第10章:「月下のプロムナイト」
第10章:「月下のプロムナイト」
(オリバー・ジョーンズの回想録より)
gifted学園の春恒例、グランド・プロムナイト――
それは、生徒会主催による年に一度のダンスパーティであり、この全寮制の学園において、数少ない“社交”の場だった。
天井一面にオーロラが投影され、ホログラムの星々が降り注ぐ。
クラシックとポップスが交互に流れ、壁際には軽食と飲み物がずらりと並び、空間そのものがまるで夢のように仕立てられていた。
「ワン……ボ、ワン!」
……と思えば、夢の中にも現れるのが、うちのハチ公だ。
合成犬型ロボットの彼が、配膳用ドローンに尻尾をぶんぶん回して突進していた。AIアナウンスが「そっちはアレルゲン入りですよ」と警告しても、ハチは一向に聞く耳を持たない。
その背後では、猫型ロボや鷲ロボ、黒豹型やフェレット型、フクロウ型、水槽に浮かぶ謎のゼリー型まで、各種ペットロボたちが騒がしくも楽しげに合成ペットフードへ群がっていた。
“ペットロボも入場OK”という破格の特例により、生徒たちはお洒落をした自慢の相棒と一緒に、パーティを楽しんでいたわけだ。
──そしてその夜。
俺は、誰よりも緊張していた。
理由はもちろん、隣に座っていた彼女――ラファエラの存在だ。
壇上近くのソファで、彼女と肩を並べているときでさえ、どこか心の奥がざわついていた。
真紅のドレスに身を包んだラファエラは、まるで月明かりの化身だった。
彼女が笑うたび、俺の目元も自然と緩む。
だが、ふとした瞬間――誰かの視線を感じた。
振り返ることはしなかった。でも、知っていた。
そこに立っていたのは、リリカだった。
入り口で立ち尽くすリリカは、薄桃色のドレスに身を包み、髪を巻き上げ、落ち着かない手元でクラッチバッグの飾りを弄っていた。
(……オリバー。誘おうと思った。でも、きっと、もう遅いよね)
彼女のそんな思いが、俺にはなぜか痛いほどわかった。
そういう感情に、俺は鈍い方じゃなかったから。
──そして、彼女の背後から現れたのが、エミールだった。
「……来ると思ってたよ。リリカ」
タキシードに身を包んだ彼は、まだ背の低い少年の姿のまま、まっすぐにリリカを見ていた。
「ぼ、僕と踊ってくれない……かな? っていうか、頼む。断られると、立ち直れないかもしれない」
緊張と不器用さを隠しもしないエミールに、リリカは戸惑っていた。
「……私? でも、身長が……」
そう、彼女よりずっと小柄な彼に、リリカは一歩引きかけていた。2人が並ぶと、まるで少しだけ歳の離れた姉と弟みたいだ。
「だ、だからこそ、あえてだよ! 僕が見上げる方になれば、ほら、“小柄は戦術的優位”ってラファエラが言ってたし!」
なんともエミールらしい理屈。
だけど、それがリリカの心を軽くしたようだった。
「……じゃあ、一曲だけ」
そうして二人はフロアへと進んでいく。
最初はぎこちなく、足がぶつかり合っていたが、次第にリズムが合い始めていった。
「医師免許合格したんだって? 今年の最年少だって? おめでとうリリカ」
「ありがとうエミール」
その直後、エミールがリリカの足を踏んだ。
リリカがちょっと顔をしかめると、エミールが呟く。
「君って、怒ると眉がVの字になるんだね」
「何それ、言わなくていい!」
「いや、かわ……っていうか、観察力があるって意味で!」
「“かわいい”って言いかけたでしょ!」
そのやり取りが、フロアの中で誰よりも“らしい”光景に思えた。
──俺は、ラファエラとステップを踏んでいた
「……断るかと思ってたわ」
「踊りは……あまり得意じゃない。でも、君が誘ってくれたから」
「ふふ、私、意外と強引なのよ」
彼女と俺の歩幅は、まるで昔から決まっていたようにぴたりと合っていた。
俺は、ずっと踊れないと思っていた。
でも、違った。ラファエラとなら、どんなリズムにも乗れる気がしたんだ。
プロジェクションに映し出された満月の下、二人で静かにステップを刻んでいく。まるで絵画の中の登場人物のようだった。
──そのころ、壁際でグラスを傾けていたのはマハラジャだった。
「……こりゃ、恋とやらが渦巻いてるな」
肩をすくめるケイティに向かって、そう呟いていたらしい。
「でも、あんた踊らないの? いつも誘われてるでしょ? モテるもんね、休み時間、女の子に囲まれてるし」
「いや、今日は……誰かを見守る夜にしておく」
そう言って、マハラジャが目をやった先には、踊るエミールとリリカ。
彼は、たぶん、あの二人をずっと見ていたんだと思う。
……そのとき、ケイティの前に一人の少女が現れた。
「――あの、ケイティさん。踊ってくれませんか!」
医療班で活躍していたショートカットの少女――エリサ。
彼女は、顔を真っ赤にして手を差し出した。
「……悪いけどマハラジャ、俺は踊るぜ! ダンシングタイムだ!」
「え、マジで⁉」
独り取り残されるマハラジャ。思わず、笑いそうになった。プロムの運営委員達が七色に光が変わるペンライトを来場者全員に配り始めた。配り終わった
──その瞬間、照明が落ちた。
誰かが小さく呟いた。「来るぞ」
軽快なテクノ調のイントロが流れ始め、ステージ中央に現れたのは――
青いツインテールの少女、初音ミクだった。
「ようこそ、giftedプロムナイトへ! 待望の歌姫の登場だ! さぁ、はじめるよっ!」
生徒たちの歓声がホールを満たす。
ケイティとエリサもステップを合わせ、他の生徒たちも次々とフロアへ。
そして――AIの指示が飛ぶ。
「さぁペットたち、持ち場へ戻れ!」
ハチ公、フェイ太郎、鷲型、黒豹型、フクロウ型、ゼリー型……
全てのペットたちが整列し、それぞれの役割へと戻っていく姿は、まるで一糸乱れぬパレードだった。
マハラジャが7色に光るペンライトを振って叫ぶ。
「これぞ祭! 参加せぬ理由があるか!」
──そうして夜は、最高潮へ。
ギクシャクしたペアも、完璧なペアも、即席カップルも、孤高の王子も、ペットたちさえも。
誰もが笑い、踊り、光の中にいた。
gifted学園の春は、ほんの一夜だけ、誰にでも光を平等に降らせてくれる。
そしてあの夜、リリカは静かに思ったそうだ。
(今日のこと、きっと忘れない。オリバーじゃなくても――誰かと一緒に、笑えたから)
それでいい。
きっと、そういう夜のために、この学園はあるんだと、俺は思った。
(第11章へつづく)




