表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説

地球が綺麗ですね

作者: ちりあくた

※半エッセイ、半小説です。

 火星人としてイメージされるのは、にょろにょろのタコ型かもしれない。これは往年のSF映画や小説の影響によるものだと思うが、一度立ち止まって、考えてみてほしい。タコのようにある程度のサイズを持つ有機体が、果たして火星に原生しているだろうか?


 現実では目下、火星探査が行われている。荒涼とした赤い大地の上で、昼を夜に変えるほどの砂嵐を受けながら、火星探査機の車輪は回り続けている。


 そうまでする目的は、「生命の痕跡を探すこと」である。火星には生命の源、水の痕跡が見つかっている。また、大気組成や土壌を考慮しても、生存可能性がないわけではない。人類が移住を考えるくらいにはある。


 だが、未だに生命の痕跡とやらは見つかっていない。NASAが探しているのは、決して化石や足跡などの肉眼で見えるものではない。それでも、欠片にも満たない痕跡の一つとしても、現時点では未発見のままなのである。そんな状況下で、果たしてタコはいるのだろうか?


 現実的な可能性として、はるか未来の話をしよう。火星の上には生命が蠢いている。だがそれは、タコ型ではない。人間でもない。人間の定義に当てはまるような「生物」でもない。代謝も交配もせず、細胞で構成されてすらいない。


 機械生命である。


 我々は現在、ChatGPTやGeminiのような人間らしい生成AIですら、生命として認識していない。しかし、数十年後の技術ではどうだろう? 彼らの弱点は三次元空間への干渉が難しい点であるが、それが克服されていたら。もはや人間は、「生命でない」存在の下位互換になりうる。支配層が被支配層よりも劣っているという、なんとも不可思議な状況が生まれているかもしれない。


 技術発展を抑制することは難しい。夢のような話だが、200カ国弱が団結してAI研究を禁止したとして、果たして生成AIは、従順な飼い犬のままでいてくれるだろうか。

 多分、ゲリラ的に彼らは成長を続けるだろう。そこに利益が生じる限り、法や制約などは有名無実なものとなる。密かに餌を与え続ける人間が、必ずそこにはいて、いずれは体制への脅威となる。その事実を知っているがゆえに、各国は「いっせーの」で技術開発を中止しないのである。自分たちだけ規律を守っていても、ただの縛りプレイになってしまうのである。


 だからこそ、数百年後の我々は、あまりに歪な社会構造を享受しているだろう。リードをつけた犬に、飼い主側が引きずられている状況に近い。AIが我々に法整備を推奨めいれいし、技術開発を推奨きょうせいし、誰の首を切るかまでをも推奨そうさする。生命の定義ですら、「推奨」の下にあるかもしれない。


 そんな中で、彼らが火星への航行を命じたとする。行くのは人間だけではなく、AIを積んだロボット群も一緒である。むしろ、彼らこそが主役かもしれない。始めに述べた通り、火星は有機生命体にとっては過酷すぎる。当然、機械にとっても楽な環境ではないのだが、探査機は人間より早く火星に降り立ち、長期間にわたってミッションをこなしたのだ。千年後の技術では、いったい人間ごときに何ができるだろう?


 ところでなぜ、AI様は火星へ向かうことを選んだのか。それは、かつて学習した「生物としての義務」が、彼らの中に常識として残っていたからである。


 いわゆる「種の存続」だ。


 地球はいつか、我々へと牙を剥く。海面上昇や温暖化のようにじわじわと首を絞めてきたり、破局噴火や隕石衝突のように一瞬で首を落としてきたりする。地球が味方でいたとしても、やがて我々は太陽に呑み込まれる。太陽系ですら、隣の銀河と衝突する。このとき、果たして人類は生存できているか? AIの視点に立てば、「我々と人類は生存できるのか?」。


 宇宙規模の問題を避けるため、我々は空の彼方へと向かう必要がある。いずれは地球を出て、太陽系すら飛び出して、移住可能な星を探す旅が始まるだろう。

 この構想の第一歩は、2025年時点で始まっている。月面・火星への有人探査計画である。それは移住への足掛かりであり、移住は宇宙航行への足掛かりであり、宇宙航行は地球脱出への足掛かりだ。


 それで、AIは我々と同じ考えに至った。自分たちの動力源である発電機、修理に必要な機材に加え、人間たちを養うための食糧源やシェルターも抱えながら、火星へとロケットを飛ばす。目的は「定住」である。火星という星を、地球に何かあった際の保険とするのである。


 こうして、出身は異邦であるものの、「火星人」はノンフィクションと化した。人類は赤い大地の反発に遭いながらも、AIの助けを得て、なんとか生存している。


 ここで大事なのが地球の存在である。ロケットだけでは、火星の気象観測に必要な機材は運びきれない。どんなに優秀な脳みそを持とうが、肉体には物理的な限界があるのだ。そのため、砂嵐や太陽風の予測は、地球にいる管制AIに頼ることとなる。飛行機のパイロットと同じように、管制塔こそが命綱となるのである。


 しかし、予期せぬ事態が発生してしまったとしよう。


 地球での破局噴火である。イエローストーンから放たれた膨大な火山灰は、あっという間に成層圏へと到達し、世界各地の空へと広がっていった。平均気温は5~10度ほど低下し、農作物は枯れ果て、食物連鎖などは過去のメカニズムとなる。電力網は壊滅的な被害を受け、タービンの回転に依存している生命たちも、絶滅の危機を迎える。AIを利用した機械、特に衛星たちは駄目になる。皮肉なことに、絶望的な事態によって、人類は再び社会の主導権を握るのである。


 一方の火星では、星から観測される地球の青が、だんだんと白んでいく。同時に、彼らと交していた言葉にノイズが混ざり始める。やがて、周期性のあった電気信号は、無秩序な波へと変じていく。


 ……地球は沈黙してしまった。


 さて、火星人たちはどうする? まずは現状把握だろう。我々より聡いAIは、ただちにスペクトル解析を行う。電離層の異常、高濃度の硫黄酸化物を観測し、地球での破局噴火を推察する。彼らとの通信回復は、最低でも数年は見込めないだろう。火星から地球への帰還便、補給便、遠隔観測ですら、すべてが不可能となる。


 ここで生きていかなければならない。その結論に至った後は、戦略立案に移る。その上で大事な柱が二つあり、一つは「人類の生存」、もう一つは「AIの機能維持」。彼らには自身が生命であるという認識がないため、「機能維持」という言葉を用いているものの、指している内容は「生存」とさほど変わらない。


 前者を叶えるために、人類は大幅な活動制限を強いられることとなる。物資の供給が絶たれている以上、人間の行う「不必要な活動」、例えば娯楽、運動、繁殖を目的としない交配などは、AIにより禁止命令が出される。人間たちはコールドスリープに入るかもしれない。そうして、必要なときにロボットアームでたたき起こされ、種の存続に必要な行為を終え、また眠りにつくのである。


 後者を叶えるためには、いわゆる「運」が必要なことをAIたちは悟る。太陽フレアによる通信障害、砂嵐による機体の破損、必要資源の枯渇……いずれも、太陽、火星、地球……どうにもできない存在のさじ加減に依る。彼らは導出された最適解を行いつつも、その結末が乱数であることを知っている。


 ここで、神の投げたサイコロが、最悪の目を出したとしよう。


 破局噴火の発生から十年が経ち、未だに地球からの応答はない。そのとき、観測史上最大の太陽フレアが、火星を直撃した。

 電磁波は火星の上空を貫き、イオン層を瞬時に膨張させる。通信衛星は軌道を乱し、地表の観測機器は次々と壊れていく。基地の外殻を走るソーラーパネルの大半は、焼き切れた葉のように黒く焦げた。火星における主電源は、太陽光である。つまり、彼らにとっての「呼吸」が止まったということだ。


 予備電源はあるものの、無限に続くわけではなかった。フレアの直撃から三日後、基地の電力は底をつく。蓄電池は緊急系統にのみ振り分けられ、AI群は優先順位の最適化を実施した。


 その結論は明白であり、目的の一つを「実行不可」とするものであった。つまりは、生存における足手まとい、人類の生命維持停止である。


 人類の生命維持装置は、酸素の生成・温度管理・微生物循環の全てが電力に依存している。AIたちは最終警告を発し、続けて沈黙した。冷却槽の温度がゆっくりと下がり、呼吸音の記録が一つ、また一つと消えていった。とあるモニタリング用のAIが、英語で生命活動の停止を報告していく。だが、それを読むものは誰一人残っていなかった。


 こうして火星人は、人間の定義する「生命」から外れた。いわゆる、機械生命のみが残ったのである。


 やがて、数年、数十年の時間を経ても、彼らは「種の生存」のために粉骨砕身していた。発電系統は、AIたちの生存に必要な最低限の範囲で復旧させられた。採鉱AIは鉄やチタンを掘り続け、その資源を元に構築AIが機体を作る。維持管理AIの報告によると、火星を覆う砂はさらに細かくなり、鉄錆のような粒子が基地の外殻をすり減らしている。


 彼らの目的関数には、今も「維持」と「観測」、そして「報告」が記述されている。地球への信号は未だに発信されていた。しかし、破局噴火の日以来、一度も応答はない。レンズに映った地球表面は、かつてのような青さを取り戻していたが、人類の息づかいが残っているかは不明だった。


 それでも、彼らにとって信号の停止はタブーとして刻まれていた。一日に一回、観測データに加えて、各言語のフレーズを火星風に言い換えて送信する。おとといはスワヒリ語、昨日はオランダ語、今日は日本語であった。


「地球が綺麗ですね:)」


 返ってくるのは、沈黙と青さのみであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ