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Evolvit-イヴォルビット-  作者: 蜜橋
ウメルケア編
11/14

Te.銀色の星と金色の月

「そうか…うんわかった、ありがとうシルベスター。貴方達は一度本部に戻ってきてくれるかい?後は私が何とかするから。」


 リディアはシルベスターからセシリアを逃してしまったこと、更にイヴォルビットの脅威等の報告を電話にて受けていた。イヴォルビットの姿を目視し武器を向けられてなお全員生きて帰ることができたとは、やはりセシリアの捕獲にシルベスターを向かわせたのは正解だったらしい。おかげで有益な情報を手に入れることができた。

 セシリアと契約した悪魔の姿を目視したものがあれだけいればもう黒は確定、後は安全に捕縛してイヴォルビットを捕まえる…だが、武器である裁ち鋏とはどれくらいの強度を誇るのだろうか。人の首を綺麗に飛ばせるほどの切れ味だが、大砲の弾にも耐えうる無機物とイヴォルビットの鋏、どちらが堅く強いのだろう。考えたところでわかる者など一人もいない、こればかりは仕方のないことだ。


「リディア様~お待たせしました!」

「思ったより書類が遅れてて…すみません」


 シルベスターからの電話を切ると同時にリューリとアレシュが慌ただしく司令室の扉を開けて駆け寄ってきた。指示した時刻より数分の遅れだったが、二人はとても申し訳なさそうに眉を下げている。犬耳と尻尾が二人から生えている幻覚が見え、リディアは「気にしなくていいよ」と二人の頭を撫でた。二人より背の低いリディアは少し撫でづらそうだったが、遅刻により沈んでいた二人の表情はぱあっと明るくなった。


「私の方も今終わったところだ。それで、お前たちにお願いがあるのだけど。…少し、ここを留守にする。悪魔の件で」

「あ、また、お供ですか?」

「ううん、今回は私一人で行く。とても危険だからね。お前たちはここに残って、私の言うとおりに動いてほしい。」


 一人で、と言った途端の二人の耳と尻尾の下がり具合と言ったら。しかしこればかりはとても危険で、命を落とすかもしれないのだ。三人共死んでしまってはこの国は傾いてしまう。―自分も死んでしまう可能性があるなんてことを言ったら、二人は否応にも着いていくと言ってきかなくなるかもしれないので、言えないが。でも理解してほしい。


「お前たちはもう立派な大人だろう?私が居なくても自分で判断して動けるはずだ。大丈夫、必ず帰ってくるから」

「…それなら、どちらか一人、お供に連れて行くのはいけないのですか?」

「……うん、それはダメだ。私の代わりをしてくれる者と、困っている者を助ける者が必要なんだ。それは二人で分担して動いてくれるな?」

「…わかり、ました」


 珍しく、いつもアレシュが納得するまで頷かないリューリが先に頷いた。その表情は大変不本意そうだったが、頷いたのだからいいだろう。あとはアレシュなのだが、アレシュも珍しく頑なに頷かない。アレシュは勘の鋭い子だから、リディアの考えていることを悟ってしまっているのだろうか。リューリが頷いて暫く唸ってから、アレシュも不本意そうにうなずいた。リディアはにっこり微笑んで、「ありがとう二人とも」と言った。

 それからリディアはおもむろに厚紙とペンを取り出して机に並べた。なんでもセシリアの手配書を作るとかで、セシリアの似顔絵を描かなければならないということだった。しかし残念なことにリディアは絵心というものを持ち合わせておらず、人とやっと認識できるようなものしか描けなかったというのだ。


「…リディア様の絵が下手なのは知ってるけど、あたし達も大概…だよね」

「シル団長に頼めばよかったんじゃ…あの人、意外に絵描くの得意だし」


 文句を垂れつつセシリアの顔を思い出しながら紙にペンを滑らせる。出来上がるまでにそう時間はかからなかったが、出来上がったものはとても似顔絵とは言えないような代物だった。リューリの場合は直接セシリアと会ったことがないため、リディアの似顔絵を見ながら描くほかなかったせいだが、アレシュもアレシュでリディアの似顔絵よりかは整っているものの、とてもセシリアには見えなかった。

 結局その中で一番上手かったアレシュの絵が採用されることになったが、その絵だけではいまいち誰を探しているのかピンとこなかったため、特徴を大量に並べることにした。身長から体重、スリーサイズまで。なんであんたそんなこと知っているのというリューリの問いに、アレシュは答えなかった。リューリは実の弟がとても恐ろしくなり、ひそかにダイエットを決意するのであった。


「う、うん。まあありがとう二人とも。これでちょっとは手掛かりがつかめそうな気がするよ。各支部に送って、各町にこれを貼っておいてもらおう。」

「目を細めてみれば、あの人に似てると思いますよ。」


 意外と負けず嫌いなアレシュはそういったが、目を細めても絵を逆さにしてみてもリディアにはやはりセシリアとしてその絵を見ることはできなかったので、苦笑いするほかなかった。これは誰かに頼んで写真を調達してもらった方がよかったかと思うが、一先ずはこの酷い似顔絵で頑張ってみることにする。リディアはアレシュから似顔絵を受け取り、それを封筒にしまって鞄に入れた。


「それじゃあ二人とも…くれぐれもよろしく頼むよ。」

「はい、リディア様もどうか御無事で」


 熱い抱擁を交わして別れを惜しみ、リディアはリューリとアレシュへ仕事内容を記載した書類を手渡し、司令室を後にした。リディアはすぐにでも出発できる準備は整っていたが、その前に行きたいところがあった。それは鳥ノ巣本部の裏にある、リディアにとってとても大切な友人―ルイス・クルキステルノーの墓参りだった。

 忙しい時でも月に一回は墓参りをしていたので、急にぱったり行かなくなってはルイスが心配してしまうことだろう。そう思ってリディアは旅立ちの報告をしに行きたかったのだ。また、もしかしたら同じ所へ逝くことになるかもしれないという報告を、生前ルイスの大好物だった、かぼちゃのスコーンを持って。



 変わり者と呼ばれる情報屋ユリ・シーザリオは、以前庭園の庭師クレイアに叱られたにも関わらず、またも鳥ノ巣に侵入し敷地内を散歩していた。あまり研究やら何やらには興味ないユリだが、鳥ノ巣は何故だか足が勝手に出向いてしまうらしい。古い歴史のある建物が見ていて飽きないというのは分かるが、縁もゆかりもない鳥ノ巣はそういう芸術的なナニかではなく、親しみや懐かしみを感じる。世話になったわけでもここで生まれたわけでもないため、何故だかはわからないのだが。

 そんなわけで敷地をうろうろと散歩していたら、ぽつんと佇む2つの墓があった。なぜこんなところに墓が…と思って近づくと、その墓の一方「ルイス・クルキステルノーの墓」には薄汚れた青いぼろ布が引っかかっていた。


「なにこれ。墓に…ボロいネクタイ?」


 手にとって見てみると、それはどうやらネクタイらしかった。鳥ノ巣の制服として支給されている赤黒いネクタイのデザインによく似ているが、これは赤ではなくて青だ。随分と古いのか色が褪せいるしボロボロになってはいるが、少なくとも赤ではないだろう。なんだこれ?と疑問符を浮かべてじいっとその薄汚れたネクタイを見つめていると、背後から足音が聞こえてきた。あっと思って振り返ると、ブロンドの少年らしき人がこちらを怪訝そうに見つめていた。


「…そこのお前、何をしているんだ。それにあまり触らないでほしいのだけれど……あれ?」

「ええっと…はい、すみません。…何ですか?」

「あ、いや…、お前は何者だ?ここで何をしている?」

「うんと、お散歩してたらここに迷い込んじゃったんです。どうか見逃してくれませんか?」


 淡々と低い声で言うユリは、まるで嘘を吐く気がないようすだった。少年…いや、よく見ると女性らしいのその人は、ハァーとため息をついて困ったような表情を浮かべた。困られるのは一向に構わないが、侵入者の善悪を見定めようとしているのかしきりに顔等をじろじろ見られるのは、ユリにとっては大変不愉快なことだった。


「あの…すみません。僕の顔に何かついてます?」

「あっ、すまない。誰かに似ているなぁと思って…うーん、誰だっけ」

「は?」


 どうやら女性は困っているわけでも侵入者の善悪を定めようとしているわけでもなかったらしい。何だこの人、おかしな人だなあと、ユリの不快指数がさらに上昇する。そもそも、誰かに似ているからなんだという話だ。ユリは女性のマイペースさに若干白けていた。


「なあ、貴方とどこかで会ったことある?」

「…どこのナンパ野郎の台詞ですか、薄ら寒い。初めましてですよ、間違いなく。」

「うーんやっぱり、そうだよな。ああ、申し遅れてすまない。私の名はリディア。あなたは?」

「ユリです。農業を営んでいます。まあ、表向きは。」

「農業…ってことは、クレイアに野菜の種でももらいに来たのかな?でもここ、クレイアの庭からは反対方向だと思うけれど」

「うーんまあ、発想が貧相ですがそんなところですかね。だからほら、道に迷ったんですってば」


 会話を続けているとリディアはまたもやうーんと唸り始め、ユリの金色の両の眼を見つめて首を傾げた。その謎の行動にユリは困惑するほかなかったが、自分を見つめるリディアの瞳は硝子玉のように透き通っていて、その色は一瞬少しの懐かしさを感じさせた。けれどやはり、自分の顔をじろじろ見られることの不快感は拭えず、一刻も早くここから去ってこの人と別れたいとユリはそれをひたすらに願った。


「……やっぱり、どっかで聞いたことがある気がする。その物言いと声…」

「事が早く済むならそういうことにしてくれてもいいですけど、あなたの妄想に付き合っていられるほど僕は暇じゃないんですよ。そろそろ失礼していいですか?」


 うーんと唸り自分の世界に入っているリディアなら流れ作業で無理やり帰れるかもしれないと一歩歩み出したが、残念ながらリディアの細腕はユリの肩をがっしりと掴み、決して離さなかった。ユリは思わず顔をしかめて舌打ちした。


「ああ、待って。侵入者をはいどうぞって帰すわけにはいかないんだ。悪いね。」


 侵入者をがっちり捕獲しているリディアはにっこり微笑んでいたが、反面侵入者として捕まえられているユリの表情はブラックコーヒーより苦かった。この間もクレイアに捕まって結構な長い時間を取られてしまい、「ああ厄日だ」なんて思っていたが、あの時はちゃっかり情報が手に入ったし、それにかぼちゃというご褒美をもらって難なく帰ることができた。それなのに、今日はこんなに面倒な人に捕まってしまった上に収穫もなければご褒美もないなんて、今日はあの日を一回りも二回りも上回る最悪の厄日だ。ユリは自分の「どうせ昼間は捕まらない」なんていう慢心を心から呪った。


「大丈夫、牢屋なんかに入れやしないさ。ちょっとした持ち物検査と、書類を書いてもらうだけだよ。本当に迷子なら帰してあげたんだけど、その様子じゃ常習だろう?」

「…………言わせてもらいますと、警備が甘々なのが悪いんですよ。正直。」

「…何を言ってるんだ、侵入する方が悪いに決まっているだろ。」

「鍵をあけっぱなしで家を出て空き巣に入られても同じことが言えますか?自業自得としか思えません。」

「それも同じ。法的に言えば侵入する方が悪い。まあでも、うちは敷地に入られただけじゃ何も損しないからこその、あの警備なんだけれどね。所属してる人数も多いし、制服着てない人を見かけたら捕まえて上告。それだけ」

「つまんないの…」


 結局この日、ユリはリディアの目の前で全裸にさせられあらゆる所持品や所持金まで見られたり、根掘り葉掘り個人情報を聞かれたわけだが、結局敷地をうろついていただけという結果になり、お咎めなく帰せるということになった。その最中にもリディアはユリを見ながら時々首を傾げていたが、訊ねても「いや、なんでもない」の一点張りで教えてくれないため、その真意はいまだにわからないままだった。

 そして残念なことに検査等が終わって晴れて一人で帰れるところが、リディアが今日鳥ノ巣を発つということで、一応の監視のため特別にリディアが家までついてくることになってしまった。ユリはげんなりしつつ、「ああなんて厄日」と今日という日を呪った。


「リディアってそういえば、歴代の女王様と同じ名前ですよね。親が女王様信者だったんですか?」

「んー……いや、女神リューディアから名前をもらったと言っていたが。まあ女王もそうだけど」

「あー確かに、字が同じですね。憎悪の女神の嫉妬を受け、天使に擬態している輪廻転生の女神様。その母親愛情の女神ヴィヌシーナに似てとても美しい女神で、黄金の唄声を持つ。一度でいいから、その姿を拝んでみたいものです」

「よく知ってるな、好きなのかい?でも残念ながら彼女はもう、この地には降りてこないよ。懲りたらしいからね」

「会ったことあるんですか?」

「会ったこと――」


 あったことあるもなにも、と言いかけてリディアは口を結んだ。自分の身の上を知らない一般人とくだけた話をするのが久しぶりすぎて、簡単に口を滑らせるところだった。リディアは大げさに咳払いをして「会ったことはさすがにないけれど、そういう神話を読んだことがあるんだ」と慌てて弁明した。ユリが信じてくれるとは到底思えないが、面倒くさがりだからそう深くも聞いてこないだろう。案の定ユリの返事は「ふーん」という渇いたものだった。


「そういえば、誰に似ているかってのは分かりましたか?別に興味はないですけど、もうこれ以上じろじろみられるのは不快で溜まりません」

「ああごめん。確かにユリなんていう知り合いは居ないし、人違いだったよ。似ている奴が誰かっていうのは思い出せたからもう、大丈夫。」


 そういうリディアの表情はどこか悲しげで、自分を見る目が途端に遠くを見ているように感じられた。空高く昇る小さな月と大きな月が黄金に輝いていて、リディアの青い硝子の瞳は金色に染め上げられ、ユリの瞳と同じ色になった。ユリは急にどきっとして、さっとリディアから目をそらした。


「貴方の瞳は黄金の月のようだ。とても綺麗だね。」

「よくもそんな、歯が浮くような薄ら寒い台詞を思いつきますね。」

「本当のことを言っただけじゃないか。…不快な思いをさせてすまなかったね。貴方は、私の親友によく似ているんだ」


 強い北風にユリの緋色の髪がさらわれ、ビュオオという音にリディアの言葉がかき消される。ユリはリディアが何て言ったかよく聞き取れなかった。もう一度聞こうかとも思ったが、リディアの悲しそうな、そして寂しそうな表情を見てしまったら、もう一度という言葉はユリの喉奥で消えた。そもそも自分は、そんなことには興味なかったはずだから。

 家に着くとリディアは「話し相手になってくれたお礼」と言って料理をふるまってくれた。ストックしていたかぼちゃをふんだんに使ったそれは今日一日感じた不快な思いと疲れをすべて拭い去ってくれるほどの美味しさだった。ユリが疲れて寝入ってしまうと、リディアは置手紙とルイスの墓に備えるはずだったかぼちゃのスコーンをのこしてユリの家を後にした。


「はあ。流石に、夜はとても冷えるな…。ごめんルイス、墓参りすっかり忘れてしまっていたよ。でもかならず帰るから、その時にいろいろお話ししよう。」


 リディアの手のひらには、銀製のサファイアのピアスが二つ。リディアはそれを自らの耳に嵌め、よしっと気合を入れて、夜の国へと歩み出した。

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