第15章「始動:座標への旅路」
第15章「始動:座標への旅路」
──オリバー・ジョーンズ 回顧録より
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第1節:出発の朝
あの朝の空気は、やけに静かだった。
朝霧が地表に残っていて、バード邸の庭には、凛とした冷気が漂っていたのを覚えてる。
俺は静かに、ハチコウの頭を撫でていた。
もう、少年って呼ばれる年じゃなかったし、髪はすっかり銀に染まっていた。
「……行くよ、ハチコウ。もう、止まれない」
あいつは一声だけ吠えた。あれは……理解と、賛同の吠えだったと思う。
庭には、再チューニングされたハーレーが停まってた。
水中仕様を外し、今度は“陸”仕様。バーミューダを越えて進む、長い旅路に向けて、準備万端ってやつだ。
そのとき、玄関からケイティが飛び出してきた。
「兄弟!」
いつものように、遠慮のない奴だ。
「大丈夫か? 本当に、また行くのか?」
「ラファエラがいる。その座標が割り出せたんだ」
そう言うと、ケイティはポケットから一通の手紙を取り出した。
「……ゼウスの手紙だ。“もしあの子の座標を見つけたなら、迷うな”ってさ」
俺はその手紙を黙って受け取って、無言で頷いた。
すると、ケイティが俺の背中をぽん、と叩いた。
「フェイ太郎は元気にしてるとラファエラに言ってくれ!エミールが面倒よく見てる。もう2年前になるか。彼奴行形カッコよくなっちゃって詐欺だったよな」
「……あはは、ミケランジェロ4号の無事を祈るよ」
「やめてくれ」
そしてお決まりのくだらないやり取り。
「お前、マスターダンとゼウスとは定期的に連絡取ってるのか?」
「勿論、キチンと週に一度LINEビデオ通話してるぞ!そういや、此処2ヶ月忘れてたけど。便りが無いのは元気な証拠って言うだろ?」
「阿保!マスターダンが心配してたぞ!今直ぐに連絡入れてやれ」
……まったく、あいつには敵わない。
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第2節:ロード・トゥ・マハラジャ
俺はハーレーにまたがり、バード邸を後にした。
街を抜け、草原を越え、風を裂きながら走る。
目指すのは、バミューダ以西にあるオアシス都市――マハラジャの仮邸だ。
途中、立ち寄った水素ステーションで、ロボットの店員が俺を見て、目を丸くした。
「銀髪の……あんた、もしかして“ラス”の夫か?」
「その呼び方、広まってるのか」
「“ラス”は奇跡の名前だからな。英雄が伝承の通り帰ってきたって、町じゃ噂さ」
「……まだ、帰ってきてないんだけどな」
俺はそう言って微笑んだ。心のどこかで、確信に近いものを抱えていた。
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第3節:殿下の許可
シヴァータウンに着くと、マハラジャは黄金のパラソルの下で果実酒を啜ってた。
あいかわらず、優雅な奴だ。
傍には、白馬のようなロボット馬。本当に、絵になる王様ってやつだ。
「殿下、オリバー・ジョーンズ参上しました」
「通せ。……1月ぶりだな銀のジョーカー」
そう呼ばれるのにも、だんだん慣れてきたかもしれない。
俺はゲート波長の記録と座標解析データを詰め込んだタブレットを渡した。
「行けるのか?」
「行ける。再現性も高い。次の周期で、彼女のいる時空に到達できる」
マハラジャは少し考えてから、手を鳴らした。
「部隊を出す。オーダーメイドの特注スーツと新型バックアップAIも支給しよう」
「その必要はないよ。俺が行く。俺ひとりで、充分だ」
「……ああ、だろうな。だが、覚えとけ」
あいつは穏やかに、けど確かに言った。
「背負いすぎるな。英雄ってのは、他人の光になったとき、自分の影に気づかない」
俺は、ふっと息をついた。
「じゃあ――借りを、作るか」
「……ああ、しっかりな」
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第4節:転送準備
半年後、シヴァータウンの地下施設。
そこには、ゼウスがかつて残した旧式のクリスタルゲートが、しっかりと修復されていた。
「バミューダ海底のゲートと共振させる。波長が一致した瞬間に発射しろ」
俺は端末を確認しながら指示を飛ばしていた。
エミールが、その手を一瞬止める。
「オリバー。戻ってこれるかは保証できないぞ」
「ラファエラがいるなら、それで充分だ」
そのときだった。背後から聞き慣れた足音――重たく、力強い。
「ついてくる気か?」
振り向くと、ハチコウがいた。
あいつは尻尾を一度だけ振り、力強く吠えた。
「……行こう。俺たちは、まだ旅の途中だ」
ゲートが輝いた。
俺はハーレーにまたがり、ハチコウをサイドカーに乗せ――
ラファエラが待つ、あの時間へと、飛び込んだ。
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第16章へつづく




