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パンダの小説 オリバージョーンズの冒険  作者: 天才パンダ


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68/85

第5巻 地獄の学校 3話

嘘吐きたちの授業 2

 ⸻

 嘘を吐く者は、いつだって孤独だ。

 だが、彼らのほとんどは最初から嘘つきだったわけではない。

 それは、ある日――誰かの“信じることへの恐れ”から始まる。

 講堂の天井からは淡い光が降り注ぎ、黒い床に柔らかな影を落としていた。壁には「罪」の文字の上に「問い」が重ねられ、まるで嘘と真実が交錯する場所であることを示していた。嘘吐きたちは静かに席に座り、それぞれの心に沈む記憶と向き合っていた。

 オリバー・ジョーンズは講壇に立ち、チョークを手に持った。彼の瞳は、かつて愛に満ちた家庭で育ちながら、一瞬にしてそれを失った少年の面影を宿していた。だが、今、その瞳は穏やかで、嘘吐きたちの魂を優しく見つめていた。

「今日の授業は“嘘の起源”だ」とオリバーが言った。声は静かで、しかし講堂の隅々に響いた。「お前たちは、なぜ嘘を吐いた?」

 一人が答えた。「怒られるのが怖くて」

 一人が泣きながら言った。「両親が喧嘩するのを止めたくて」

 もう一人は俯いたまま。「誰かに必要とされたかった」

 オリバーは頷いた。「それは罪ではない。嘘を強いたのは“恐怖”だ。お前たちは、それに従っただけだ」

 ⸻

 その時、講堂の奥で一人の女性が手を挙げた。彼女はエリザベス、40代半ばの女性で、目の下には長い年月の疲れが刻まれていた。「私は……家族を守るために嘘をついた」と彼女は言った。「でも、その嘘が私を孤独にした」

 オリバーは彼女に近づき、静かに促した。「話してみなさい」

 エリザベスは目を伏せ、記憶をたどるように語り始めた。この時代、教育は進み、誰もが憎しみや欺瞞を避ける術を学んでいた。だが、彼女の家庭は違った。両親は貧しさゆえに互いを責め、口論が絶えなかった。エリザベスは幼い頃、家族を繋ぎ止めるために嘘をついた。「お父さん、お母さんがこんな素敵な料理を作ってくれたよ」と、粗末な食事を笑顔で飾った。「お母さん、お父さんがこんなプレゼントをくれたんだって」と、拾ったガラクタを宝物のように見せた。彼女の嘘は、家族に一時の平穏をもたらした。だが、彼女の心はすり減り、本当の自分を隠すことに慣れてしまった。

「本当のことを言ったら、家族は壊れると思った」とエリザベスは涙声で言った。「でも、嘘をつき続けた私は、誰とも本当の繋がりを持てなかった」

 オリバーは彼女の肩に手を置き、言った。「お前の嘘は、愛から生まれた。だが、愛は真実を求め合うことで強くなる。嘘で守った平穏は、いつかお前自身を閉じ込める檻になる」

 エリザベスの涙が黒い床に落ち、光となって消えた。講堂の光が、彼女の震える肩を優しく包んだ。

 ⸻

 次に、講堂の中央で若い男性が立ち上がった。彼の名はハリー、整ったスーツに身を包んだビジネスマンだった。「俺の嘘は必要だった」と彼は断言した。「この時代、完璧でなければ誰も信じてくれない。俺は自分の弱さを隠し、成功者として振る舞った。それで会社を救い、家族を養った」

 オリバーの瞳がハリーを捉えた。「その嘘で、お前は何を失った?」

 ハリーは一瞬言葉に詰まった。「……何も失っていない。すべてを手に入れた」

「本当か?」オリバーの声は穏やかだったが、鋭く響いた。「お前の妻は、お前の本当の心を知っているか? 子どもたちは、お前の弱さを受け入れてくれるか? お前は嘘で築いた城に住んでいるが、その城に本当のお前はいるのか?」

 ハリーの目が揺れた。この時代、憎しみや欺瞞は減ったが、社会の期待は重かった。完璧なリーダー、完璧な父親であることを求められ、彼は自分の不安や失敗を隠し続けた。その代償として、彼は誰とも本当の繋がりを持てなかった。社員は彼を称賛し、家族は彼を頼ったが、彼の心は空っぽだった。

「嘘は時に成功をもたらす」とオリバーが言った。「だが、魂を代償にする嘘は、ただの虚栄だ」

 ハリーは席に崩れ落ち、両手で顔を覆った。その指の間から、かすかな嗚咽が漏れた。

 ⸻

 講堂の隅で、若い女性が手を挙げた。彼女はリリア、長い黒髪が顔を隠すように垂れていた。「私は恋人を守るために嘘をついた」と彼女は囁いた。「彼は病で希望を失いかけていた。私は言った。『あなたは絶対に治るよ』って。でも、医者はもう手の施しようがないと言っていた」

 リリアの声は震え、涙がこぼれた。「私の嘘は彼に笑顔を取り戻させた。でも、彼が死んだ後、私は自分を許せなかった。私の嘘は、彼を騙しただけだったんじゃないかって」

 オリバーは彼女に近づき、静かに言った。「リリア、お前の嘘は彼の心に光を灯した。それが愛だ。たとえ真実が隠されていたとしても、お前の嘘は彼の最後の日々を温かくした」

 リリアは顔を上げ、オリバーの瞳を見つめた。「でも、私の心は重いんです。嘘をついた自分が、汚い気がして」

 オリバーは微笑んだ。「その重さこそ、お前が愛した証だ。真実を語る痛みも、嘘で守る痛みも、愛の形だ。どちらも、赦される」

 リリアの涙が床に落ち、光となって消えた。講堂の天井から降り注ぐ光が、彼女の顔を柔らかく照らした。

 ⸻

 オリバーは黒板に近づき、チョークで一文字を書いた。「魂」。粉が舞い、光の中で揺れた。

「嘘は魂を隠す仮面だ。だが、仮面を脱ぐ勇気を持て。それが、真実への第一歩だ」

 その時、最初の少年が手を挙げた。母親の視線に怯えた少年だった。「先生……あなたはどうしてここにいるの? あなたは嘘をつかなかったのに、なぜ私たちと一緒にいるの?」

 講堂に静寂が落ち、嘘吐きたちの視線がオリバーに集まった。オリバーは一瞬目を閉じ、記憶の奥に沈む光景を呼び起こした。

「俺は嘘をつかなかった」と彼は静かに言った。「だが、嘘に傷つけられたことはある。俺は愛に満ちた家庭で育った。両親は互いを愛し、俺を心から大切にしてくれた。だが、10歳の誕生日に、母は遺跡泥棒に殺された」

 講堂の空気が凍りついた。オリバーの声は穏やかだったが、その言葉には深い痛みが宿っていた。「その日、俺は人を信じる心を失った。誰もが嘘をついているように思えた。世界は俺を裏切ったのだと」

 彼は窓の外を見た。そこには、かつての自分が立っていた。怯え、誰も信じられなくなった少年の姿が。「だが、この時代は違った。教育は人を導き、憎しみや欺瞞を減らした。俺は学び、人の心を理解することで、再び信じる力を取り戻した。そして、母は高性能のロボットボディで俺のそばに戻ってきた」

 彼は微笑んだ。「母の笑顔を見て、俺は気づいた。嘘は人を傷つけるかもしれないが、真実は人を繋ぐ。俺はこの講堂にいる。お前たちの嘘を裁くためではなく、お前たちが信じる勇気を取り戻す手助けをするために」

 少年は目を丸くし、呟いた。「先生も……傷ついたんだ」

 オリバーは頷き、少年に微笑んだ。「ああ、傷ついた。だからこそ、俺はお前たちに言う。嘘は魂を隠すかもしれないが、真実は魂を解放する。怖くてもいい。真実を語る痛みは、嘘で魂を失う痛みより、ずっと軽い」

 ⸻

 授業の鐘が鳴った。嘘吐きたちは、それぞれの心に新しい光を抱えて講堂を後にした。エリザベスは家族への愛を、ハリーは失った自分を、リリアは恋人への想いを胸に、静かに歩き出した。誰も裁かれなかった。ここは地獄ではなく、学びの場だった。

 オリバーは一人講壇に残り、黒板に最後の言葉を書き加えた。

 ――「真実とは罰ではなく、赦しの始まりである」。

 彼はチョークを置き、窓の外を見た。そこには、かつての自分が立っていた。母を失い、怯えていた少年の姿が。だが、今、その少年は微笑んでいた。母のロボットボディの優しい声が、遠くから聞こえるようだった。「オリバー、信じなさい」と。

 オリバーは呟いた。「次は、愛の授業だ」

 講堂の扉が開き、かすかな風が吹き込んだ。次の授業の予感を運ぶように、淡い光が講堂を満たした。オリバーは新たなページを開き、静かに次の言葉を書き始めた。

 ――「愛とは、嘘を赦し、真実を抱くこと」。

 ⸻

(了)

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