閻魔大王オリバージョーンズ短編集:第二話
閻魔大王オリバージョーンズ短編集:第二話
『魔女の瞳』
──断頭台の前に、静かな雨が降っていた。
ロープのしなり。刃の落下。乾いた音。
それは中世の村、魔女裁判における“正義”の形だった。
処刑されたのは、ある若い男だった。
名はリュカ。
村の娘たちに優しかったが、いつしか“魔術師”という疑いをかけられ、捕らえられた。
彼を裁いたのは、若き修道女――イレーヌ。
「彼は、闇の言葉を知っていました。これは記録として証明されています」
そんな証言のもと、リュカは死んだ。
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そして現代――
閻魔大王オリバージョーンズの前に、ひとりの女の魂が現れた。
「イレーヌ・ダルモワーズ。罪状:虚偽の裁判による無実の殺人」
彼女の表情は静かだった。
「私は正しいことをした。ただ、それだけです」
オリバーは、タブレットに指を添え、“不可”を押しかけたが、動きを止めた。
「記録を開示。彼女の記憶ログ、全照会」
【確認。対象は500年前の魂。記憶は曖昧で部分断片化。特殊再構成を実施】
AIによる記憶の再投影が始まった。
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そこは、祈りの声と焚香の煙に包まれた修道院。
イレーヌは、清廉な少女だった。
だが、ある日を境に変化が起こる。
村で疫病が流行り、無力な神父たちの代わりに、リュカという青年が村人を癒したのだ。
彼の薬草と知識は、病を抑え、人々の信頼を集めた。
「神よりもあの男の方が頼りになる」
その囁きが、教会内に広がった。
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イレーヌは知っていた。
リュカは、悪人ではなかった。
むしろ、彼に恋すらしていた。
だが、それは許されない感情だった。
「私は修道の身。彼を愛してはならない……」
そして同時に、修道院の神父たちの視線が冷たくなった。
「……お前、最近“彼”に近いそうだな」
彼女は悟った。
自分もまた、“異端”として裁かれるかもしれない。
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「誰かを裁くことでしか、私自身を守れなかった」
彼女は呟く。
「だから、リュカを“魔男”に仕立て上げた。
神の声に背かないふりをして、神を信じられなくなった私自身を――隠した」
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オリバーは、タブレットに判を押す。
【判定:不可】
「お前の罪は明白だ。だが、俺はお前を“記録”する。
これは、宗教と愛と恐れに支配された時代の“叫び”だ」
「ありがとう、閻魔さま。
地獄で私、もう一度……神さまを探してみる」
彼女は静かに、地獄の門へと歩いていった。
その背中には、僅かな祈りの影が残っていた。
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「これが、神話じゃない本当の“魔女”か」
オリバーは、タブレットを閉じて次の名を呼ぶ。
「次の魂。来い」
──静かに、地獄はまたひとつ、記録を増やしていった。
(了)
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