第4巻 閻魔大王オリバージョーンズ短編集:第一話
第4巻 閻魔大王オリバージョーンズ短編集:第一話
『地獄へ堕ちる理由』
──はあ、はあ、はあ……助けて、いや、殺さないで!
断末魔のような少女の叫びが、審判の間の床に染み付いていた。
その声の記憶は、亡霊のようにこの空間を漂い続ける。
白く冷たい光に照らされた中央に、ひとりの青年がうなだれていた。
名は、カガリ。
快楽のために少女を傷つけ、殺した。
彼の所業には言い逃れの余地はない。
「当然、地獄行きだな」
オリバージョーンズは、静かにタブレット端末に“不可”の判を押す。
だが、彼の指はすぐに止まり、スクロールを開始した。
──何故、彼はこんな人間になったのか?
同じような悲劇を繰り返させないために。
オリバーの本当の仕事は、“裁く”ことではなかった。
「審問AI、記録呼び出し。対象:カガリの記憶ログ、開示」
【了解。対象の記憶は魂に深く刻まれており、解析に5秒を要します】
わずか数秒。だが、オリバーの中には無数の人生が流れ込んでいた。
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彼は、かつて優しい少年だった。
母は毎日、違う男と玄関先で笑い、父はある日失踪した。
学校では黙っているだけで「気味が悪い」と笑われ、
誰も彼に名前で話しかけなかった。
孤独は、空気のように日常に染み込んでいた。
何もかもが、じわじわと壊れていった。
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「それでも、彼には選べる道があったはずだ」
エミールの声が通信越しに入る。
「選ばなかった。自分で“堕ちた”。だから地獄に送る。それで終わりでいい」
「……俺は、そう思えない」
オリバーは目を伏せる。
「もし“誰か一人”でも、彼に名前を呼んでくれる人がいたなら……違った人生だったかもしれない」
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再び、審判の間に戻る。
オリバーは、眠るように魂になったカガリの前に立つ。
「お前を裁く。これは赦しではない。だが、記録する」
タブレットに最後の判が押される。
「お前は地獄へ堕ちる。
だが、同じ罪がこの先繰り返されぬよう、お前の記録は“学習素材”として保存する。
未来に活かすために、お前の過去を捨てさせない」
その瞬間、地獄の門が静かに開いた。
叫びも苦しみもない、無音の地獄。
そこには、ただ“自分自身を見つめ直す記憶の回廊”が広がっていた。
カガリの魂はそこへ沈んでいった。
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「オリバー、それが……閻魔のやり方か」
エミールの声が、今度は少しだけ穏やかだった。
「俺は神じゃない。ただ、記録者だよ」
椅子に深く腰掛けたオリバーは、次の魂の情報をタブレットに表示させる。
「さあ、次の地獄は、誰の番だ?」
──静かに、地獄はまわり始める。
(了)
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