表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パンダの小説 オリバージョーンズの冒険  作者: 天才パンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/85

第5巻 地獄の学校 2話

嘘と愛の違い ―地獄の講堂より―


(原稿用紙約8枚・約3200字)



 静かな講堂に、二人の人影が並んでいた。

 女は涙をこらえ、男は口を固く結んでいる。

 閻魔大王オリバー・ジョーンズは、二人の前に立っていた。

「——お前たちは、“愛”の名で嘘をついたな?」


 男は俯き、女は肩を震わせた。

「……愛していたんです。嘘なんかじゃない。」

「私もです。彼だけは、私を見てくれた。」

 オリバーは静かに頷いた。

「では、問おう。お前たちの“愛”は、本当に愛だったか?

 それとも、自分を満たすための“玩具”だったのか?」


 空気が重くなる。

 天井のランプが淡く揺れ、地獄の講堂に長い影が伸びた。



「俺は、妻とは冷えきっていた。」

 男がぽつりと口を開く。

「話せば喧嘩になる。彼女はいつも疲れていて、俺を見ようとしなかった。

 だから俺も、見ないようにした。

 ……ただ、誰かに“あなたが必要だ”と言われたかった。」


 女が続ける。

「私の夫は仕事ばかりでした。

 家に居ても、パソコンを閉じることもなく。

 わたしは“お疲れさま”の一言がほしかった。

 でもそれを言わせるには、私が笑っていなきゃいけなかった。

 笑えなくなって、嘘をつきました。

 “幸せです”って。」


 オリバーは二人を見つめる。

 その瞳は裁くよりも、観察する光を宿している。

「なるほど。お前たちは“愛されなかった”と感じた。

 だが、それは本当か?

 愛されたことがない者はいない。

 ただ、愛の形が自分の欲しい形じゃなかっただけだ。」



 オリバーは机の引き出しから、古びた木の玩具を取り出した。

 それは歯車で動く仕掛け人形。

「これが、お前たちの心だ。」

 二人は顔を上げる。

「子どもの頃、手に入らなかった玩具があっただろう。

 “欲しい”と泣いて、誰にも買ってもらえなかったもの。

 それが大人になっても心の奥で転がり続ける。

 不倫とは、その“取りこぼし”を大人の顔で探しているにすぎない。」


 男は拳を握った。

「俺は、成功しても満たされなかった。

 金も地位も手に入れても、子どもの頃に褒めてもらえなかった“あの瞬間”を探していたんだ。」

 女も目を伏せる。

「私は、美しくなれと言われ続けた。

 誰かより綺麗でいなきゃ愛されないと思ってた。

 だから今でも、比べることしかできない。」


 オリバーは微笑を消して言った。

「つまり——お前たちは愛してなどいない。

 自分の欠けた部分を、他人で埋めようとしただけだ。

 愛は、他人を飾ることではない。

 嘘とは、自分を飾ることだ。」



 オリバーは黒板にチョークで二つの文字を書いた。

 “嘘”と“愛”。

 その間に、一本の線を引く。

「似ている。どちらも“相手のため”という言葉を使う。

 だが——」

 チョークの先が止まる。

「嘘には恐れがあり、愛には勇気がある。」


 男と女は顔を上げる。

「嘘は、相手を失うことを恐れて生まれる。

 愛は、失っても相手の幸せを祈ることだ。

 だから、不倫の中に愛はない。

 あるのは恐怖と、欠乏だ。」


 女の頬に涙が伝った。

「……私が欲しかったのは、玩具じゃなかった。

 一緒にご飯を食べて、笑って、ただ“今日もお疲れさま”って言える日常だった。」

 男の目も潤む。

「俺も、妻を守る言葉を、嘘で埋めてしまった。

 “平気だ”と言ったけど、平気じゃなかったんだ。」



 オリバーは椅子に腰を下ろし、静かに言った。

「愛とは、相手を手放せる力だ。

 嘘は、相手を所有しようとする力だ。

 お前たちは物を愛した。人を欲した。

 だが、人を欲することと、人を愛することは違う。」


 講堂の天井が淡く光を帯びた。

 オリバーは続けた。

「欲しいものを増やすと、心は嘘で満たされる。

 けれど、誰かを思い出して胸が痛むとき——

 その痛みこそが、本物の愛だ。」


 男と女は互いに向き合う。

 そこに、もう欲望はない。

 残ったのは、静かな理解だけだった。

 彼らの体が淡い光となり、ゆっくりと天へ昇っていく。

 オリバーは黒板の“嘘”と“愛”のあいだに、もう一つの言葉を加えた。


 “赦し”。


「嘘は欠乏、愛は再生。

 そして赦しは、その境界に咲く花だ。」


 ペンを置き、講堂を見渡す。

 空席の中に、かつての自分の影を見る。

 愛されたい少年。認められたかった少年。

 彼もまた、嘘を使って生き延びた一人だった。


 だが今は違う。

 彼はもう、“教える者”だ。


「次の授業は、“所有と孤独”だ」

 オリバーは小さく微笑んだ。

 ランタンの光が、彼の横顔を照らした。

 それは地獄ではなく、赦しの光だった。



(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ