3. パンニャでオジャマ
「今日もええ天気やぁ……」
なんでかようわからんけど、毎日大量にある洗濯物を干し終え一息つく。
日本好きの屋敷の主人が庭師に作らせた、絵のような庭に干される一面の洗濯物。
うん……趣あるわ。生活臭という趣が。
ししおどしがカコーンと響く中、青い空を見上げた。
やっぱり天気のええ日が一番や!
よう乾くし、掃除もしやすいし、町に買い物もいくからご飯がうまい。
魚も肉も野菜も、鮮度が命やなぁ。
あー、腹減ったなぁ。さっき食べたけど。
洗濯籠を片手に首を右、左にひねる。
最近肩がようこるねん、これが。
言葉がわかるようになって便利っちゃあ便利やねんけど、同居人にあれやれーこれやれー言われるし、
歯向かったらご飯ないの目に見えてるし、上目遣いで見ても中身おっさんやろ、って言われて終わりやし。
おっさんちゃうわ!!
こんな純粋なおっさんどこにおんねん。
目とか見てん、めっちゃキラキラしてるし。
なんでこの無垢な目がわからんかなー、人間ってのは。
「宅急便でーす」
洗濯を干している場所は玄関と近い。
今日は通販で買ったものが届くから受け取っとけって言われたんやっけ。
「はいはーい」
ピンクのふりふりのエプロンなんて趣味悪いなぁ、と思てたけどなれてしまえばなんてことあらへん。
この三段ふりるのエプロンは最近のお気に入りや。
便利なんわなぁ、ハート型のポケットが前と横にあんねんけど色々よう入るねん。
今やったら洗濯ばさみとか入れれて、飾りとしてもかわええし、実用的やし、言うことなしや!
むしろ最近はレースやフリルがあらへんと落ち着かんくなってきた。
おっそろしー!
おっそろしーわ。同居人の女子力向上計画がおそろしい。
俺、オスやのに……それでも容赦ないんや。
適当にサインをして、ダンボールを受け取る。
ずっしりとした箱に俺は首をかしげた。はい、この角度黄金比。
何頼んだんやろ。ガサガサ言うてるけど。
……ま、ええか。どうせろくなもんやないやろうし。
腕をぐるぐると回して後ろを振り返ろうとした瞬間、頭の上に何かが落ちてきた。
それは俺が言葉を話せるようになった原因、自称魔法使いのばあさんが用意した言語魔法の施されている赤い実やった。
なんで今頃こんなもんが落っこちてくるんや。
しかもこれ、えらいマズいねん。
できるならもう二度と食べたない。
足元に転がる赤い実を拾おうとしてかがむと、また頭の上に何かが落ちてきた。
「ふごっ!!」
思わず頭を抱えてごろごろ転がる。
痛っ!! いったー!! めっちゃいたー!!
なんなん、今日厄日なん。パンダにも厄年ってあんの!?
めっちゃ痛いやないかー!! と落ちてきたものを探すとそれは分厚い本やった。
えぇ!? 本とか普通落とす? なぁ、普通落とす?
角刺さったで、角。もうこれ打ち所悪かったら俺、今頃ご昇天やで。
神様どうぞこんにちは、こりゃどうもご無沙汰でんなぁ、やで。
「なんやのもう」
イラってするわぁ、と思いながら拾いあげた瞬間。
俺の視界は真っ白になった。
◇ ◇ ◇
「あでっ!!」
「ぎょわ!!」
いったー!! もうなんなん。これ何のイジメなん。
今日だけで痛い目むっちゃ合ってるし。
しかも今の衝撃で赤い実食べてもたー!!
にがー! まずー!! ぺっぺ。こんなもん食うてたまるか思た矢先やのに。
俺ついてへん、めっちゃついてへん。
……ってあれ、今なんか声聞こえへんかったっけ。
勢いよく起き上がったそこは、無駄に贅沢と言うてもおかしないほど豪華な部屋やった。
何に使うんかようわからん壷みたいなんとか、毛の長い絨毯とか、もうそれ自体がわて高いもんやでー、すごいもんやでーと無言で語っている。
おぉ、よかった。なんにも割らんで。
応接間っていうんやろか。うちの家は土間とか畳みとかある家やからこういう洋間はようわからん。
目の前には香ばしい匂いと紅茶の匂いが漂う豪奢なテーブルに椅子がある。
その椅子に座っていた黒髪のべっぴんさんが俺のことを見てた。
きっと触ったらサッラサラなんやろうなぁ、と思わずおもてまうほど柔らかく揺れる黒髪は、淡い薄紅色のドレスを着た彼女によう似合てる。
自分と同じ黒い瞳と目が合うだけで、なんや捕われたように見入ってしまう。
きれーやなぁ。
彼女の出す雰囲気はむっちゃ綺麗や。
そんな風に見とれてたら、背中がうすら寒くなって右見て、左見て、
もっぺん左見る。うん、俺殺されそう。殺されてさばかれて焼かれて食われそう。
その割に「パサパサでうまくない」とか言われそう。キィー! うまないとか言うなや!!
ってごめんなさい、ごめんなあさい!!
灰色がかった黒髪の兄ちゃんと少し茶色がかった金髪の兄ちゃんが視線で俺を殺してる。
殺そうとしてるんやなくて、多分現在進行形やわ。
けどそこはしらんふり、しらんふり。だってほら、俺かわいいパンダやし。
まだ湯気の立ち上る紅茶をそのままに、べっぴんさんが席を立って俺の近くにくる。
ギャー! 視線がいたいいい!!
「…………パンダ?」
き、
きたー!! 俺のことちゃんと知ってる人キター!!
「よかったー!! せやねんパンダやねん。パンニャちゃうねぇえええん!!」
もう涙ちょちょぎれ。
だって俺が居た家って、誰もパンダっていう生物のことしらんねんやもん。
なってないわー、パンダ言うたらな動物園の人気者やで?
笹食って寝てるだけでキャーカワイイって女の子にモッテモテの役得やで?
せやのにさぁ、働かざるもの食うべからずみたいな扱いやし。
俺の仕事は食って寝ることや!
「え!? 喋ってる? っていうかエプロン……」
しもたー!!
ちゃうねや、このふりふりのエプロンは俺の趣味やないんやぁあああ!
でも好きなんやー! って、あれ?
がっくりうなだれる俺に、彼女はふっと笑いながら撫でてくれた。
うわぁ、ええ匂いすんなー。
「パンダさんもふもふだね」
そう言って笑った彼女に俺はうっすら涙まで出てまう。
そうなんだよ。誰も俺にもふもふしてくれへんけどな、けっこう毛並みいいと思うねん。
もっと触って!!
「モモ言うねん」
「……モモちゃん?」
「せや。桃源郷から取ってんねん」
「なるほど。私は花っていうの、よろしくね」
差し出された手に手を重ねる。ちっさ!
手、小さいなー、もうなんにもかわええのは俺だけか。
「ハナ様、離れて下さい」
「大丈夫です。ね、モモちゃん」
「せやで! 魔法も型がちゃうから使われへんし、気にせんで!」
ハナちゃんがにこにこしてるから、俺もにこにこして言ったらより睨まれた。
なんで!? 非力やて言うてるやん!!
「信用できるか?」
「いや、殺した方が間違いがないだろう」
なんでー!!
なにこの国パンダは笹を食い散らかす悪魔かなんかて思われてんの?
俺の好物はチャーハンやぁぁあ!!
「そんな!殺すなんて絶対だめです!!」
「しかしハナ様」
「魔法の型とかはよくわかりませんが、言葉を話す事ができて、しかもこんなに可愛いんですよ?」
あぁ、神様。
女神様がおるよ、ここに。
後光が指してみえるの俺だけ?
なんて俺のことをわかってくれとんや! ブラボー!!
可愛いでしょう、って言うてくれるから、俺の必殺トキメキ☆イチコロポーズを取ってみた。
足をパーに開いて手を置き、ちょっと小首をかしげる。
はい、百点。俺、百点。
「かわいい!!」
そう言ってハナちゃんが抱きつく。
お、お、俺も大好きやぁああああ!
と思って腕を回そうとした瞬間、目の前に居る二人とは
明らかに差のありすぎるほどの殺気を感じた。
あれ、ここ魔城かなんか?
「陛下」
陛下!?
魔王やなくて、陛下か。えらい美形キタコレ!!
突然現れるあたり、この国も魔法が根づいとんやなぁ。
あれ、じゃあハナちゃんはどっかの国のお姫様?
「ハァナ……」
「ぶっ!」
発音わるー! とは口に出したら殺されそうなんで言わへんけど。
ってすいませんすいません!! 笑ってすんません発音綺麗です、お顔も綺麗です!
だから目からビーム出して焼き殺すぞ、みたいな視線やめてー!!
「……なんだこの……単調な色彩の生き物は」
シ、シンプルって言ってぇえええ!!
単調とか言わんでぇ!
「こ、これは……」
心配そうにちらりと俺を見るハナちゃん。
ごめん、俺にはこの人無理。ほら、長いものには巻かれろって言葉あるやん。
自分よりあきらか強い人に歯向かう心の強さはあらへんのや……。
所詮パンダやし。笹食ってねて、起きて、笹食うパンダやし。
「う……馬です」
「……」
「……」
ハナちゃんの言葉に黒髪と金髪の兄ちゃんが言葉を無くす。
俺も自分を支えていた腕がカクっとなった。こりゃまたえらいもんに……。
目の前の美形はハナちゃんを見て、俺を見た後、
「……そうか」
と言った。
えええええ!!
納得するん、そこ。なぁ、納得するん!?
馬だけにウマいこと言うたなーってハナちゃんに言うべき? なぁ、俺言うべき?
陛下なんで納得しちゃうのそこ。
「そ、そうなんです! 私の国では、よくデパートの屋上とかで百円入れたら音楽と共に動き出して子供達を楽しませてくれるんですよ? バックも出来るんですよ? それに……ほら見て下さい。高貴な毛並みにこの寸胴!! この太い足はどんなに悪い道でも乗っている人にそれを感じさせず、更にこの黒く大きな瞳に見えるものは敵から視線を悟られないための痣なんです。この先には鋭く獣の本性を宿した瞳があるんです。と、とにかく……馬なんです」
……なんでやろ、涙出るわ。
誉めてんのかけなしてんのかようわからんけど、ハナちゃんグッジョブ!!
高貴な毛並みって言うてくれたとこだけ、エンドレスリピートしとくわ。
「……その趣味の悪い……衣装は?」
しゅ、趣味悪い!? このエプロンが!?
嘘やん可愛いやん、この三段フリル。立派やろ? 縫うの時間かかったんやー。
「……スタイです」
「スタイ?」
「そうです、よだれ掛けです」
……なんやてぇええええええ!!!
ハナちゃんせめてオシャレですとか言うてぇええええ!!
と、あまりの衝撃に下がった足に何かが当たる。
なんやろ、と思ってみるとそれはあの段ボールだった。
「……中身なんやろ」
これが普通の服やったら、俺着替えたんねん! と思いつつ、
大きく振りかぶって段ボールを殴った。
鈍い音は濃い緑と鮮やかな花たちの前によう響く。
横に居たハナちゃんがビクっとした瞬間、
向かい側にいる陛下から魔法の匂いがした。
ってちょー!!
あかんて! こっち丸腰やのに何する気!?
「ちょ、ちょー!! これ、ほら! あれやん。お土産!!」
全部もろてくれてかまへんから、どうぞ命だけはー!!
と思って差し出した瞬間、段ボールの底が抜ける。
……なんのコントなん、これ。
「……亭主関白?」
ハナちゃんが山のように重なったTシャツの一つを手に取って読み上げる。
あれ、漢字読めんのハナちゃん。
博識! さすがレベルがちゃうわ。
って、また文字Tシャツかー!!
そんないらんやろ! 半そでの時に買いだめしたくせに、今度は長袖かー!!
「……なんだそれは」
「これは……私の国で海外からの観光客の方にとっても人気のある漢字Tシャツですね。まさしくお土産です」
「……そうか」
って納得するんかい!!
この陛下、どんだけハナちゃんに甘いねん。ホの字か! ホの字なんやな!!
「すごくいっぱいあるんですね。どれも面白くて……あ、陛下にはこれがいいと思います!!」
色とりどりのTシャツ、様々な漢字の中からハナちゃんが嬉しそうに取り出したのは、
「“意地悪”……」
い、意地悪なんか……こんなに魔法の匂いぷんぷんさせて意地悪とか
ドSなんか! 踏んだり蹴ったりしてニヤつく変態なんかー!!
「それやったらこっちのほうがええんとちゃうん」
目についたTシャツを持ち上げると、空気が止まる。
……なんで?
「モモちゃん……それはちょっと……」
ぷっ、と吹いたハナちゃんに陛下が片眉を上げる。
えー、なんで? ええセンスやと思うけど。
暴走特急。
◇ ◇ ◇
「ほ、ほんまにもろてええの?」
「ええ、もちろんです。いつも沢山用意して下さるんですが、食べ切れずに残してしまうので申し訳なくて。だから気にせずにどんどん食べて下さいね」
そう言って心優しいハナちゃんは焼き菓子とかケーキとか、紅茶とか、色んなものを用意してくれた。
さすが神。この気遣いができる女子ってなかなかおらんよなー。
そして話題はもっぱら文字Tシャツ。
うちの同居人が気に入ってるそれは、意味わかってへんからなんでそんなん着てんのって言いたくても言われへんねんけど、
ハナちゃんは漢字わかるから、話してても面白いんやー。
漢字の形をほめちぎる、あのアホとは大違い!
ええなぁ、漢字伝わるってええなぁ。
まったりと美味しい食べ物と別嬪さんとのコラボ。
あぁシアワセー。
……何故かハナちゃんの隣に陣取った陛下の視線がなかったらの話やけどな。
視線で人が死ぬなら、俺もう死んでる。
こわいねんけどぉおおおお!! でもハナちゃんとのおしゃべり楽しいし、お菓子おいしいし、たまらん。もぐもぐ。ぷはー! うまうま。
「ずいぶんお腹が空いてたんですね?」
「せやねん、もうほんまウマいこのクッキー。ありがとう!」
「どういたしまして。遠慮しないでもっと食べて下さいね」
「お礼にこのTシャツ全部あげるわ!」
「え? それはさすがに申し訳ないです!」
「もろてもろて」
そう言って底が抜けた段ボールごとハナちゃんに渡す。
ハナちゃんは困惑しながらも護衛っぽい黒髪と金髪の兄ちゃんに配ってた。
努力
と
根性
のTシャツってハナちゃん……!!
わかってて渡してんの、なぁ、それわかってんの!?
恐ろしい子!
「……」
漢字Tシャツに盛り上がるハナちゃんと俺を、えらい視線を寄越しながらも陛下は黙ったまんまや。なんか、逆に黙られると怖いんやけど。
「……なぁなぁ、ハナちゃん」
「はい?」
「ちょおこれ見て?」
と言ってハナちゃんと顔を寄せ合う。
このTシャツな、手洗いでせんと縮むで、と呟いた。
そんでもって陛下のほうをチラっと見ー……
ギャー! すんません、すんません。
毛、なんで掴んでんのごめんすんません抜かんでー!!
「陛下!引っ張っちゃダメです! パンダの地肌は白いんですよ!! 毛が抜けてしまったらただの白ブ……いえ、かわいさが半減してしまいます!!」
ってハナちゃん今なに言いかけた? 素直にありがとうっていいにくいー!
半減て。確かに俺の魅力はもふもふやけども。
「……そうか」
って、陛下納得してるしー!
なんかかわええな、陛下。めっちゃハナちゃんのこと気にしてんのに、
しりませーんみたいな顔して……ププ!!
「ハナちゃん、陛下がこわいー!」
「だ、大丈夫です!! 陛下は一見冷たく見えますが、本当は……ほ、本当は……意地悪で傲慢でちょっと変態ですけど、でも……大丈夫です!」
「……」
ハナちゃん、それ全然大丈夫やないで? でもどさくさに紛れてハナちゃんに抱きつく。
やーい陛下、うらやましいだ……
ってこわー!! 背後こわー!! よかった魔法の型が違うくて。
なんなん人間のレベル超えてんちゃうのこの魔力の量。
下手に応戦でけへんでよかったー。
「……」
無言てこんなに攻撃力あったっけ?
しらんぷーり、しらんぷり。
「せやなぁ! あ、このタルトもろていい」
「ええ、どうぞ」
「ウマー!! めちゃウマー!! なぁ、こっちのワッフルもらっていい」
「はい、もちろん」
「ありがとう!! うまい、うますぎるぅうう!」
あぁ、この世界素敵。
なんで飛ばされたんかようわからんけど、むっちゃ素敵やん。
ティータイムが何時までか知らんけど、気がついたら陽が暮れていた。
サロンと呼ばれるこの部屋にも明かりがついても俺とハナちゃんは日本の話に夢中やった。
日本かー、なつかしいな。俺、動物園に居たことあんで、
っていう話からはじまりーの、ほんまは笹よりチャーハン好きやねん、一生チャーハンでもええっていう話から、
中華街の飲茶の美味しい店とか、そういう誰に話してもわかってくれへん話を、
ハナちゃんはわかってくれたみたいでめっちゃ盛り上がった。
あぁ! なんて素敵なんや。ナルシスト魔法使いに召還されてから早八年。
そこも飯上手いしまぁええか、と思ってたけど俺ここいたいー!!
帰りたくないー!!
「……」
……もうかわええなー陛下。めっちゃ眉間に皺寄ってるけど。
のばして! とっても伸ばしてー!!
「……パンニャ」
「ん?」
「陛下、パンダです」
もっと厳密に言うとモモチャンです☆
「パンニャ……」
ハナちゃんのときの発音といい、外人には言いにくいんやな。
うちの魔法使いも何べん言うてもパンニャやしな。
モモちゃんて呼んでくれてええのにー。
「……ええよ、なんでも」
「では、率直に言う。……帰れ」
ずがーん!!
ほんま率直に言いよった! ついに堪忍袋の緒がきれたかー!!
「陛下、その言い方は酷いです!」
「うぅ、ハナちゃん」
「まあ確かに、よくしゃべるのには驚いたし、途中空想にふけっちゃったりしたけど……」
ってえええええ!!
嘘やん、意識どっか遠いところいってたんかいな!
ぽかーんと口を開けている俺に、陛下がふん、と笑った気がした。
気がしたっていうか気のせいにしときたい。
くそう、なんかこのしてやったりみたいな顔が、イケメンやなんて認めたなーい!
「ハナちゃん……正直すぎるわ」
「ええ!? 今声に出してました?」
無意識なんかいな!! 怖い子!!
「ええよ、ええねや……」
期限切れるまで居たんねん。誰が呼んだか知らんけど。
「ハナちゃーん!」
そう言って抱きつくと、ハナちゃんは苦笑しながらもなでなでしてくれた。
ぷはー! 女の子ってやわこいよな。しあわせー……
と思っていると、足元がチカチカしている。
え、もしかしてこれ……
「ハァナ、離れろ」
そう言って陛下がハナちゃんの腕を取って自分の方へと引き寄せる。
今!? 今期限なん!?
「飛ばす場所を違えてしまってねぇ、邪魔をしたよ」
視界に黒い服に身を包んだばあちゃんの姿を見つける頃にはもう目の前もチカチカしてた。誰やねん、このばあちゃん。
「モモちゃん、よかったらまた遊びに来て下さいね!」
「……」
あ、陛下もうくんなって目してる。
また絶対いくからなぁああ! ハナちゃぁあああん!
「ま……」
たねーと続くはずだった言葉は、時空のゆがみに吸収されて消えた。
◇ ◇ ◇
「という夢ってことでいいのかな」
「ほ、ほんまやて!」
「どーせ裏山で笹食ってたんじゃねぇの」
何故かあの後鬼の形相で家主——自分を美形と疑わない大魔法使い——に迎えられ、
俺をフリル漬けにした張本人——男なのに女みたいな顔した、ちょっと変なやつ——も加わって、
床に正座しながら怒られていた。
それがな、半日消えてた俺に心配やったやないかぁ! っていう内容やったらええねん。
もうそれならごめんな、あっちの世界に永住したいとか思って、とか言うけどな、
俺が怒られてる理由は、
「で? 僕のTシャツはどこにやったわけ」
「え、また買ったのかよダン」
「そうだよ!! 秋の新作なのに!!」
新作とかよう言うわー!!
ふっつーに昔からあるわ!!
「聞いてる? パンニャ」
「イイエ、目ヲ開ケテ寝ルトイウ荒業ヲ試シテイマス」
「どの口がそれ言ってるわけ!?」
「ギャー!! 暴力はんたーい!」
なんか今日、俺むしられまくりやない!?
おばーちゃーん! 今どっかに飛ばして! 今すぐ!!
「あ、ありましたよ先生」
そう言って俺の尻の下から一枚のTシャツをミグが取り出した。
おぉ、一枚だけ持って帰ってきてしもたんか。
「恋煩」
……それ、あの陛下にあげなあかんかったかもな。
ぐふふ、と笑っているとダンからげんこつを食らう。
イター!! 暴力ハンターイ!!
「ダンなんか陛下にやられろ! ばーか、あんぽんたーん!!」
「誰だよそれ、僕を誰だと思ってるわけ食べるよ?」
「ギャー!!」
ほんまに夢やったんかな、って思わんでもないけど、
俺はダンの攻撃から逃げながら口の中に広がる香ばしい味を思い出してた。
「ハナちゃぁあああん!」
「うるせぇ、俺はハナじゃねぇよ!」
「誰も兄ちゃんのことなんかよんでないわ!!」
ベティがおたまを振りかざした瞬間、ドアホンが鳴る。
ナイスタイミング!
「はいはーい、今いくでぇえ」
パンダに正座させるとかイジメやで。もーしびれるぅうう!
スキップしながら玄関を開けると、ここら辺じゃ見ない格好をした男が立っていた。
配達にしてはラフやし、割と整った顔してるけど荷物持ってるし……、
って量多っー!! 段ボール積み重なってるやん!
なんや?
「うわ……でっけえ着ぐるみ!」
「着ぐるみて!! 純製や!」
ひどいわー! 人工毛は堅いんやぞ!!
純製はさらっさらとふっかふかやねんぞ!
「良く出来てるね! かっちょいー!」
せ、せやろ?
なんや兄ちゃん、ようわかってるやんか。
そう思って荷物を受け取りながら頷く。
「中身暑いんじゃない? 出て来ていいよもう」
「せやねん暑いねん……ってアホか! 中身なんてあらへんわ!!」
「あれ、そういえば喋ってるよ!」
「今更かい!」
気付くの遅いわ!!
「だめじゃん本物追求するなら黙って笹食べながら転がってないと! いやそこはもうタイヤで遊べばいいよ。客来てパンダクッキーとかパンダまんじゅうとか買ってもらえるよ! ほら何ていうの? まさしく『客寄せパンダ』になれるチャーンス! さあ!」
「……さあって!」
それが出来るならしてるわ!
もうみてんこの手、水仕事でがっさがさやろ?
本当もう人使い荒いわー、この家の人ら。
「ああ、中身バレないようにね! 僕も黙っとくよ! ウッカリ言いそうになるかもしれないけどなるべく黙っておくから!」
ちょおおお!!
なんで着ぐるみから離れてくれへんの? 生き物デスカラー!!
「ちゃうわ! 純製や! で、兄ちゃん何の用?」
「あ! そうそう忘れてたー。おもしろいもん見たから帰ろうと思っちゃったよ。えーっと? ここ、ダンフィールっている?」
兄ちゃんがポケットからメモを取り出して表札と確認する。
まぁ、表札は“大魔法使い”って書いてあるから意味ないけどな。
「んあ? え、うん。いるけどどちらさん?」
この八年で尋ねてくる人の顔は大体覚えたつもりでおったけど、
青年と少年の間のような、しかも変な魔法の匂いがするし。
今日は異世界魔法交流デーかなんか?
「僕? 僕はカケル。ちょっと事情あって『黒猫ハルコの異世界便』やってんだよ。これ、いっちーから頼まれたもんだから。はい」
「かけ、え?」
はい、と渡された段ボールとカケルと言った男の顔を交互に見る。
誰? いっちーて誰よ。
「ちゃんと渡したからな! よろしくー」
よろしくーの、くーの時にはもう消えかけてた。
ホラー!! ホラーだぁあああ!
こっちの世界の魔術は発動時にキラキラして、だんだん人影が霞んで消える。
パって消えたで、今。イリュージョンやでぇええ!
「……で、いっちーて誰や」
そう思って段ボールを見ると、見た事のある字が踊っていた。
“ダンフィール先生へ マリアより”
「……余計わからん」
カケルといっちーって言う人とマリアちゃんの関係が全然わからん。
「ま、ええか」
取り敢えずこれでダンの機嫌がなおるやろ、と俺はスキップして来た道を戻った。
「大先生〜、お届けもんですよぉ〜」
パンニャでオジャマ 終わり。