無料の枕を貰って高級ベッドを買わされる老人
「ば……ばあちゃん……」
「まあまあ、大きくなったわね。知道」
お婆さんはニッコリと微笑んだ。それを見てサカグチは更に涙が溢れかえった。
一歩ずつ、まるで子供のようにサカグチはお婆ちゃんの所へと向かった。
そして、こん棒を取り出した。
〈え?〉
「死ねクソババア!!!!」
周囲も驚きを見せた。お婆ちゃんとの感動の出会いのシーンからのこん棒……だけでなく、サカグチの獣のような殺気からだった。
今までとは違い、本気の本気のであった。そして超加速からの会心のこん棒がお婆ちゃんを捉えた。
「やったか!」
確実に当てたと思えたタイミング。しかし、もう目の前におばあちゃんはいない。左右を見回してもいない。
「ふぉっふぉっふぉっ、甘いぞ知道。キャンペーンで無料の枕を貰って高級ベッドを買わされる老人ぐらい甘いわ!」
君江は仁王立ちしながら上空に飛んでいた。そして素早く着地したあと、ぼう然としていたサカグチを手のひらで軽く引っぱたいた。
「ほげーーっ!!!」
サカグチは3メートルぐらい吹っ飛ばされ、みっともない体制のまま倒れた。そして、声のトーンを上げて言った。
「殴ったね、チュークライサウルスにも殴られた事がないのに!」
「なんじゃいそれは」
キュリはその光景を見て驚いていた。ギャグで言っているように聞こえるが、本当にチュークライ・サウルスから一撃も喰らわなかったサカグチが、いくら呆然としていたとはいえ、田舎の年寄り相手に強烈な攻撃を当てられるとは思ってもいなかった。
サカグチは口の血を吐き捨て、怪訝な顔をしながら言った。
「つかよ、何で俺って分かったんだよ。人間どころか魔物に間違われるレベルなのに」
「ふん、そんなもん仕草や言動で分かるわい。あんたの親よりあんたを見てきた私だよ」
「そりゃそうか」
そう言うと、サカグチは寝た状態から体の反動だけで起き上がった。
「よっと。つーかよ婆ちゃん、色々聞きたい事はあるが、何で異世界に来ちゃったわけよ」
「それはな、今住んでる町はだいたい私が絞めちゃったからのお。あんまり遠出も出来なくなったし、とりあえず異世界でも侵略しようかなと思ってな」
君枝はしみじみと語った。
「いくら最近の老人が元気だからって町ごとしめられるとはなあ……。さすが俺の婆ちゃんと言ったところか」
「最近の草食系男子なんぞ余裕じゃったぞ。草加せんべいより歯ごたえ無かったわい」
「耳が痛いぜ……」
〈あ……あの!〉
展開についていけなかったキュリであったが、とりあえず現状を整理してから質問をした。
〈サカグチさんのお婆さんとまで聞きましたが、もう少し詳しく教えていただけませんか?〉
キュリの問いに対し、サカグチが少し息を吐いてから答えた。
「ああ、俺が教えるよ。あれは俺の婆ちゃんだ。とはいっても血が繋がってる訳じゃなく、俺の親が仕事で家を開けてる時間が長かったから、小さかった俺を家の近くに住んでたそこの婆ちゃんに育ててもらったわけだよ。」
〈へえ、ですけどそれだと恩人と言うことになりますよね。〉
「近所では、がばい婆ちゃんとして有名じゃったわい」
お婆さんは懐かしむように言ったが、サカグチは苦い顔をした。
「嘘つけクソババア。まあ育てた事じたいは今でも感謝しているが、その育児の仕方に相当の問題があったわけよ」
〈どんなですか?〉
「あれはガキの時だったなぁ」
サカグチは表情を歪ませ、忘れたい物をわざわざ掘り起こすような気持ちで語った。
回想(暴言等に注意。)
「のお知道よ、お前は彼女とかいるのか?」
「彼女って何?」
「そうじゃな、定義は難しいが、性を放つ対象の女と言ったところかの」
「良くわかならないけどいないよー。友達の女の子ならいるけど」
「まあそれで良いわい。もしその子と、お母さんが崖の上から落ちそうだったとする」
「なんで崖の上に行っちゃたのかな?」
「そうじゃな。ヤクザとチキンレースでもしてたんじゃろ。理由はある大臣に産む機械って言われてストレスが溜まったとかで」
「うんうん。厚生労働大臣の失言はこんな所にまで波紋を呼んでいたんだね。それでそれで?」
「それでじゃ、その彼女とお母さん、どちらかが助けれるとする。どっちを助けるのじゃ?」
知道君はうーん、と言いながら考えた。
「分かんないけど、お母さんかな。やっぱり、お母さんかな。あんまり遊んでくれないけど、それでもお母さん」
「おー、そうかいそうかい」
お婆ちゃんは笑顔で答えた。それを見て知道君も嬉しくなった。
「それじゃあ、お婆ちゃんと彼女が崖から落ちそうだったとする。さあ、どっちを助けるのじゃ?」
今度は考えることなく、知道君は笑顔ではっきりと答えた。
「お婆ちゃん。それはお婆ちゃんだよ。にひひー」
「おお、そうかそうか。」
お婆ちゃんは笑顔になってから、手を振りあげ、知道君のケツを思い切りしばき上げた
「いでえっ!な、なにするんだ婆ちゃん!」
婆ちゃんは鬼の様な形相をしていた。腕組みをしながら見下ろしている婆ちゃんを見て、知道君は一歩後ろへと下がった。
「あのなあ、男はな、女を抱いてナンボなんじゃよ! セックスアピールのない男なんぞバク転の出来ないジャニーズみたいなもんじゃ! 女を抱く、その一点だけで彼女一択じゃろうが! 少年よ、腰を振れい!」
「う……うん」
そして再びお婆ちゃんは笑顔になった。
「それじゃあ知道、今日はスッポン鍋にして来るべき日に備えようかの。私と一緒に」
生涯現役のエプロンをかけ、お婆ちゃんは知道を連れてスッポンを買いに行った
いつの日かの夜
知道の親の仕事が更に忙しくなり、家に帰れない日が続いた。そしてついに夜もお婆ちゃんのお世話になることになった
「お婆ちゃん、今日はお婆ちゃんの家で寝るからよろしくね」
「あいよ、よろしくね」
朝に納豆、昼にオクラ豚丼、夜にスッポン鍋を食べてからお風呂に入り、放送初期のエロシーンの多かったバ〇殿を見ながらゆっくりと布団へと入った。
「お婆ちゃんちょっと早いけど寝よっか」
「そうだね、明日は百人組手があるし体力を貯めとこうかね」
「お婆ちゃん空手やってたっけ?」
「そうだね、ある意味空手より命がけだと思うね」
そして電気を消そうとしたとき、お婆ちゃんは袋に包んだある物を知道君に手渡した
「え? なになにこれは?開けていいの?」
「うん、開けてごらん」
その中には、小さな手でも持てるサイズの銃が入っていた。
知道君はまさかとは思ったが、一応確認をとった。
「ねえお婆ちゃん、これってBB弾飛ばすやつだよね?」
「いいや、モノホンの銃じゃよ。チャカじゃ」
それを手にもったまま震える知道君に、お婆ちゃんは自分の胸を叩きながら言った。
「私が隙を見せたらいつでも撃つが良い。日常にも死の恐怖があるってのはボケ防止にもなって素晴らしいもんじゃ。ちなみに」
お婆ちゃんはニンマリ笑いながら言った。
「命の危機を体験すると、子供を作る本能があがって性欲が強くなるみたいじゃしな」
「てか、お婆ちゃんって子供何人いたっけ?」
「さあ、20からは数えてないのお……」
「え……、あ……、う、うん……」
知道君は産まれて初めての生返事をした。
そして月日は流れ、小学校に上がって間もない頃。参観日で夢を語るという学校イベントがあった。
「はーい、みんなの夢を今から聞いていきますね!」
先生はいつもよりも濃い化粧をしていて、子供たちは浮かれ、親達もにこやかに我が子の成長を感じていた。
「佐藤君の夢は何かな?」
「ぼくは、プロ野球選手になりたいです。いっぱいホームランとか打ちたいです」
「はい、良くできました。田中君の夢は?」
「宇宙飛行士です!僕は高い所が大好きなので」
「良いですね。それでは金城さんは?」
「ケーキ屋さんになってたくさんケーキを食べたいです」
「あら、先生も分けてもらおうかしらね」
場は非常に滑らか且つ順調に進んでいた。そして、サカグチに指名が回ってきた。
「はい、それじゃあ坂口くんの夢は何かな?」
みんなが将来を夢見て目を輝かせている中、サカグチは一度ため息をついてから淡々と述べた。
「そうですね。あまり先の事は分からないんですけど、とりあえず大学で資格を取りたいですね。まあ日本だと入る前は難しくて入ってからが楽って所が多いけど、入る前の難易度はどうでも良いので、入ってから苦労する、要は普通の人では取れない何かを手に入れれる所が良いっすね」
「えーっと……、要するに資格が取りたいのかな?」
教室の和やかな空気は一変してしまった。先生はとりあえずフォローを入れたが、そんな事などお構いなしにサカグチは続けた。
「まあ資格じゃなくても良いっすけどね。分かりやすい物があくまでこれになるってだけで。とりあえず定年になるまで、仮に会社が潰れてもまた拾ってもらえる技術みたいなものがあったら最高っす」
これを言い終わると親達は和やかな表情から一変、子供の将来に不安を覚えてきた。そしてそんな暗い親の表情を見て、泣き出す子供も出てきた。
その状況でも平然としている人物がいた。サカグチとそのお婆ちゃんである。特にお婆ちゃんは頷きながら、まるでオーケストラを聞いているかのようにその場の空気に酔いしれた。
回想終わり(お疲れさん。本当にお疲れさん)
「てな事があったわけよ。まあ要するに一年になる頃には夢が見れなくなっていたってことだ」
〈サカグチさん、私はどこからツッコンで行けば良いんですかね……〉
「やめとけ、これでもまだ序章だ。福本漫画の天のアカギ死亡編ぐらいの長さになるぞ」
キュリは口には出さなかったが、この親あってのこの子なんだなと思った。