【プロットタイプ】美人と美しい
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
上手い回答が出来ない人間なので、感想欄閉じてます。
これは読者様の問題ではなく、私の問題。
詳しく知りたい方は代表作の『作品と作者の注意点』に書いてあります。
※『小説家になろう』、『カクヨム』様にも投稿をしております。
注意事項2
枠に押し込めたがるのは私も同じか。
何を持って美しいと感じ、何をもって醜いと感じるのか。たまに考えてしまう。私にとって美醜とは、美味い不味いと同じ様に傾向で図られるものであるとも感じている。
つまるところ、脳内で美醜を感じていても、其れが自分の琴線に触れない限り、『そういうもの』という枠組みに押し込められるのである。
SNSを見ている。沢山のキラキラした人々、お人形の様な顔の人がつらつらと流れていく。そうして其れを見る度に思うのは、今の現代日本は顔が小さく、目が大きく、唇がぽってりとして、肌のキメが細かい人が美人という枠に収まるという事であった。
其れはギラギラした街の巨大な看板を見ていても思う事であった。
「どうした」
やや遠い所から声が掛かった。声のした方に向くと、数メートル先のところから、此方に戻って来る瑠衣の姿があった。どうやら大人しく着いて来てると思ってた私を、迎えに来たらしい。
私は目の前の輝かしい巨大な看板を指差して、ただ淡々とこう言った。
「現代で言う『美人』って、こう言う人の事を言うんだろうなって」
顔が非常に小さい。目が大きい。唇がぽってりとしている。全体的に細く、折れそうな首が特徴であった。SNSを見ていても、同じ様な顔の人ばかりが目に入る。その中で心が揺れ動き、凍り付く様な人もいるが、私と中では『そういう造型ね』という型で押し込められる。
「お前、美人だと思ってないだろ?」
瑠衣がボソッとそう呟いた。眼光の鋭さが取り繕うな。というささやかな圧を感じさせる。
私は今言われた言葉を反芻する。『美人だと思ってない』。そんな事はない。思っているよ。そういう定義物として。
そう反論しようとしたら、瑠衣の方が先に口を開かれた。
「美しいと、そう思っている反応じゃない。ただ構造的に、世の定義的に『美人』と言っているだけで、その中では何も揺れ動いてない」
瑠衣は鋭い。私が思っている以上に私の事を見ていると思う時がある。其れが恐ろしくもあり、嬉しくもある。
「どうだろうね」
だから私ははぐらかす様にそう言った。分からないから。
SNS見てると、沢山のキラキラした人が流れてくるではないですか。
其れに対して『美人だね』と勿論賞賛します。
ただ『美しい』と思っているかと言われれば、また別の話のような。
琴線に触れない限り、自分の心に何かしら衝撃が与えられない限り、『あぁそういう造詣ね』という枠に押し込んでいると思うんですよ。
ほら、例えば、
『別にアンタのこと、好きでもなんでもないんだから!!』
とか言ってるキャラを見て、
『あらぁ、この子ツンデレだわ〜(。-∀-)ニヤリ』
って固定するのと似たような感じ。
美人というラベルで人を判断している。
琴線に刺さった? と聞かれたら 刺さりはしないけど、美人だよね。 と答える様な。
ちなみに、背筋凍る程美人だと思ったのは、○Loveの〇〇○○里さん。
あの方は本当にお美しい。生命の危機さえ感じる程に。




