閻魔大王オリバージョーンズ短編集:第八話
閻魔大王オリバージョーンズ短編集:第八話
『沈黙する赤子』
──審判の間に、誰の声も響かなかった。
運び込まれた魂は、淡く光る泡のような形をしていた。
感情ログは未発達。記憶の断片も極端に少ない。
意思表示なし。表情なし。名もなし。
それは、“0歳児の魂”だった。
「……判断不能、か」
オリバーはタブレットを見つめながら、深く息を吐いた。
この子は、生まれて三日目に、感染症で亡くなっていた。
親の声は聞いていた。だが、それだけだった。
「こういうケース……判断を保留して、再転生枠に回すこともできるが」
エミールが静かに言う。
だがオリバーは、泡のような魂を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「なあ。君は、なんで“ここに来た”んだ?」
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通信ログには、親の記録が残っていた。
母親はこう言っていた。
「名前も、服も、呼吸のリズムすらも、何一つ覚えられなかった……
でも、あの子が確かに“生きていた”ことを、どうか誰かが、知っていてほしい……」
父親は、病室の窓の外で泣き続けていた記録がある。
看護師は言った。
「たった三日の命。それでも確かに“誰か”だった」
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「君を、もう一度“生まれさせる”こともできる。
けれど、君が“今ここに来た”理由は――
誰かに、覚えてほしかったからじゃないか?」
泡のような魂は、微かに揺れた。
言葉にはならない。
けれどその動きは、確かに「わかってる」と伝えていた。
オリバーは、魂に触れる。
「君のことは、俺が覚えてる。
名前がなくても、記憶がなくても、君は“いた”。
それで十分、君が“君”である証だよ」
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そして、オリバーは魂に“名”を与えた。
「君の名は、レイ。
“光”という意味の名前だ」
その瞬間、泡のようだった魂が淡く発光し、静かに形を変えていく。
それは、“新たな命”として再転生の道へ導かれた合図だった。
「さあ、もう一度行こう。
今度こそ、たくさんの言葉を知って、たくさんの夢を見てくれ」
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オリバーの背後で、ラファエラが立っていた。
「君、優しくなったね」
「……昔から優しいよ、俺は」
「それは、自分で言うことじゃないわ」
二人は小さく笑った。
“名前すら与えられなかった魂”が、確かに此処にいた。
それだけで、きっと救われる命がある。
(了)
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