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パンダの小説 オリバージョーンズの冒険  作者: 天才パンダ


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第5巻 地獄の学校 14話

第14話 化粧と魂の浴場(映し出す処方)

 地獄庁・治療区画。白い灯りは柔らかく、壁に淡い光が揺れる。部屋の一角には、化粧台と鏡、魂浴場の入り口が静かに佇む。  今日のテーマは「映し出す心」。統合失調症の幻聴に苛まれたミサと、ガスライティングで現実を砕かれたレイ。異なる傷を抱える二人が、化粧と魂浴場で内面をさらけ出す。魂の空席が、偽の声と嘘の記憶でざわめく。二人はここで、化粧の筆跡と浴場の静寂を通じて、自分を再構築する。

 リリカが端末を操作し、化粧台の前に立つ二人を確認した。ミサ、女性、幻聴に唆され悪人の目を宿した者。レイ、男性、嘘と嘲笑で心を砕かれた者。

「ミサ:幻聴指数、八四。自己認識曲線、不安定。レイ:現実混乱指数、八二。自己評価曲線、断片化」  リリカが静かに読む。

 オリバーは頷き、ポケットのチョークを握り、黒板に一文字だけ書いた。「映」。

「——今日は講義をしない。幻と罠の第一処置は“映し出す”ことだ。化粧で顔を飾り、魂浴場で心を洗い、内面を枠に収める」

 ミサの瞳に、幻聴の記憶がちらつく。囁く声、「お前は正しい」と唆す影。悪人の目で笑い、他人を傷つけた。レイの瞳には、ガスライティングの傷。捏造されたミス、嘲笑する上司、心の土台が崩れた。二人の脳は、異なるザワメキに囚われた。

「ミサ、レイ」  オリバーが、一度ずつ呼ぶ。 「ここでは、誰も君たちを裁かない。化粧は君たちの内面を映す。魂浴場はそれを洗う。自分で選んだ顔で、自分を解放しろ」

 ホログラム回線が繋がる。バード邸からカノンが現れ、チェンバロの鍵盤に指を置く。音は出さない。化粧と浴場の静かな枠だけを縁取る。

「導入、三段で行く」  リリカが化粧台の道具を整える。

 最初の音は、筆の擦れる音。  次の音は、魂浴場の水の揺れ。  三つ目の音で、部屋の空気が鏡と浴場に共鳴する。

「導入」  モニタに二人の心拍が映る。ミサの脈は乱れ、レイの脈は速い。化粧台の鏡が、二人を待つ。

          *

 以後の七十二時間、言葉は最小限に留まる。  化粧台と魂浴場は固定され、音は枠に閉じられる。  機械はミサの前頭前野とレイの扁桃体を監視し、リリカは心拍と表情を記録する。  カノンは周期に合わせ、遠隔で“映し出す余白”を磨く。——鳴らすのではない。化粧と浴場で、幻と罠を清める。

 オリバーは毎日同じ時刻に入り、化粧の写真と浴場の記録を確かめ、何も言わず、何も強要せずに出ていく。  “映し出す時間”が、魂の底で幻と罠の形を露わにすることを知っているからだ。  幻と罠は教育の逆ではない。教育の前段だ。  “感じる器”が乱れているとき、声と嘘は暴走する。まず映し出す。化粧と浴場で。

          *

 初日の朝。  リリカが端末に目を落とす。「ミサ:幻聴指数、八三。自己認識、揺れ。レイ:現実混乱指数、八一。自己評価、低下。——始めるよ」

 カノンの最初の音は、ほとんど音ではなかった。“選べ”と化粧台に触れる合図。  二つ目の音で、部屋の光が鏡に集まる。  三つ目の音で、化粧台の鏡に二人の顔が映る——ミサの悪人の目、レイの怯えた目。

 オリバーが言う。「自分で化粧を選べ。好きなように。鏡に映る自分を、今日の君で飾れ」  ミサは赤い口紅を手に取り、鋭い線を引く。悪人の目を強調する。レイは迷い、薄いベージュのクリームを選び、顔を隠すように塗る。リリカが写真を撮る。フラッシュが瞬く。

 ミサが呟く。「この目、強かった。幻聴が正しいって囁く。でも、なんか……虚しい」  レイが呟く。「この顔、隠したかった。嘘に潰された私、ちっぽけだ」

 オリバーが静かに言う。「化粧は君の内面だ。鏡に映して感じろ。次に、魂浴場で洗え」

 魂浴場へ。薄暗い部屋、水の流れる音。温かい湯が二人を包む。ミサの赤い口紅が滲み、レイのベージュが溶ける。心拍が落ち着き、脳波が緩む。  戻ると、リリカが写真を見せる。化粧前の顔、化粧後の顔、浴場後の顔。ミサの目は鋭さを失い、レイの目は怯えが薄れる。

「映し出す手順だ」オリバーが言う。「化粧で内面を出し、浴場で洗う。虚しさも、ちっぽけさも、君たちのものだ」

          *

 二日目。ミサは青いアイシャドウを選び、冷たい目を描く。幻聴が囁く。「お前は強い」と。レイは赤いチークを選び、怯えを隠すように塗る。写真が撮られる。  ミサ:「この声、ゾクゾクする。でも、虚しいだけ」  レイ:「この色、私じゃない。嘘に塗られただけ」  魂浴場で、青と赤が溶ける。ミサの脳波が整い、レイの扁桃体反応が鈍る。写真には、わずかに柔らかい目が映る。

 三日目。ミサは控えめなベージュの口紅。レイは濃いブラウンのアイラインで、目を強調。写真が撮られる。  ミサ:「悪人の目、薄れた。声が遠い」  レイ:「嘘を隠さなくていい。私の顔だ」  魂浴場で、二人の心拍が安定。写真には、静かな顔が映る。

 四日目の朝。リリカが端末を覗く。「ミサ:幻聴指数、七八。自己認識、安定。レイ:現実混乱指数、七六。自己評価、上昇。——次、共感」

 オリバーが言う。「今日も化粧をしろ。だが、今度は隣の相手を思って選べ」  ミサはレイを見て、柔らかいピンクのチークを選ぶ。「君の怯え、隠さなくていいよ」  レイはミサを見て、薄いゴールドのアイシャドウを選ぶ。「君の目、強すぎなくていい」  写真が撮られる。二人の顔は、互いの選択で輝く。

 魂浴場へ。湯の中で、ミサが呟く。「虚しい声、聞こえない。君の顔、静かだね」  レイが答える。「ちっぽけだった私、消えた。君の目、落ち着いてる」  写真には、二人の穏やかな顔が映る。

 オリバーが黒板に四文字を書く。  「映 感 浴 共」

「一、化粧で映す。二、感じる。三、浴場で洗う。四、共感する」  オリバーは指で示す。 「まず化粧で内面を映し、鏡で感じる。浴場で身体と心を整え、共感を与える。——支配や嘘じゃない。並ぶ共感だ」

「共感?」ミサが首を振る。「声がまだザワつく」 「共感?」レイが目を伏せる。「嘘がまだ怖い」 「なら、続けろ」オリバーは静かに言う。「化粧と浴場は、君たちの枠だ」

          *

 五日目の夕方。ミサとレイは化粧台の前に立つ。  ミサは素顔に近い化粧を選ぶ。「悪人の目、いらない。私の目でいい」  レイは軽いグロスだけを選ぶ。「嘘に隠れなくていい。私の顔だ」  写真が撮られる。二人の顔は、初めて自分自身を映す。

 魂浴場で、湯が二人を包む。ミサの脳波は静かになり、レイの扁桃体は穏やかになる。写真には、解放された顔が映る。  ミサ:「声が、遠い。静かだ」  レイ:「嘘が、消えた。軽いよ」

 オリバーが言う。「映し出したのは、君たちの心だ。幻も罠も、化粧で現れ、浴場で洗われる」

 リリカが端末を覗く。「ミサ:幻聴指数、反動なし。レイ:現実混乱指数、安定。——共感、完了」

 オリバーは黒板に、もう四文字を書き足す。  「見 息 触 隣」

「見る。呼吸。触れる。隣。——共感は、これで育つ」  オリバーは指で示す。 「①見:鏡で化粧の自分を。二分でいい。  ②息:四つ吸って四つ吐く。ザワメキを流す。  ③触:浴場の湯で自分を落ち着かせる。  ④隣:自分の顔から始め、隣に誰かを並べる」

 ミサとレイは顔を上げ、かすかに頷く。「私たち、できるかな」

「できるまで“映す”。それから“感じる”。」  オリバーは静かに言う。「幻と罠の治療は、勝利じゃない。手順の反復だ。飾りはいらない。手順が君たちを運ぶ」

          *

 退室前、二人は魂浴場の入り口で振り返った。  ミサ:「共感って、こんな静かで軽いんだね」  レイ:「共感って、こんな静かで自分のものなんだね」 「本物は静かだ」オリバーが答える。「幻と罠の波は崩れる。共感は残る」

 リリカが承認印を押す。「次回、現実側の共感計画へ移行。怖くなったら?」 「化粧で映す。——それから、感じる」  二人は自分で答え、静かに頷いた。

 カノンのホログラムが薄れ、光の糸は細い塵になって空気に溶ける。  治療室の音は、再び水の呼吸だけになった。

 オリバーは治療記録に、一行を加える。  ——「教育:停止、処置:映す→感じる→浴→共感、転帰:自製共感の回復」

 リリカが横目で見る。「今日は静かだね」 「静かでいい。——主語は彼女たちだ」  オリバーは黒板の八文字を囲む。  「映 感 浴 共 見 息 触 隣」

「これ以上でも、以下でもない」  帰り支度をしながら、彼は思う。  幻は脳の回路が偽の声で暴走するときに生まれる。罠は現実が嘘で砕けるときに生まれる。  共感は、化粧で心を映し、浴場で洗い、隣に並ぶことで育つ。

 講堂の方角から、遠い鐘が一度だけ鳴った。  授業の合図ではない。  ——二人が、静かで自分の共感に辿り着いた音だった。

(了)


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