【第4章】異世界温泉で溺れるな
【第4章】異世界温泉で溺れるな
4日目――
舞台は“異世界温泉郷・ユグ・ユナリウム”。
幻想世界の文化と、未来科学の技術を融合させた、超自然系リゾート。
エルフの給仕、スライムの湯加減調整、空飛ぶ畳の露天風呂に、魔導式エステ。
およそ“現代”の常識を覆す空間が、すべて“物理的に”存在していた。
「いやこれもう、バカンスというより……異世界転生だろ」
オリバーが溜息をつきながら言ったその背後で、ネロがスライム湯を蹴っていた。
「ぬるいー!熱くしてー!!」
「スライムの子、怒ってるってば!」
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ラファエラは、エルフの従者に案内され、空中に浮かぶ月光露天へ。
「この湯は“記憶回復泉”と呼ばれています。
脳に残った微細なトラウマや未処理記憶を、やわらかく蒸気化して流す作用があります」
「へえ……試してみる価値はあるかも」
湯に入ると、遠い昔の情景がゆらりと浮かんできた。
オリバーが初めて、自分を“家族"と呼んでくれたあの日のこと。
「……まったく。オリバーほんと変な子だったわよね」
でも――
(今の私は、オリバーと家族になってる)
静かに、肩まで湯に沈んだ。
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次にオリバー一家は“怪談風呂”に突撃していた。
「ここは温泉と同時に、恐怖セラピーもできるらしいぞ」
「ふっ……俺は閻魔。怖い話など聞き飽きて――」
『……そしてその日から、誰もログアウトしなくなったのです……』
「ギャアアアアアア!!町田の亡霊出たァァ!!!」
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エミールは「筋骨バリア浴」にいた。
妻のリリカと4日だけ、バカンスにプラチナのオリバー一家本体から招待されたのだ。
今日から4日間、モナーク夫婦が合流する。韓国人の遺伝子を持つ子供か、黒人の遺伝子を持つ子供か、白人の遺伝子を持つ子供を作るか悩んでいた彼等は遂に、2年後人工子宮と遺伝子操作技術で3人の子供を授かるのだ。
1人は黒豹とリリカの血を引く男の子。もう1人はエミールのクローンボディの遺伝子とリリカの血を引く女の子だ。リリカの遺伝子が強めの医学の天才の女の子も作るらしい。人工子宮なので、生まれて来るのは立てるようになった頃で有る。
高圧水流と重力温熱マッサージによるリハビリ効果が高く、戦闘クローンのメンテナンスに人気だった。
月光露天の一角に、子ども専用の“ふわふわ泡泉”があった。
泡の表面には光の粒子がきらきらと踊り、まるでシャボン玉の海のよう。
そこに、双子の姉妹――ミレーユとノアがいた。
「おねえちゃん、泡がくすぐったいよぉ……!」
「ミレーユ、そこ動かないでっ。今、光の泡を捕まえてるの!」
ミレーユはおっとりとした子で、泡の中に小さな妖精を見つけると「こんにちは、どこから来たの?」と話しかけていた。一方、感性派で活発なノアはというと、浮かんでいた空飛ぶアヒル型の湯船に飛び乗り、露天エリアを滑走していた。
「待ってノア!それ滑っちゃ――」
ドボーン!
「ひゃはは!また落ちたー!」
エルフの従者が慌てて駆け寄る。
「お嬢様、おケガは!?あっ……泡だらけ……」
2人はきゃっきゃと笑いながら、湯けむりの中を走り回っていた。
それはまるで、世界がどんなに不安定でも、この小さな楽園には確かに「今この瞬間の平和」があることを証明するような風景だった。
その姿を少し離れた場所から見守っていたリリカは、ふと呟いた。
「……こんな時間が、ずっと続けばいいのに」
エミールは頷き、湯の縁から手を差し出した。
「大丈夫。あの子たちは、ちゃんと未来を歩いていける」
「うおおお……腰がほどける……!」
2人はその湯の中で、静かに目を閉じた。
(子どもたちの笑い声が聞こえる。
ラファエラの笑顔、オリバーの気疲れ……)
彼等夫婦にとってそれは、世界が平和である証だった。
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夜。
宿の大広間では、“幻想湯上がりバイキング”が開催されていた。
•ドラゴンの骨で煮込んだスープ(魔力判定付き)
•スライムゼリーの14色盛り合わせ
•キメラミートの焼き網焼き(鳴く前に焼くのがコツ)
「ねぇパパ、これ鳴いてるよ……?」
「これは“鳴くおいしさ”って意味らしい……けど……どうなんだろうな……」
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その夜、オリバーは縁側で夜空を見上げた。
星々は、魔法陣のように軌道を描いていた。
「事件……起きなかったな、今日は」
「そろそろ禁断症状出るんじゃない?」
隣に腰掛けたラファエラが、微笑んだ。
「ん……いい意味でね」
オリバーは、そっと目を閉じた。
(“働かない勇気”……か)
風呂の湯気がまだ肌に残る中、彼はしばし本当に深く眠った。
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(続く → 第5章「ホテル・マトリックス」)




