第7章「課題と片想いの交差点」
第7章「課題と片想いの交差点」
gifted学園に春が訪れた。……とはいえ、春ってやつはいつだって忙しない。芽吹くより先に、課題が襲ってくるのがここの流儀らしい。
昼休み。校舎裏の芝生では、女子たちが学食のJAPANスタイル弁当を広げていた。俺はそこを通りかかっただけだけど、聞こえてくる声はやたら騒がしい。
「オリバーくん、また満点だったって」
「ハチ公に匂い嗅がせて、色の変化測ったらしいよ。天才かよ」
「静かなのに存在感バリバリって、ズルいよね」
……まったく。こっちは静かに過ごしたいだけなんだけどな。
そのとき、ふと気配を感じて振り返ると、木陰に腰掛けた少女が目に入った。リリカ。
視線が、まっすぐに俺たちの方を見ていた。
俺たちっていうのは、マハラジャ、エミール、ラファエラ、ケイティ、そして俺。
テラス席でいつものようにランチを囲んでた。別に特別なことは何もなかった。ただ、ほんの少し――誰かの視線に気づいた気がした。
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午後、課題発表の時間。
「今回の課題は、『仮想空間における実地探索とチームワーク』だ。五人一組でチームを組み、それぞれに割り振られた任務を達成してもらう」
ブリーフィングルームで教師がそう言った瞬間、空気がピリッと引き締まった。ホログラムに名前が表示されていく。
「オリバー・ジョーンズ、エミール・モナーク、ケイティ・バード、ラファエラ・バード、マハラジャ・ハサン・アル・ジャリール・スカイオーカー」
またこの五人か、と誰かが呟くのが聞こえた。
「成績順で割り振られてるんだから、文句言うなよ」とマハラジャが帽子を直しながらぼやく。
ケイティが笑い、ラファエラが肩をすくめる。俺も、苦笑しながら頷いた。信頼できるメンバーと組めるのは、正直ありがたい。
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俺たちの任務は「北ブロックに眠る転送装置の再起動」。仮想空間内に再現された異星遺跡の一部で、重力異常やらエネルギー障壁やら、面倒な仕掛けが山ほどある。
「ここ、磁場が不安定だ。コンパスは当てにならないな」と俺が言うと、
「そういうセリフ、イケメンが言うとムカつくんだよ」とエミールが茶化してきた。
「植物の分布が偏ってるわ」ラファエラがスキャナーを掲げた。「地下に何かある可能性が高い」
「掘り出すか!」ケイティが目を輝かせる。「ハチ公、借りるよ!」
俺は正面突破。マハラジャには裏から妨害装置を解除してもらう。
「将軍殿、了解だ」
連携は完璧だった。……いや、最高だったと言っていい。
三週間、地味な作業と理不尽なギミックに悩まされながら、俺たちはついに課題を突破した。
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その頃、別のエリアで医療班の課題が行われていたらしい。
後で聞いた話だ。
仮想空間内での“重傷者の救助と処置”という、なかなかハードな内容だったそうだ。
特にリリカの動きがすごかったと、エミールが言っていた。再現映像を見たんだって。
気道確保、注射、人工血液の注入……対応の速さと正確さは、医療教師たちも唸るほどだったとか。
俺はその場にいなかったけど――
でも、彼女なら、きっとそうなんだろうって思った。
彼女の目は、いつもまっすぐだったから。
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さらに別チーム。講堂エリアでの“密室殺人事件推理ゲーム”。
これはマハラジャから聞いた。マハラジャも再現映像を見たらしい。犯罪心理学に興味が有るんだって。
天才児ばかりが集められた班が、なんとAIすら見抜けなかった“第六の手”にたどり着いたらしい。
犯人は死んだとされてたもう一人だったってオチで、教師も驚いて拍手したそうだ。
gifted学園って、こういうのが日常的に起きるから、飽きる暇もない。
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そして課題発表の日。アリーナに設けられたステージ。俺たちは前に呼ばれた。
「第1位、チームB。転送装置起動成功、再現率100%。」
俺たち五人は、粛々とステージに立ち、拍手を受け取った。
ラファエラとケイティが笑い合い、エミールは肩をすくめて、マハラジャは帽子を持ち上げた。俺は、ただ前を見ていた。
その時――視線に気づいた。
壇上の右側。医療班の発表。リリカが壇上に立っていた。
一瞬だけ、目が合った気がした。
彼女は静かに目を伏せていたけれど、ほんの一瞬――
俺の視線に気づいたようだった。
隣で、エミールがぽつりと呟いた。
「……リリカ、すごかったな。あの落ち着き方、12歳には思えなかったよ」
俺は、何も言わなかった。
ただその横顔を見ながら、胸の中に小さな感情が残っていた。
マハラジャが言った。
「誰だって、光る場所は違う。けど、全員が戦ってた。――なあ?」
ああ、そうだなって思った。
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放課後。
リリカが医療室の片づけを終えた後、校舎裏の桜の下にいたという話を、後で誰かから聞いた。
あの桜は、少しだけ花を残していたらしい。
「オリバーくん、今日の課題、すごかったね」
彼女はそう呟いたらしい。もちろん、俺には届いていない。
けれど、もし本当にそんなふうに言っていたなら――
俺は、たぶん、少しだけ笑っていたかもしれない。
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そして、あの廊下。
エミールが校舎のベンチの前を通り過ぎたとき、
何気なく後ろを振り返ったとき――
リリカを思って、そっと微笑んだ。
それも、あとから彼に聞いた話だ。
(……リリカ。君が頑張ってるの、気づいてるよ)
……あいつらしいな、って思った。
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(第8章へつづく)