覚醒
サカグチが業火に襲われ死を覚悟した瞬間、その炎は氷によって相殺された。
「……、あれ?生きてるの俺?」
〈うぐっ……、ひぐっ……、さ、サカグチさん……バカもう……〉
「あー、もう泣くなっつーの。てか何が起こったのか現状を把握しよう」
〈ぐすっ……、了解しました。どうやらここの近くで強力な氷の魔法を放った人がいるようですね〉
すると、上空に人影が見えた。
「私の名前はアルバ・シナーセス。職業は旅人だ。そして苦しむ人の味方です。恐竜の魔物が村をっていると聞き、駆けつけてきました」
その男は黒のシルクハットに黒のタキシードをまとい杖を装備し、白いヒゲを生やし、まるで英国紳士みたいな格好をしていた。
ゆっくりと地上に舞い降り、サカグチに向かって杖を向けた。
「観念しなさい魔物よ!」
「いや俺は魔物じゃねーから! つか俺だけならまだしも、両方を見比べるとどっちが村を襲うかぐらいは分かるだろ! いや分かって欲しい!」
「確かにそうだな。すまなかった」
「まあ良いが、これで俺の命を救った事はチャラな」
〈ひぐっ……、ずいぶんと安い命ですね〉
「お前はいつまで泣いてんだよバカやろう」
〈らって、ヒャカグチしゃんが急に優しくなりましゅし、私の「生きて帰って。」が逆に死亡フラグにおぼえてきましたひ、とにかく……ふえーーーーん〉
キュリは子供のように泣きじゃくった。困ったサカグチであったが、とりあえずなだめる事にした。
「あー、良し良し、いい子いい子。それで戦闘ナビは出来そうか?」
「……、うん。頑張る……」
「オッケー信じるぞ」
そして再び、チュークライ・サウルスの口が赤く光った。それを見てサカグチは横に、アルバは上に回避した。
チュークライ・サウルスから放たれた炎は岩場を突き破った。その穴から、たくさんのコ・サウルスが乱入してきた。
サカグチは舌打ちをした。
「あー、めんどくせえ。仲間が来たのは良いが、こいつらも敵に回ってくるか」
「いやむしろ、何で今まで敵じゃなかったのですか?」
「それより俺はどうすればいい? どうして欲しい?」
アルバは上に向かって襲いかかるコ・サウルスをかわしながら言った。
「私は詠唱時間が短い方だが、それでもこのサイズとなるとかなりの時間をかけなければならない。もちろん自分が無防備な状態でだ。だからまずコ・サウルスを撃退して詠唱の時間を作りたい」
「相変わらず魔法使いはめんどくせえな。それじゃあ、俺がチュークライの足止めしてるから、その間にコの方を一掃しといてくれ」
〈アルバさん、出来るだけ早くお願いします〉
懇願するようにキュリはお願いをした。アルバは笑顔でうなづいた。
そしてサカグチは再び守るだけの戦いに入った。今度はコ・サウルスも横槍を入れてくる状況で。両方とも、ある程度クセは見抜いたとはいえ、徐々にキレが無くなっていく自分の体に鞭を打ちながらの戦いは過酷極まりない状況だった。
そして10分後、ボロボロの状態になりながらも距離を置いた。するとアルバと背中合せの状態になった。そしてまだ、たくさんのコ・サウルスが見えた。
「おいオッサン、まだコ・サウルスの除去が出来てないのかよ。いい加減にしろよ、こっちは持ちそうもねえぞ」
「私はそもそも後方支援タイプだから、こういう戦いは苦手でな」
「文句言ってるんじゃねえぞ……、って、あれ?」
〈サカグチさん!〉
サカグチは一瞬視界がぼやけたと思うと、片膝をついていた。それを振り払うようにこん棒で地面を叩きつけた。
「おい、君は大丈夫なのか?」
「ああ、気力が残ってるうちは大丈夫だ。それより、何か手は無いのか……」
そうして周りを見ると、こちらに近づいてくる人影が見えた。
「おいキュリ、あの人影を確認しろ」
〈既にやっています。 えーっと、チャイナ服を着た……、って! あれはリレットさんかと〉
「リレット? そんな奴いたか?」
〈サカグチさんが森でセクハラしまくった人ですよ……〉
「ああ……」
そして状況の全く分かっていないリレットがこちらに来た。
どうやらかなりのお怒りの様子。
「おいフンドシ男! 私にこんな写真よこすなんて良い度胸してるじゃないの! 罰としてあんたの持ってる大事なもの全部奪って行くからね!」
それを見てサカグチはニヤリと笑を浮かべた。そして力の限り大声で叫んだ。
「おいコ・サウルスよ!! そこに上手そうな肉があるぞ!!!!」
「え?」
コ・サウルスは一斉にリレットを見た。そしてこちらと見比べたあと、当然のようにリレットに襲いかかった。
「キャーーーー、覚えてなさーーい」
リレットはそのままコ・サウルスを連れながら逃げていった。
「おいアルバ! 今がチャンスだぞ!」
「もうやっていますよ。」
既にアルバの体は青色のオーラで包まれていた。
「申し訳ありませんが、少しあのチュークライの足止めをして欲しいのです。」
「合点承知之助!!」
そういうと鬼気迫る顔と猛スピードでチュークライに襲いかかった。それを見て少し怯んだチュークライであったが、火を吐くために炎を貯めた。
「うおおおおおおおお!! こちとら慣れない逃げ逃げ戦法でストレス抱えてるんだよ、ボケが!!」
そしてあと10メートルに差し掛かったとき、完全にチュークライの口が開かれた。
〈サカグチさん!〉
「いや、まだ行ける!」
サカグチはトビウオのようにチュークライに飛びかかった。空中で、チュークライの口の中の炎が見えた。それは自分の死が見えるものと同じ意味であった。
「届けーーーー!!」
迫ってくる恐怖を振り払い、口から炎が出るまさにその直前、サカグチ渾身のこん棒がチュークライの顎を上に突き上げた。
━━━ドウウウウウウン!!!
横に放たれるはずの炎が上に吐かれた。辺りが更に燃え広がった。サカグチは体制を崩しそのまま倒れ込んだ。
「ぐはッ。」
そしてようやく待ちに待った、アルバの詠唱が終わった。
「大地の炎をも全て氷尽くす澪標よ。私たちを救いたまえ。いけ! ホワイトアテンダブレス!!」
アルバ放たれた魔法はまずチュークライの足元を襲い凍らせた。そして徐々に上に上がっていき、最終的には全てを凍り尽くした。
そしてサカグチの前に、一本の剣が転がってきた。それはアルバの投げたものであった。
「まだですよ! これぐらいの氷ならチュークライはすぐに解いてきます。その剣で氷ごと止めをさしてください!」
よく見るとチュークライの氷は既に震えていた。しかし、そんな事よりサカグチは剣の事が気になって仕方なかった。剣にしては形が歪で少し汚れていて、まるで何かの怨念を写しているような気がした。
「この剣、どこかで見たような気が……。」
試しに軽くさすってみた。懐かしい感触だった。そして力をグっと込めて握ると、その剣がゆっくりと光り始めた。
「ああ……、思い出したよ。お前を忘れるなんてごめんな。マサムネ。」
〈サカグチさん早く止めを!〉
チュークライの氷にはヒビが入っていた。その状況を見ながら、サカグチはタバコを取り出し、熱のこもった岩で火をつけた。
「なにをやっているのだね君は! もう復活してしまうぞ! 私も次に同じ魔法を撃つ余裕はないぞ!」
「フーッ。黙ってろクソジジイ。そんな事より、今は俺とマサムネの再開を祝す方が先だ。」
アルバの忠告も虚しく、チュークライの氷が破られてしまった。
〈そ……、そんな……。〉
「もう……、終わりだ……。」
キュリとアルバは絶望した。コ・サウルスから逃げ切り、遠巻きに見ていたリレットでさえ。
しかしそんな時、周辺が大きな地震で揺れ始めた。
〈な……なに?〉
全体が揺れている中、唯一揺れていない物があった。サカグチである。紫のオーラに身を包み、それに呼応するかのように剣が嵐を呼んでいた。
そしてサカグチ自体が徐々に変化をしていった。その姿は、身長190センチ、頭は短く刈り上げ目は鷹のように鋭く、短く揃ったヒゲをはやし、黒の高級スーツに身を包んだ、サカグチがオンラインゲームをする時は必ず選択する、ちょい悪親父を通りこしてヤク〇みたいなアバターであった。
「はああああ…………、ぶるあああああああああああ!!!!!!」
サカグチが大声で叫ぶと、地震が止まる変わりに火山が大爆発を起こした。そしてタバコをくわえながら、ゆっくりとチュークライの元へ近づいた。
「そういえば、初めて旅をした時も綺麗な満月の夜だったな。あの時は、ただ強くなることだけを願った」
チュークライは、目の前の恐怖をねじ伏せるように今までよりも大きな炎を吐いた。サカグチは抗うことなく、それに飲み込まれてしまった。勝利を確信したチュークライであった。が、
「色々あって俺も変わったが、その思いだけは今も変わらねえ」
無傷、どころかタバコさえ燃やせていなかった。
そして火を吐き終わって頭が下がっている状態の時に、一瞬で間合いを詰め、激しい頭突きを食らわせた。
「おらッ!」
「ギャオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!」
ただの物理攻撃にも関わらず、今までのどの攻撃よりもチュークライは大声を出し体を捻らせた。
「まだだぜ!」
今度は足の蹄を踏み、そのまま腹を殴った。
「うらっ!」
「ゥギヤアアア!!!!!!!!!!!!!!!」
頭が下がり身動きが取れなくなったのを見て、サカグチは静かに笑った。そして紫のオーラが倍増した。
サカグチは姿勢を低くし、高くジャンプをした。その高さはチュークライを遥かに越え、アルバ達が首を上に向けなければ見れない所まで飛び上がった。そして最頂点で静止した。
「行くぞマサムネ! 必殺……」
必殺を口にすると、それに呼応するかのようにマサムネが更に激しく唸り始めた。まるで、何千年もこの時を待っていたかのように。
「喧嘩切りいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!!!」
━━━ズサンッッッッツッツ!!!
落下しながらその勢いだけで剣を叩きつけた。
辺りに爆発音が鳴り響いた。その斬撃はチュークライだけでなく、岩や地面ごと大きく抉りとった。そこからマグマが更に噴火した。
━━━ドーーーーーン
サカグチはチュークライの残骸の確認もせず、周りの火を少し浴びながら、その場を立ち去った。そしてアバターがゆっくりと元のフンドシに戻り、アルバの所についた時には体をまとっていたオーラも無くなり、剣も元に戻っていた。
〈………………〉
キュリはそれを見て何も言えなかった。マスターが勝ったのは心から嬉しい。生きていて良かったと。これほど人の事を思った事はなかったぐらいに。しかし、今は恐怖心が勝っていた。
そしてサカグチはいつもと同じテンションで言った。
「あつっ、この装備だと相当熱いんだが……。あちちッ、あちっ、あちッ。」
そのいつもの光景を見て、キュリは安心して言った。
〈おかえりなさい、マスター〉
「いいから早く下山しようぜ。おいオッサン、お前も来いよな」
「ああ、私も君に聞きたい事がある」
なにはともあれ、チュークライ・サウルスとの戦いは終わった。