prelude
この世には神が君臨し、天使と悪魔が対峙し、そして人が生きていると教えられてきた。この世に生を受けた数多くの人間の一人、セシリアは、デムヴァルト家の女の子だった。
彼女が生きる【新生エヴラ・ソラス】と呼ばれる美しい国は、多くの人が神と天使と悪魔を信じている。信じている反面、国を治めている女王が定めた法律では、神を崇拝する者たちに“神の力を求めてはいけない”と説いている。
そして魔を信じる者のために、“我々は自らの力で事を成す事の喜びを知っている”と説いた。当のセシリアも神を信じ魔を恐れていた者として、幼き時よりそう教わってきた。
しかしそれが結果的に魔を呼び寄せないかどうかと聞かれれば、必ずしも頷けるものではないということを、女王は知っていた。
たとえそれが、善良で正義感の強い少女だったとしても。
◆
セシリアには兄弟がいた。9つ上の、研究者として素晴らしい功績を残し、今や薬剤師として活躍している眉目秀麗な兄が。
しかしセシリアは兄と比べて、あまり出来のよろしくない妹だったらしい。生まれた時から優秀な兄セシルのそばで育ち、兄が所属した新生エヴラ・ソラス直属の高等研究機関【鳥ノ巣】で勉学に励もうと思った矢先、13の冬に行われた試験に落ち、浪人を余儀なくされた。
14の春にも試験を受けたが、やはり点数が足りず不合格通知が梟便で届いた。セシリアはこの優秀な道を諦めることにした。
妹を心配したセシルは学費を払ってセシリアを普通科の高等学校へと入学させてやり、人並みの人生を歩ませてやろうと努力した。セシリアは兄より出来は悪かったが、人並み―よりも少し下回る頭は持っていたようで、無事卒業することができた。
そして、セシリア・デムヴァルトは見事兄に似たその中の上の容姿によりベレスフォード子爵に見初められ、齢18で晴れて下女として働くことになったのである。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
セシリアは今日もにっこり微笑んで、喜んで子爵の召使いとして働いている。自分で働いたお金で兄に学費を返すのだと、初仕事の前に意気込んでいた。
しかしそんな善良な少女であるセシリアが、たった1年働いただけで職を失ってしまうなど、天の神も予想しなかったことである。