第9.5章:「月の前夜、決断のとき」
第9.5章:「月の前夜、決断のとき」
昼休みの中庭には、春の陽気と共に柔らかな風が吹いていた。
ラファエラはベンチに腰かけ、タブレットを開いたまま考え込んでいた。画面には数通のメッセージ。
「プロム、一緒にどう?」
「君の隣に立てたら、僕の一生の誇りだ」
「俺、ラファエラと踊ってみたいんです!」
溜め息がひとつ。ドリンクボトルを口に運ぶラファエラの背後から、快活な声が飛んだ。
「悩みごとなら、俺が聞いてやろうか?」
振り返ると、芝生の上に両手をポケットに突っ込んで立っていたのは、いつも飄々とした態度のケイティだった。ラファエラは少しだけ唇を歪めてみせる。
「……誰とプロム行くか、ってだけなんだけど」
「ほぅ? それは悩むな。誘ってくる奴は多いだろうしな」
「それがね、どれを選んでも他の誰かが文句を言ってくるのよ。些細な言葉をきっかけに、すぐ喧嘩になる。選ぶのも一苦労」
ケイティはニヤリと笑って、ベンチの背もたれに片足をかける。
「……だったら、ビギナーズラックを狙ってみたらどうだ?」
「ビギナーズラック?」
「そう。つまり、あんたが想定してない相手を選ぶのさ。たとえば――オリバー・ジョーンズとか」
ラファエラは、思わず眉をひそめた。
「オリバー? あの、研究棟に寝泊まりしてるような変人?」
「そう、そいつ。顔は悪くない。性格も悪くない。何より、女の子の誘いを全部断ってる」
「……全部? 全部ってことは、他にも誘ってる子がいるのね」
「そりゃそうだろ。顔がよくて、頭もよくて、運動能力も高い、しかもあんまり人付き合いしない。学園で一番ミステリアスな奴だぜ。誘いたがる女子は山ほどいるさ。でも、そいつは全部断ってる。プロムなんか行ってる暇があったら研究してたいらしい」
ラファエラは、ドリンクをくるくる回しながら静かに言った。
「確かに。私より頭が良くて、性格は悪くない。悪いとこって言えば、研究バカなところぐらいか……」
「でもな、そいつとなら誰も文句言わない。なんせ誰ともつるまないから、派閥も敵もいない。しかも、俺から“断るな”って言っておいてやるよ。あとは……」
ケイティは、ラファエラの瞳をまっすぐに見つめた。
「お前が動くだけだ」
ラファエラは少しだけ笑って、肩をすくめた。
「ふふっ、なんだか導かれてるみたいね。でも、悪くないかも……ね」
彼女はすっと立ち上がり、ベンチにタブレットを置いた。
「じゃあ、誘ってみるか。どうなるかは、彼の研究テーマ次第ね」
「いいね、そのノリ」
ラファエラの背中を見送りながら、ケイティはつぶやいた。
「これで、プロムの主役が一組決まったな」
風がまたひとつ、ベンチの上のタブレットを揺らして通り過ぎた。
(第10章「月下のプロムナイト」へ続く)