イヴォルビットは真逆の笑顔で答えた。


「セシリアだよ。兄ちゃん…日が暮れると寒いよ、早く帰ろう」

「……お前はセシリアじゃない…」

「…はあ…うるさい奴だ。心配しなくとも…ほら、もうすぐ」


 セシリアの意識が目覚める。イヴォルビットがそう言う前に、セシリアは大きなあくびをしてあたりを見渡した。そしてまたか…とがっくり肩を落とし、イヴォルビットの名を呼んだ。


「もう…またなの?今度は何を…イヴォルビット?」

「…イヴォルビット?」

「へっ!?…に、兄ちゃん!?」


 隣にセシルがいることに漸く気が付いたセシリアは、顔を赤くして「ごめん!」と唐突に謝った。どうせイヴォルビットがまた悪戯に兄に失礼なことをしたに違いない。そう思ったのだ。

 しかしセシルはきょとんとして、おもむろにセシリアを抱きしめた。状況が掴めないセシリアは混乱したが、とりあえず兄を抱き返した。


「うぶっ、どーしたのにーちゃん…?ぼ、ぼくちょっとさっきまで何してたか思い出せないんだけど…」

「ああ…これだ。あはは、ごめんよセシリー…その服とっても似合ってるね。かわいいよ」

「??えっ、あ、ありがとう…?!」

「嗚呼セシリア、どうかお願いだから…僕を置いて行かないでおくれ。僕はね、君がどこか遠くへ行ってしまうのではないかと心配なんだよ。」


 セシリアは胸の奥がちくっと痛むのを感じた。最愛の兄に嘘を吐きたくはないが、自分はこのままエヴラ・ソラスにずっとは居られない。兄の言葉に素直に頷けない自分がいるのが、酷く切なかった。

 兄の背を抱きしめる腕を強め、セシリアは震える声で優しい嘘を吐いた。「うん、どこにも行かないよ…兄ちゃん」と。



 その翌朝、嫌な予感がしたセシルはセシリアの部屋の扉を開け、セシリアが自室からいなくなっていることに気が付いた。部屋に残っているのはセシリアが書いたであろう置手紙と彼女自身が仕事に使っていた制服、それから求人雑誌のみであった。

 セシルは壁に拳を叩き付け、ミンミを困らせた。置手紙には「家と職を見つけました、心配しないでください。また連絡します」とだけ書かれている。セシリアのお菓子であるチョコレートはなくなっていた。老猫のベルは困ったようにセシルの足にすり寄っている。


「セシリアちゃん、どうして急に…?」

「…セシリアが心配するなと言っているんだから、心配しなくていいんだろう。」

「そんな…でも何も言わずに出ていくなんて、普通じゃないでしょう?あなた、昨日セシリアちゃんと喧嘩でもしたのですか?」

「あれはセシリアじゃない!…セシリアじゃない…セシリアはこんな風に僕を置いて行ったりしない…!あいつだ、あの緑色の瞳…!復讐しに来たのか…!」


 いつになく声を荒げ、独り言のようにぶつぶつと言葉を紡ぐセシルに、ミンミは怯えた。あれはセシリアじゃないというセシルの言葉がミンミには理解できなかった。では誰と居たの?そう問える雰囲気でもなく。

 ミンミは笑顔を取り繕い、「朝ごはんにしませんか?」と無理やりセシルを日常に引き戻すほか、セシルを元気づける方法が見つからなかった。しかしそれでセシルを元気づけられたかというと、そうではないのが現実である。

 セシルは朝食を食べた後すぐに仕事に行ってしまった。ミンミは自分の無力さに、ただただため息をつくことしかできなかった。


 セシリアがいなくなって二日後、ミンミは政府から突然家宅捜索に入られた。何でもセシリアが悪魔に憑かれている可能性があるといい、女王から拘束を言い渡されたそうだ。

 ミンミは神を信仰し悪魔の存在を信じるものであった。ミンミは、いつからセシリアが悪魔に憑かれていたのだろうとぞっとした。そして尚更セシリアが今どこにいるのか、何をしているのかが心配になった。政府はセシル夫婦宅にセシリアがいないことを知ると、何事もなかったかのように去って行った。

 ミンミは心労で倒れてしまった。


 一方セシリアは街で出会った心優しい商人と酒屋で仲良くなり、辺境まで馬車で送ってもらえることになった。商人は気さくだが、ありがたいことに必要以上の情報は求めてこなかった。彼は隣の国ウメルケアとエヴラ・ソラスの間を巡回して物を売っており、自身もウメルケア人らしい。

 商人はウメルケアに置いてきてしまった一人娘だけが気掛かりだ、と話していた。ちょうど年齢はセシリアと同じほどで、名はリネージュというらしい。商人が売っている物の中にはその娘が作った服や装飾も少しだけ含まれている。

 商人ばかり自分に気を許して語りかけてくれることに、セシリアは少し申し訳なさを覚えた。自分も自分の兄のことや、仕事のことを語らいたい。しかしイヴォルビットがダメというのだ。他人に気を許してはならないと。

 こんなにいい人なのに…セシリアは少しずつイヴォルビットが苦手になってきていた。言うことは聞いてくれないし、契約をごり押ししてくるし、歩み寄ろうとしても突き放す。イヴォルビットは物知りだが、強引過ぎてついていけないとセシリアは感じた。

 しかしイヴォルビットは一つ約束をしてくれた。もう自分の体を乗っ取って人を傷つけたり、迷惑をかけたりしないということを。―まあ、セシリアがイヴォルビットの指示に従うという条件付きだが。


「辺境につくまで、もう1、2日はかかる。ちょくちょく休憩は挟むが…馬車に揺られるのも退屈だろうから、少しお眠りよお嬢ちゃん」

「ありがとう、そんな長い時間お世話になって申し訳ないです。…おじさんの話は退屈しないから、いつまでも聞いていられるよ」

「あっはっは、若いお嬢ちゃんに言われるたあ、嬉しいねえ。まあ短い間だけどよろしくな。」


 セシリアはこっそり持ってきたインクとペンで日記を書いた。そして馬車に揺られ空や風景を眺めているうち、眠りについてしまった。

書いてから思ったけど、この世界観の上でカラコンはない気がしてきた。まあ中身がイヴォルビットだから、多分別の世界(たとえば現代)に行ったときに見たんだろうね。それが通じちゃうセシルもちょっとアレだね。

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