第17章「眠る者たちと、時を越える者」
第17章「眠る者たちと、時を越える者」
――俺の記録として。
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あの夜、サンクトム・ノクティスの空は光に満ちていた。
けれど、それは星でも天使でもなく、ドローンショーの演出だった。
民衆は知らなかった。
その光の海の下で、静かに、決意とともに動き出した者たちのことを。
未来を救うため、いや、未来に“真実”を刻み直すために動いた――たった七人の話を。
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俺はそのとき、地上にはいなかった。
けどあとで、ダン――バーンズ・ダン先生からすべてを聞いた。
彼らは地下都市にある旧国会議事堂の封鎖区域を通り抜けていった。
タイミングは、ドローンショーによるセンサーの盲点。
10分以内に真実の保管庫に辿り着く必要があったらしい。
ダン先生は先頭に立っていた。あの人が誰かの後ろを歩くなんて、想像もできない。
その背に記録装置を背負い、無言で、でも迷わず進んだという。
誰かが言ったらしい。
「真実を解き放つ時が来た」と。
その声が誰のものかは、今でも分かっていない。
でもその言葉だけが、記録媒体の中に、かすかに残されていた。
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最深部にたどり着いたとき、彼らの前に立ちはだかったのは――
マグナス・ケイン。
俺は後にこの人と少しだけ話すことになるけど、このときはまだ会ったことがなかった。
冬眠戦争の警備主任。セキュリティの鬼。
そんな彼が、ダン先生に銃を向けた……かと思いきや、銃口を自分の首筋に向けて睡眠銃を撃ったらしい。
「……旧約聖書の時代でも、どこへでも行くよ。あんたの背中を追ってな」
ダン先生の背を、彼は追いたかったのだ。戦わずに。
ケインの副官――長い黒髪の女性だったらしい――は、泣きながら彼を抱きかかえたそうだ。
この場面は、記録媒体にも残ってた。彼女の声が震えていた。
「彼は、戦わずに済む未来を選んだんです……」
俺は、その言葉に何度も心を動かされた。
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保管庫の扉の奥には、戦争の真実が詰まっていた。
死者はいなかった。
英雄“ラス”は、作られた偶像だった。
ダン先生はそれらのデータをバーミリオンに送信した。
「次は、君の番だ。真実を記録しろ」
――あの時点では、バーミリオンもまだ完全に敵か味方か、分からなかったけどな。
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ケインの胸ポケットには、ダン先生からの小さな手紙が滑り込まされていた。
《旧約聖書の時代で、また逢おう》
あの人らしい、静かで、でも確かな約束だった。
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そして、逃走。
追手をかいくぐりながら、彼らはクリスタルゲートへと向かった。
そのとき、俺は――ゲートの前に立っていた。
21歳の俺は、3歳の頃に先生から学んだすべてを胸に、彼を見送るためそこにいた。
手にしていたのは、あのハーレーの鍵。水で走る、ダン先生がくれたバイクだ。
「あなたのものです。これで、未来へ行ってください。――僕に、すべてを教えてくれた“先生”になる為に」
俺の横には、ハチコウがいた。
母さん――ヘラの死を覚えている、その瞳が、まっすぐにダン先生を見ていた。
ダン先生はハチコウに吠え返されて、ちょっと困った顔をした。
そして言ったんだ。
「ラスは何時も北の神殿の隠し部屋に居る。迎えに来たんだろう?」
俺は頷いた。
「君が築いた未来を、守るために。今度は俺が、土台を刻みに行こう」
白い光が先生とバイクを包み込む。
ゲートが閉じる――その瞬間、俺の胸の中にあった子どもの頃の時間が、またひとつ過去へ還っていった。
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ゲートが閉じたあと、俺は歩き出した。
ラファエラ。
ずっと探していた、俺の愛する人。
“ラス”と呼ばれ、象徴にされ、利用されかけた女性。
北の神殿の浜辺に立っていた彼女は、静かに微笑んだ。
「……遅いじゃない、オリバー・ジョーンズ。髪の色が変わったのね」
彼女の声を聞いた瞬間、世界の全てが俺の元へ戻ってきた気がした。
涙が伝う頬に、俺は手を伸ばしていた。
――その瞬間、神話は現実になった。
(第17章・完)
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