第二次性徴
そしてサカグチはその後もダメージを一切受ける事なく敵を倒していった。ちょうど10体目のゴブリンを倒した時、自分の体が力強くなったように感じた。そして少し興奮した様子でキュリに尋ねた。
「なあキュリ、もしかしてこれって第二次性徴か? 性の目覚めなのか?」
〈違います。レベルが上がったのです。おめでとうございます。ポイントも獲得しましたので、体力、筋力、物理防御、敏捷、魔力、魔力防御のどれかに振りわえてください〉
「じゃあ全部筋力に振っといて」
〈了解しました〉
すると、サカグチの筋肉がどんどん活性化されていった。血管がみるみる浮かび上がっていく程に。
「うお! こ、これはスゲー筋肉だ! ヤバい、マジでヤバい! もう筋肉だけで敵を倒せるんじゃないだろうか!」
そしてゴブリンが一体、草むらから出てきた。
それを見てサカグチはニヤリと笑った。当然キュリは嫌な気しかしていない。
「よし来た! うおおお!! 見よ! この木箱で売ってる霜降り牛のようなキメが細かく美しい俺の筋肉を!!!!」
サカグチは筋肉を誇張するポーズをとった。
ゴブリンは、無言でサカグチの頭を石斧で叩いた。
「…………いったっ……、あーいたい……、おー、痛い痛い……。あー、これ本当に痛いな……」
〈遊んでないでさっさと倒しなさい〉
ゴブリンを蹴散らした後、そのまま移動して分かれ道にたどり着いた。
「なあ、これってどっちが正解なの?」
〈そうですね。今は左の道ですね。右は出てくる魔物が強いです。レベル8ぐらいが推奨ですね〉
「よし、なら右だな」
〈言うと思ってました……。まあ、死ぬ事だけは無いようにしてくださいね。これだけは約束してください〉
「てかさ、死んだら一体どうなるの?」
〈死んだら、そのプレーヤーの親の元にメールが届きます。内容はプレーヤーが今までネットで調べたワードと、書き込みした内容の全てです〉
「現代っ子にとっての最も恐ろしい死刑はやめろ! いっそ殺してくれ、パソコンの「おしべとめしべフォルダ1」のデータと共にな!」
〈一体何があるんですかね……。まあ、それと、この異世界には二度と来れなくなりますね。記憶も無くなります〉
「ああ、それは全く問題ないな」
〈おいおい私の立場は〉
そしてその道を進んでいくと、全長1メートル弱のドラゴンに出くわした。体は細いが爪が大きく鋭い。先ほどまでのモンスターとは一線違った威圧感を放っている。
〈気をつけてください、あれはコ・サウルスといいまして、ここの野生で出るモンスターじゃないです。大きな爪や火も吐くので注意してください〉
「なるほど、イベント戦かな。なら、俺も本気を出すしかねえな」
サカグチはするりと眼帯を外した。
〈おお、それっぽいですね。能力的には全く変わっていませんが〉
「こんなもん気分の問題だからな」
こん棒を振り上げ、大きく構えを取った。コ・サウルスはこちらの様子をジッと見ている。
「今回の敵は頭がいいみたいだな。それじゃあ、こっちから仕掛けますか!」
直感で動くことを好むサカグチはすぐに攻撃へと頭を切り替え、いつものように頭を叩きつけに行った。しかし相手の動きが早く軽くかわされてしまった
そしてコ・サウルスは距離を取って火を放った。それを間一髪でかわした。
「あぶねえ、あれ当たったら一発で死ぬんじゃね?」
〈一発は大丈夫でしょうが、二発もらえば……〉
今度はこん棒を下に構えた。そして、先ほどとは違い素早く振り切った。
が、それも当たらない。逆に体制が崩れたところに大きな爪の攻撃が来てしまったが、それをこん棒で振り払った。
当たれば瀕死。その攻防を何度も繰り返した。
サカグチにとっての、ある意味初めての戦いである
「チッ、相手の動きが早すぎる。こっちのスピードじゃ対応出来ねえ」
〈ここは逃げましょうサカグチさん、攻撃が当たらないなんて無理ですよ〉
「攻撃があたらない……? ちょっと待てよ……」
少し考えた後、再びこん棒を下に構え、また同じように叩きにいくふりをして、足でコ・サウルスの顎を蹴り上げた。
「ギャオアッ!」
〈でもダメージは無いですよ!〉
「だろうな!」
体制が崩れた所に、こん棒を大きく振り上げて叩きつけた。
「ゥギャオア!」
コ・サウルスが少し怯んだのを見て、今度はバットのように持ち替えた。
「ほないくでーー、必殺ッッ!!!!」
一本足で構えて大きく振りかぶった。
「巨人は王貞治が練習中にあまりに大きなホームランを打つため、ホームランネットの高さを上げた。しかし、王貞治はそれを更に超えるような打球を放った。そして、その王を俺は超えてみせる!!!」
〈早く攻撃しなさい〉
「おら、クソボケが! 絶対絶頂! ほぼ逝きかけました打法を喰らええええ!」
タフィーローズのようなバットが下から出る大きな軌道を描いたスィングが直撃し、コ・サウルスはそのまま推定98メートル、神宮球場のポール際なら入るか入らないかの距離を吹っ飛んだ。
テテテテーテテッテッテテー♪
「やったぜ。」
〈やったぜ。レベルもかなり上がりましたね。ポイントはどう振り分けておきますか?〉
「筋力と敏捷を半々ぐらいで頼むわ」
〈了解しました。えーっと、それでですねー!〉
キュリはそれから、普段は聞けない無邪気で嬉しそうな声で言った。
〈うわ、妖精ポイントもかなり貯まりましたね! いや、これだけ妖精ポイントがあったら色々出来るだろうなー。うれしいなー。妖精ポイントがある時! いえーい! 無い時、とほほ……。うふふ、今はある時です! 妖精ポイントうれしいな♪〉
「何か怖くなってきたからやめろ」
〈それでサカグチさん! 妖精ポイントをどのように使いますか!?〉
「ドブにでも捨てとけ」
〈…………、了解しますん〉
「なにその単語?」
そうこう言っていると、草むらから村人が出てきて、こちらに向かってきた。
「おお、お主がコ・サウルスを倒した人であるか……、って、よく見たら化け物じゃないか!」
「……、ガオーーー!!」
「うわ! こっちみんな!」
サカグチは両腕を上げて足を広げ、カニのような姿勢で村人を追いかけた。
〈やめなさい〉
キュリはサカグチを落ち着かせ、その後サカグチは村人を追いかけ、何とか誤解を解いた。
「いや、すみませんでした。てっきり人の皮を被った魔物かと思いました」
「正直物は死を見るぜ、と言いたいとこだが、それよりこっちを見てた訳を教えろ」
「はい。とりあえず、私の村にきて下さい。無料で宿泊もしますし、料理も出しましょう」
「異論なし」
そうして、村人についていった。
村に到着するとまず目に入ったのが、潰れた家と焼かれた家の二つであった。全体を見回すと小さいながら、たくさんの家があり、農業が盛んなように見えた。
その村人の家に入り、暖かいミルクを飲みながら話をした。
「サカグチ様の倒したコ・サウルスなのですが、あれは群れをなして度々この村を襲ってくるのです。火は吐きますし爪は鋭いですし、暴れて大変なのですよ。怪我人も多数出てます」
「へえ、そのわりには家が壊されてるのを見たのは二件だけなんだが」
「それは、コ・サウルスが爪で引っ掻いても壊れない素材を使い、火を吐かれても大丈夫なように設計していますから。100匹乗っても大丈夫です」
「なんかそれで装備作って欲しいんだが……。俺の装備は布っきれだぞ。吹けば飛ぶような代物だぞ」
「申し訳ないですが、それは無理です……」
「まあ良いか。それで俺が一匹ぶっ飛ばしたわけだが、それで来なくなるということは?」
「残念ながらありませんね……。今まで私たちも集団で命からがら数匹を退治したことはあるのですが、全く無意味でした」
「それで、俺に何をして欲しいわけ?」
「ここの村の近くに活火山がありまして、そこにコ・サウルスの巣があるのですよ。そいつらの親玉のチュークライ・サウルスがいるので、そいつを叩いて群れを活火山から解散させて欲しいのです」
「なんか締まりのない名前だな……。まあ要するに大きい恐竜を倒してきたら良いわけだな」
「はい、そうです。それでは地図を持っていってください」
「なあ、ついでに防具作ってくれねえか?」
「だから無理ですって」
サカグチは地図を頼りに活火山のふもとまでたどり着いた。
キュリは周辺を警戒しつつ、静かに喋り始めた。
〈まあ言うまでも無いですが、ここの魔物はかなり強いです。コ・サウルスもたくさん出るでしょうし、細心の注意を持って行きましょう〉
サカグチがゆっくりと足音と息を殺しながら中に入っていくと、沢山のコ・サウルスで溢れかえっていた。
「レベルが上がったとはいえ、この数で囲まれるとさすがに厄介だな。極力避けて行くか」
〈はい、それが良いと思います〉
そしてそのまま進み、なんと誰とも戦わずして最深部の入口までたどり着いた。
「…………、いや、まさかここまで上手いこといくとは思わなかった」
〈……ですね。でも好都合ではあります。体力満タンで挑めますからね〉
「それじゃあ行くか」
最深部のマグマのステージへと続く洞窟へと入った。すると、そこには体長が5メートルはあろうかというチュークライ・サウルスがいた。ティラノサウルスのような風貌で体全体が赤く、凄まじい威圧感を放っていた。
サカグチは一度目を瞑り、深呼吸をしてから、その前まで歩いて行き、仁王立ちをしながら大声で話しかけた。
「よおチュークライ・サウルスよ! 最初は人の頼みでお前を倒そうと思ってたんだが、今になるとそんな事どうでも良くなったわ。俺たちが戦う理由はただ一つ!」
サカグチはニヤリと笑った
「どっちが強いか、だろ?」
こん棒を下に構え臨戦体制を取った。今まさに、種族を越えた激闘が起ころうとしていた。
していた、のだが、そのままの体制で20分が過ぎた。
「…………、おいキュリ、全く相手が襲ってこないんだが。これレベルが低いから相手にされてないってことか?」
〈いいえ、それは恐竜族の気性の荒らさから言いってありえないです。考えられるのは、えーっと、少々言いにくいのですが……〉
「いいから言えよ」
〈ちょっとチュークライ・サウルスの前に立ってもらえますか?〉
「恐竜の前に立ってみたってか。動画上げれば100万再生は余裕そうだな」
そして言われるがまま立ってみた。完全に目が合っている状況となった。その目を見ると、敵としてではなく、むしろ慈愛に満ちた目であった。
「なあ、これってもしかして……」
〈そうですね。完全に仲間、要は魔物として見られていますね〉
「…………。」
チュークライ・サウルスは口を開け、優しくサカグチの上半身をくわえた。
「…………。」
そのまま自分のヒナがいる巣まで運び、ゆっくりと下ろした。
「…………。」
そして身を綺麗にするかのように舌で舐めまわした。
「…………。」
他のヒナ達も仲間が来たものと思い喜んでいる。
「…………。」
〈えーっと、サカグチさん。大丈夫ですか?〉
「そんなはずはない……、俺が敵からも魔物として見られてるなんて、そんなはずはない……」
〈いい加減認めましょうよ。でも大丈夫です私は知ってます。サカグチさんが一応人間であるということを〉
「一応てなんだよ。まあいい、とりあえず巣から出るか。ヒナに愛着がわいても何だしな」
サカグチは再びチュークライ・サウルスの方へ向かった。
〈ここは引き返しましょう。見たでしょうあの大きさを。今のサカグチさんなら一撃、いや、カスッただけでも致命傷になりかねません〉
サカグチは一度笑いを見せた後、ドスの効いた声で言った。
「女は黙ってろ」
キュリはサカグチの放つ迫力に声が出せなくなった。一瞬の威圧感だけならチュークライ・サウルスよりも上だと感じた
辺にピリピリとした緊張が生まれた。
そして再びチュークライ・サウルスの前に来た。
「なあ、テメェが俺を魔物と間違ったとこまでなら許せた。だがな、それからヒナの所に運んだのはマズかったな。それはこの世界で最もやってはいけない罪状だった」
高く飛び上がり、こん棒を大きく振り上げてチュークライ・サウルスの頭を激しく叩いた。
「ギャオアアアアアアアアッ!」
「罪名は、俺を二度も舐めた罪だ」