第22章「神話の種子」
第22章「神話の種子」
(※オリバー・ジョーンズ回顧録より)
この章の出来事は、すべて俺が未来へ帰還する遥か以前に起こったことだ。
それでも、マスター・ダンとマグナス・ケイン、そしてゼウスが過ごした日々は、俺にとっても血の通った記憶のように感じる。
なぜなら、その結末が、俺たちの現在へと繋がっているからだ。
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バミューダのゲートを通った後、ケインは古代の乾いた大地に立っていたという。
そこに鎮座する巨大な装置――銀色の輪。
それは「14兆円号」の中枢、時を超えるためのクリスタルゲートだった。
そして彼を迎えたのは、バーンズダン。
鳶色の髪に青い瞳。
俺の恩師であり、科学者であり、戦士だった。かつて俺の命を救った男だ。
彼は言ったという。
「……懐かしい顔だな」
微笑みながら。
ケインはしばらく言葉が出なかったそうだ。
ダンとの再会は、ただの再会ではない。
時を超えて、使命を繋ぐ瞬間だった。
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その後ろから、ゼウスが現れる。
銀の髪を背に流しながら、軽く苦笑を浮かべていた父は――いつの間にか“神”と呼ばれていたらしい。
そして言うに事欠いて、こう言い出した。
「ケイン、君は300年だけで良いから、女性になって欲しい」
さすがにケインも固まったと、ダンは笑っていた。
ゼウスは続けて、神話の演出について語った。
人は理由を求める。
“神話を創るには事実と少しの嘘が必要なんだと。
だが、その“演出”が必要だった。
ゼウスは本当に、ケインの肋骨から採取した細胞で卵子を培養し、ダンの遺伝子を使って精子を作り、
3人の子どもを人工子宮で育てた。
カインとアベルとルルワと言う名の3人の子供達だ。
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俺は、ゼウスがそれほどまでに神話にこだわった理由を後になって知った。
彼の周囲には、未来から来た女性たちがいた。
雷を操る者、超記憶能力を持つ者……だが、ゼウスは誰にも心を許さなかった。
彼が見続けていたのは、ただ一人――ヘラ。
映像の中で笑う彼女と俺、そしてハチコウ。
その映像だけが、彼にとっての“神話”だったのだ。
だが、ゼウスに冷たくされた女たちは、彼を讒言した。
ヘラを「嫉妬深く、支配的な女神」と語り、神話は歪んでいった。
そう、“神話”は常に、人の感情に汚染されていく。
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一方、800人の乗組員たちは、旧世界に文明を授けていた。
・火の起こし方
・パンの焼き方
・小麦の栽培
・水路の設計
・神殿の築造
彼らは神ではない。だが、民にとっては“神”に等しい存在だった。
その記憶が、神話として語り継がれ、やがて聖トスゴーンという名の都市となる。
800年の時が流れ、彼らの使命は終わりを告げた。
宇宙船は地中に埋められ、彼らの歴史は土の中へと還っていった。
凡そ1,000人の乗組員と2125年後に、海の底に沈んでいる筈の14兆円号を海上に浮上するように設定してから、クリスタルゲートを順番に潜った。
未来の世界に戻る為に。
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最後に、ケインとダンは、神殿の前で別れを交わす。
「……神話って、こうやって作られるんだな」とケイン。
「そして、お前が記録してくれると信じよう」とダン。
だが、ダンはその場に残ることはなかった。
彼は未来へ戻る決意をしていた。
ケインは言う。
「俺は残る。サン=ジェルマン・マグナス・ケインとして、この世界の行末を見届けるさ」
「長い孤独な旅になるぞ」
ダンが寂しそうに言った。
「大丈夫さ。100年周期で眠る。3人の子どもたちも一緒だ。もう成体だがね。あっと言うまさ」
その別れの際、ダンが言った言葉を俺は聞いている。
「未来で待ってるぞ!」
「あぁ、待っててくれ、相棒!なんだかお前がカッコよく見えるのは癪に触るがな」
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こうして、“神話の種子”は撒かれた。
それは土に眠り、やがて芽吹き、オリバー・ジョーンズ――俺へと繋がっていく。
だからこそ俺は、この記録を残す。
神々が去っても、物語は終わらない。
俺たちはまだ、その続きを歩んでいる。
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